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風そよぐ 61
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「よっしゃ、ウーバーイーツで、良太の快気祝いといこうぜ」
調子よく宣言して小笠原が携帯を取り出した。
「亜弓さん、九時台の新幹線なら静岡に十一時頃になりますが、大丈夫ですか?」
秋山が亜弓に確認した。
「はい、全然OKです!」
やがて、秋山が依頼した鮨の出前が届き、各々が好きなものをデリバリーしてもらい、オフィスはちょっとしたパーティ会場と化していた。
鈴木さんも娘に電話を入れて、遅くなることを告げ、食器類などをキッチンで用意をした。
飲み物は小笠原と千雪がコンビニに調達に行った。
「あの、あの方こそは、モデルさんですよね? え、男性?」
千雪の後ろ姿を見つめながら、亜弓が誰とはなく聞いた。
「亜弓さん、ユキは初めてだっけ? 推理作家の小林千雪センセよ」
「え?」
今度は締まったドアを二度見して、亜弓はアスカをまた振り返った。
「え?」
「話せば長ーいワケがあんのよ。まあ、深くは追及しないでやって」
「だって、あの、だって………」
驚きに言葉を失った亜弓に、ぜひ一緒にどうぞと引き留められた本谷も「サギですよねぇ」と笑った。
一方病院では工藤が、亜弓は明日の授業があるので病院には寄らずに帰るが、その前にオフィスで食事をしてもらうという連絡を秋山から受けていた。
「お前の怪我が大したことがないとわかったから帰るそうだ」
工藤は亜弓が会いに来ないことを良太に告げた。
「すみません、亜弓のやつ、何だってまたわざわざ」
ベッドに起き上ってコーヒーを飲んでいた良太は、さほど残念にも思わず、眉を寄せた。
「ネットで今朝の事故の情報が飛び交ったからな、心配して飛んできたんだろう」
何か食べてください、と良太に言われ、工藤も買ってきたサンドイッチを齧っているところだった。
「うう、どうしよう、また、デマとかもごっちゃになって、おかしなネタにされてるんだ」
「フン、ほうっとけ」
事も無げに工藤は言い放つ。
昨夜真夜中に京都からタクシーを走らせて撮影現場に辿り着いたはいいが、何とか撮影が終わったと思いきや、良太の事故で生きた心地がしなかった工藤は、脳震盪に打撲という良太の検査結果を聞いてまさしく脱力した。
緊張を解いたせいかどっと疲れが押し寄せ、良太が寝ている横で、今日は工藤もうつらうつらして過ごした。
そんな、やたらくたびれた雰囲気にもかかわらず、電話をするために病室を出た工藤のことを、前髪が幾筋か額に落ちているのがたまらない渋イケメンだなどと、きゃぴった女性看護師が良太に、素敵な方ねぇ、などとため息交じりに呟いていったと思えば、別の看護師がうきうきと、プロデューサーですって? などと良太に耳打ちして確認する。
良太は、ハハハ、と笑ってごまかすしかなかった。
病院でまで秋波送られてんじゃねーよ!
と心の中では喚きつつ。
とはいえ、こうしてほぼ一日病院に付き添ってくれて、ベッドの横で工藤がもそもそとサンドイッチなんかを食べていることなんかが、妙に良太はうれしかった。
翌日、昼過ぎにはまた工藤が迎えに来て、良太は自宅兼会社に戻った。
しばらくおとなしくしていろと言い残してまた京都へ舞い戻った工藤の命ではあったが、久しぶりにゆっくり猫たちの相手をしたりして過ごしたものの、夕方になると仕事のことが気になり、オフィスに降りて行った。
「あら、良太ちゃん、今日は休んでらっしゃいな」
「いや、何か、気になっちゃって。俺の今日の仕事、結局社長が代わりにやってったんでしょ? 工藤さんこそ、休んだ方がいいのに」
制作スタッフの手配とか、スポンサーとの打ち合わせなどだったのだが、良太がデスクに置いている一週間ごとのスケジュール表の、午前中に予定していた二つに×印がついていた。
「そうねぇ、でも昨日は何もしないで病院にいたから十分休んだとかおっしゃってたわよ」
まあ、工藤は面会時間ギリまで病室にいてそのあとは部屋に戻ったはずで、少しは休めたのかもしれない。
確かに今日迎えに来た工藤は昨日のくたびれたオヤジとは違って見えた。
何せまた、若い看護師がこそこそと、今日は渋イケオジがりりしいとやら工藤の噂をしていたからだ。
それに。
明後日調子がよければ高雄に来るようにという指令も受けている。
調子なんかもう全然元の通りだって!
