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風そよぐ 51
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「いや、何ていうか、その………、俺もこの会社に入ってもう四年経ちますし、いつまでも工藤さんの恩情に頼って、ほとんど家賃ただの部屋に住まわせてもらってるのも………とか」
「は、何言ってるの、良太がここに住んでいるからこそ、みんな良太を頼りにできるんじゃないか。それにさ、工藤さんの恩情っていったら、俺らみんなってことになるぞ? 良太もわかってると思うけど、給料は破格だし、休みを取りたいっていえばスケジュールさえ合えば取らせてくれるし、そんじょそこいらのブラックとは違うだろう?」
良太はハハ……と笑う。
「何か、みんな率先して自分でブラックみたいなことになってますもんね」
どうやらアスカの話の通り、良太は本気で引っ越しを考えていたらしいと、秋山は少し眉を顰める。
「工藤さんは、いつ戻るって?」
秋山に聞かれて良太はちょっと言葉に詰まった。
「えっと、今日は高雄の撮影だから明日じゃないですか? 早くても」
「明日早朝ロケだったよな。本谷くん、少しずつ良くなってきてるんだが、工藤さんも気にしているみたいだし、案外早く帰ってくるかもな」
わざと口にして秋山は良太の反応をみたのだが、案の定、良太は自分では気づかないまま、つらそうな顔をした。
ああ、これは。
全く、工藤さんも良太も意思の疎通ができてないらしい。
本谷は仕事上、今、結構重要なポジションにいるから、良太もそれを考慮しているってこともあるんだろうけど、やはり思い込んで意固地になってるんだろう。
工藤さんもほんと、いざとならないとモノを言わない人だから誤解もされるんだ。
秋山はそんなことを考えながら、どうしたものかと良太を見つめた。
その時、良太の携帯が鳴った。
秋山は良太から離れたが、「宇都宮さん」という良太の声に、振り返った。
「あ、え? 食事ですか? はい、大丈夫ですけど」
宇都宮は思ったより時間が空いたから、食事をしてから飲みに行こうと言う。
「どこか、知らない? その近辺でよさそうなところ」
良太は西麻布で宇都宮を連れて行けるような店と考えて、以前、工藤が連れて行ってくれた割烹料理の『麻布住吉』を思い出した。
「へえ、何か渋い店知ってるね、じゃ、そこにしよう。何時にしようか?」
「七時くらいなら。じゃあ、ラインにその店の情報送りますね」
割烹料理といっても、テーブルとカウンターなので意外に入りやすいし、あれから沢村とも行ったことがある。
「宇都宮さんと出かけるの?」
良太が携帯を切ると、秋山は聞いた。
「ああ、ええ、飲みに行こうって誘われて、そしたら時間が空いたから食事するとこ知らないかって」
別に何もやましいことはないんだから、と良太は自分に言い聞かせて秋山に話した。
「『麻布住吉』か、美味しいって聞いてるけど、まだ行ったことはないな。あそこなかなか予約取れないんじゃなかった?」
「あ、そっか、土曜日だしダメかもな。前に沢村と行った時、もう一時間前だったんだけど、なんかオーナー料理長の津久井さんがいいよって言ってくださって。きっと工藤さんの行きつけだったからだと思うんですが」
良太は慌てて店に電話を入れた。
「え、大丈夫ですか? すみません急に、よろしくお願いします」
電話を切ると、「大丈夫みたいです、よかった」と良太は言った。
「そりゃ、役得だね」
「秋山さんも工藤さんの名前出せば、予約取れるんじゃないですか? ってか、一緒に行きます?」
俺がついていったらきっと宇都宮に睨まれること必須だって。
秋山は心の中で良太の科白に突っ込みを入れる。
アスカの情報が確かでも、どうやら良太は宇都宮をそんな目ではみたことがないらしい。
「いや、残念だけど、今夜はちょっと」
しかしこれは良太一人で行かせたものか、と秋山は思案する。
「そうですか。俺、『田園』のプロモーションの時、終わってから宇都宮さんにご飯奢られちゃったんですよね、こっちがもたなくちゃいけないはずなのに。今日はちゃんと支払いしないと」
ご飯奢られた? あらら、これは宇都宮、本気も本気じゃないのか?
