風そよぐ

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風そよぐ 58

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「大丈夫みたいよ。さっき病院行ったら、検査したけど、脳震盪だって。今夜一晩は病院だけど。ありがとう、わざわざ」
 それを聞いて本谷はほっとした。
「よかった……。なんか、俺のせいで、ホントに、すみません」
「あなたのせいじゃないから、そんな、気にしないで。良太はちょっと忙しすぎだったから一日二日休んだ方がいいのよ」
「あの、俺、お見舞いに……」
「ああ、ほんとに気にしないで。今、工藤さんがついてるし、大丈夫、ありがとう」
「あ、じゃあ、お大事になさってください」
 本谷は電話をきってから、しばらく放心状態だった。
 工藤さんがついてるし。
 アスカがさらりと言った言葉は、本谷の推測を裏打ちするものだった。
 社長が社員を思ってくれるってのは、あることかもしれない。
「けど、社長が、しかもあの、工藤さんが、いくら大事な社員といったって、ついているって……やっぱ………な…」
 そういえばと、京都でのアスカとひとみの会話を思い出した。
 あの時、工藤には付き合っている人がいるらしいことを知らされた。
 それも、いきなり現れたあの実は超美形の、小林千雪がそうなのかと、あの人にはかなわないと、漠然とは思った。
 あれからずっと、そんなことばかり考えていて、今朝も時間を間違えてしまったのだ。
 しかも、今朝、工藤の姿を見た時は、やっぱりだめだった。
 何とか撮影できただけでも、超ラッキーだと思った。
 そんな時に起きたあの事故。
 あの時の工藤のようすから、直感的にわかってしまった。
 小林千雪じゃない、工藤は広瀬良太をひどく大切にしているのだと。
「そうなんだ、工藤さん………」
 何となく、それはすっと心に入ってきた気がする。
 しかもどうやら、アスカもおそらく関係者も周知のことなのだと思い知らされた。
「そうなんだ……」
 本谷はまた一つ呟いて、さみしく微笑んだ。




 何だか久しぶりに随分寝た気がするな。
 良太はぼんやり目を開けて、そんなことを思った。
 最初に白い天井が目に入った。
 白い? 天井?
「いってえっ!」
 慌てて起きようとして、腕が痛くて悲鳴を上げた。
 しかも頭も痛い。
 手をやると何か巻かれている。
 ということは包帯しかない。
「何が、何で……?!」
「うるさいな、おとなしく寝てろ!」
 耳タコな怒鳴り声に振り向こうとして首も痛かったのだが、そこに案の定な男が座っているのを確認すると、良太はゆるゆると枕に頭を沈めた。




 夕方、青山プロダクションのオフィスでは、鈴木さんとアスカ、それに駆け付けた小笠原や谷川らが落ち着かないようすで、何杯目かのコーヒーを手に秋山からの連絡を待っていた。
 一度、良太の検査は終わって異常はないようだが、今日は病院に泊まることになるという連絡は入っていた。
 ただ、依然意識が戻らないというので、仕事の合間を縫って集まった面々は気が気じゃない様子でじりじりと時間がたつばかりだった。
 その時、オフィスのドアが開いて、入ってきたのは小林千雪だった。
「良太、まだ戻れへんの? 容態は?」
 千雪は三時過ぎに東京に戻ってきたのだが、京助の運転する車の中で、タブレットを見ていて、撮影現場で事故、などという大仰なタイトルが躍るネットニュースや関連の情報がSNSで飛び交っていて、たまたま見つけた画像で良太を抱えている工藤だと察知して、早速オフィスに連絡を入れていたのだ。
「ああ、大丈夫みたい。検査は一応、まだ目が覚めてないだけで」
 アスカが答えた。
 連絡は佐々木オフィスの直子やプラグインの藤堂からも何度か入っていて、鈴木さんより早くアスカが電話に出て、同じようなことを伝えていた。
 大挙して病院に押し寄せるわけにもいかず、待っていろと秋山に釘を刺され、仕方なくみんなここで待機していたのだ。
 やがてまたドアが開いて、秋山が姿を現すと、「どうだった?」と皆が一斉に立ち上がった。
「目が覚めたみたいですよ。腕も打撲で済んだようだし、今日ゆっくり休めば大丈夫でしょう」
「工藤さん、ついてるの?」
 アスカが聞いた。
「工藤さんも、ちょうどいいんじゃないですか、働きすぎだから休めばいいんですよ」
 秋山の言葉に胸を撫でおろして皆が頷いた。
 鈴木もようやくほっとした顔で、コーヒーを入れ直すためにキッチンに向かった。
「あの、すみません」
 皆が口々に今朝の事故のことを話していたので、ドアが開いたのに気づかなかった。
 細いが通る声に、皆がハッとして振り返った。
「亜弓さん!」
 アスカが気が付いて、駆け寄った。
「あの、兄が入院している病院教えていただきたいんですが」
 ほっそりとしているが目鼻立ちのはっきりした美人で、意思の強そうな目で訴えた。
「え、良太の妹さん?」
 小笠原が顔を上げた。
「亜弓さん、いらしてたんですか」
 亜弓の声に気づいて、キッチンから鈴木さんが出てきた。
「鈴木さん、さっきお聞きした時はまだ意識がないって」
「大丈夫みたいよ。目が覚めたって。検査も異常はなかったし、今日は念のため一晩病院に泊まることになったのよ」
 鈴木さんがこちらへどうぞとソファへ促すのだが、亜弓は首を横に振った。
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