「それで夕べ、結局みんなここで何時まで飲んでたんです?」
「秋山さんが後片付けはしておくからっておっしゃったので、私は九時くらいに帰ったからわからないけど」
アスカに秋山、小笠原に谷川、千雪に本谷に宇都宮、そして沢村と佐々木までがここで、良太の快気祝いと称して飲み会をやっていたらしいと、昼過ぎ戻ってきて鈴木さんにお礼を言った時に聞いたのだが。
「なんつうメンツだ」
俺の快気祝とかって、要は飲みたかっただけじゃん。
しかも八時頃までは亜弓も一緒で秋山が東京駅まで送って行ったという。
「そういえばあいつ、宇都宮俊治のファンだったんだっけ」
今更ながらに気づいた。
熱海の両親の家に家族で集まった時、あれは今年の正月だったか、たまたま垣間見た亜弓の携帯の壁紙が宇都宮だったのだ。
調子よく宣言して小笠原が携帯を取り出した。
「亜弓さん、九時台の新幹線なら静岡に十一時頃になりますが、大丈夫ですか?」
秋山が亜弓に確認した。
「はい、全然OKです!」
やがて、秋山が依頼した鮨の出前が届き、各々が好きなものをデリバリーしてもらい、オフィスはちょっとしたパーティ会場と化していた。
鈴木さんも娘に電話を入れて、遅くなることを告げ、食器類などをキッチンで用意をした。
飲み物は小笠原と千雪がコンビニに調達に行った。
「あの、あの方こそは、モデルさんですよね? え、男性?」
千雪の後ろ姿を見つめながら、亜弓が誰とはなく聞いた。
「亜弓さん、ユキは初めてだっけ? 推理作家の小林千雪センセよ」
「え?」
今度は締まったドアを二度見して、亜弓はアスカをまた振り返った。
「え?」
「話せば長ーいワケがあんのよ。まあ、深くは追及しないでやって」
「だって、あの、だって………」
驚きに言葉を失った亜弓に、ぜひ一緒にどうぞと引き留められた本谷も「サギですよねぇ」と笑った。
一方病院では工藤が、亜弓は明日の授業があるので病院には寄らずに帰るが、その前にオフィスで食事をしてもらうという連絡を秋山から受けていた。
「お前の怪我が大したことがないとわかったから帰るそうだ」
工藤は亜弓が会いに来ないことを良太に告げた。
「すみません、亜弓のやつ、何だってまたわざわざ」
ベッドに起き上ってコーヒーを飲んでいた良太は、さほど残念にも思わず、眉を寄せた。
「ネットで今朝の事故の情報が飛び交ったからな、心配して飛んできたんだろう」
何か食べてください、と良太に言われ、工藤も買ってきたサンドイッチを齧っているところだった。
「うう、どうしよう、また、デマとかもごっちゃになって、おかしなネタにされてるんだ」
「フン、ほうっとけ」
事も無げに工藤は言い放つ。
昨夜真夜中に京都からタクシーを走らせて撮影現場に辿り着いたはいいが、何とか撮影が終わったと思いきや、良太の事故で生きた心地がしなかった工藤は、脳震盪に打撲という良太の検査結果を聞いてまさしく脱力した。
緊張を解いたせいかどっと疲れが押し寄せ、良太が寝ている横で、今日は工藤もうつらうつらして過ごした。
そんな、やたらくたびれた雰囲気にもかかわらず、電話をするために病室を出た工藤のことを、前髪が幾筋か額に落ちているのがたまらない渋イケメンだなどと、きゃぴった女性看護師が良太に、素敵な方ねぇ、などとため息交じりに呟いていったと思えば、別の看護師がうきうきと、プロデューサーですって? などと良太に耳打ちして確認する。
良太は、ハハハ、と笑ってごまかすしかなかった。
病院でまで秋波送られてんじゃねーよ!
と心の中では喚きつつ。
とはいえ、こうしてほぼ一日病院に付き添ってくれて、ベッドの横で工藤がもそもそとサンドイッチなんかを食べていることなんかが、妙に良太はうれしかった。
翌日、昼過ぎにはまた工藤が迎えに来て、良太は自宅兼会社に戻った。
しばらくおとなしくしていろと言い残してまた京都へ舞い戻った工藤の命ではあったが、久しぶりにゆっくり猫たちの相手をしたりして過ごしたものの、夕方になると仕事のことが気になり、オフィスに降りて行った。
「あら、良太ちゃん、今日は休んでらっしゃいな」
「いや、何か、気になっちゃって。俺の今日の仕事、結局社長が代わりにやってったんでしょ? 工藤さんこそ、休んだ方がいいのに」
制作スタッフの手配とか、スポンサーとの打ち合わせなどだったのだが、良太がデスクに置いている一週間ごとのスケジュール表の、午前中に予定していた二つに×印がついていた。
「そうねぇ、でも昨日は何もしないで病院にいたから十分休んだとかおっしゃってたわよ」
まあ、工藤は面会時間ギリまで病室にいてそのあとは部屋に戻ったはずで、少しは休めたのかもしれない。
確かに今日迎えに来た工藤は昨日のくたびれたオヤジとは違って見えた。
何せまた、若い看護師がこそこそと、今日は渋イケオジがりりしいとやら工藤の噂をしていたからだ。
それに。
明後日調子がよければ高雄に来るようにという指令も受けている。
調子なんかもう全然元の通りだって!
「それで夕べ、結局みんなここで何時まで飲んでたんです?」
「秋山さんが後片付けはしておくからっておっしゃったので、私は九時くらいに帰ったからわからないけど」
アスカに秋山、小笠原に谷川、千雪に本谷に宇都宮、そして沢村と佐々木までがここで、良太の快気祝いと称して飲み会をやっていたらしいと、昼過ぎ戻ってきて鈴木さんにお礼を言った時に聞いたのだが。
「なんつうメンツだ」
俺の快気祝とかって、要は飲みたかっただけじゃん。
しかも八時頃までは亜弓も一緒で秋山が東京駅まで送って行ったという。
「そういえばあいつ、宇都宮俊治のファンだったんだっけ」
今更ながらに気づいた。
熱海の両親の家に家族で集まった時、あれは今年の正月だったか、たまたま垣間見た亜弓の携帯の壁紙が宇都宮だったのだ。
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