「まあ、ああいう大物俳優ともなると奢るってのを断ったりもしづらいもんだよね」
「それはそうなんですよね~」
良太は接待のつもりらしいが、宇都宮はどうでるかわからないな。
秋山はオフィスを出ると、夕食用にコンビニで弁当を調達し、青山にある自分の部屋に戻ってシャワーを浴びて着替えてから、弁当を食べに向かった。
食事を終えて時間を確認すると、七時少し前だった。
「もうちょっとしたら出るか」
大概プライベートでも外に出る際はジャケットがないと落ち着かない秋山は、Tシャツの上に麻のジャケットを羽織る。
このマンションはエリートと呼ばれた商社マン時代に購入したもので、当時は結婚して二人で住む予定だったため、三LDKと一人住まいにしては広いのだが、とっとと売ればよかったものを商社を辞めて割とすぐに青山プロダクションの仕事に就いせいで、未だにローンを支払いながら売る機を逃していた。
はっきり言って面倒くさくなっただけなのだが、給料が下がったとか支払いが滞りそうになったというのなら、とっとと売っていただろうが、今の会社の手取りは大手商社のエリートの給料をはるかに上回るものだ。
しかもボーナスも破格だから、既に六割がたローンは終わっている。
「は、何言ってるの、良太がここに住んでいるからこそ、みんな良太を頼りにできるんじゃないか。それにさ、工藤さんの恩情っていったら、俺らみんなってことになるぞ? 良太もわかってると思うけど、給料は破格だし、休みを取りたいっていえばスケジュールさえ合えば取らせてくれるし、そんじょそこいらのブラックとは違うだろう?」
良太はハハ……と笑う。
「何か、みんな率先して自分でブラックみたいなことになってますもんね」
どうやらアスカの話の通り、良太は本気で引っ越しを考えていたらしいと、秋山は少し眉を顰める。
「工藤さんは、いつ戻るって?」
秋山に聞かれて良太はちょっと言葉に詰まった。
「えっと、今日は高雄の撮影だから明日じゃないですか? 早くても」
「明日早朝ロケだったよな。本谷くん、少しずつ良くなってきてるんだが、工藤さんも気にしているみたいだし、案外早く帰ってくるかもな」
わざと口にして秋山は良太の反応をみたのだが、案の定、良太は自分では気づかないまま、つらそうな顔をした。
ああ、これは。
全く、工藤さんも良太も意思の疎通ができてないらしい。
本谷は仕事上、今、結構重要なポジションにいるから、良太もそれを考慮しているってこともあるんだろうけど、やはり思い込んで意固地になってるんだろう。
工藤さんもほんと、いざとならないとモノを言わない人だから誤解もされるんだ。
秋山はそんなことを考えながら、どうしたものかと良太を見つめた。
その時、良太の携帯が鳴った。
秋山は良太から離れたが、「宇都宮さん」という良太の声に、振り返った。
「あ、え? 食事ですか? はい、大丈夫ですけど」
宇都宮は思ったより時間が空いたから、食事をしてから飲みに行こうと言う。
「どこか、知らない? その近辺でよさそうなところ」
良太は西麻布で宇都宮を連れて行けるような店と考えて、以前、工藤が連れて行ってくれた割烹料理の『麻布住吉』を思い出した。
「へえ、何か渋い店知ってるね、じゃ、そこにしよう。何時にしようか?」
「七時くらいなら。じゃあ、ラインにその店の情報送りますね」
割烹料理といっても、テーブルとカウンターなので意外に入りやすいし、あれから沢村とも行ったことがある。
「宇都宮さんと出かけるの?」
良太が携帯を切ると、秋山は聞いた。
「ああ、ええ、飲みに行こうって誘われて、そしたら時間が空いたから食事するとこ知らないかって」
別に何もやましいことはないんだから、と良太は自分に言い聞かせて秋山に話した。
「『麻布住吉』か、美味しいって聞いてるけど、まだ行ったことはないな。あそこなかなか予約取れないんじゃなかった?」
「あ、そっか、土曜日だしダメかもな。前に沢村と行った時、もう一時間前だったんだけど、なんかオーナー料理長の津久井さんがいいよって言ってくださって。きっと工藤さんの行きつけだったからだと思うんですが」
良太は慌てて店に電話を入れた。
「え、大丈夫ですか? すみません急に、よろしくお願いします」
電話を切ると、「大丈夫みたいです、よかった」と良太は言った。
「そりゃ、役得だね」
「秋山さんも工藤さんの名前出せば、予約取れるんじゃないですか? ってか、一緒に行きます?」
俺がついていったらきっと宇都宮に睨まれること必須だって。
秋山は心の中で良太の科白に突っ込みを入れる。
アスカの情報が確かでも、どうやら良太は宇都宮をそんな目ではみたことがないらしい。
「いや、残念だけど、今夜はちょっと」
しかしこれは良太一人で行かせたものか、と秋山は思案する。
「そうですか。俺、『田園』のプロモーションの時、終わってから宇都宮さんにご飯奢られちゃったんですよね、こっちがもたなくちゃいけないはずなのに。今日はちゃんと支払いしないと」
ご飯奢られた? あらら、これは宇都宮、本気も本気じゃないのか?
「まあ、ああいう大物俳優ともなると奢るってのを断ったりもしづらいもんだよね」
「それはそうなんですよね~」
良太は接待のつもりらしいが、宇都宮はどうでるかわからないな。
秋山はオフィスを出ると、夕食用にコンビニで弁当を調達し、青山にある自分の部屋に戻ってシャワーを浴びて着替えてから、弁当を食べに向かった。
食事を終えて時間を確認すると、七時少し前だった。
「もうちょっとしたら出るか」
大概プライベートでも外に出る際はジャケットがないと落ち着かない秋山は、Tシャツの上に麻のジャケットを羽織る。
このマンションはエリートと呼ばれた商社マン時代に購入したもので、当時は結婚して二人で住む予定だったため、三LDKと一人住まいにしては広いのだが、とっとと売ればよかったものを商社を辞めて割とすぐに青山プロダクションの仕事に就いせいで、未だにローンを支払いながら売る機を逃していた。
はっきり言って面倒くさくなっただけなのだが、給料が下がったとか支払いが滞りそうになったというのなら、とっとと売っていただろうが、今の会社の手取りは大手商社のエリートの給料をはるかに上回るものだ。
しかもボーナスも破格だから、既に六割がたローンは終わっている。
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