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風そよぐ 47
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「だって、良太が、工藤さん、本谷に本気なんだって思い込んで、引っ越しまで考えてるってのに、ほっておけないでしょ!」
感極まってアスカが激昂する。
「それは由々しき問題ですね。良太ちゃんがいなくなったら、青山プロダクションは終わりです」
「ちょっと、秋山さん! だから、あたしは会社ってより、良太の心配してるんだってば」
「東京に戻ったら、少し良太ちゃんのことを注意してみてみましょう。ちょっと意固地になっているのかもしれません。とにかく今夜はあまり考えすぎず、ゆっくりお休みなさい」
ムキになって訴えるアスカにも、冷静にそう答えると、秋山は自分の部屋へと向かった。
金曜日の昼には、千雪から良太に撮影に顔を出したと連絡が入った。
「思ったより、ええ感じでやってはるみたいやし、ほっとしたわ」
本谷のことを心配していたが、普通にやってるようすだったという。
「だから、大丈夫だって言ったじゃないですか。最近、いくつかドラマにも出てますけど、出るたびに伸びてるみたいで、工藤さんも目をかけてるらしいし」
所属する事務所の思惑で最初に本谷がドラマの主役を張らされた時からすると、非常に早い段階での進歩だと、良太は思う。
初めは学芸会以下だと言っていた工藤が、ある時ドラマの撮影現場から帰った際、そういう怒りのオーラがなかったことを、良太は微妙に感じ取っていた。
ドラマの視聴率も微増だが右肩上がりで、ドラマ配信も順調に伸びていて、そうしたデータからも、また実際ドラマを見ても、セリフは別としても同じ回に初めの方の撮影と後の方で撮っただろうシーンのその違いがわかるくらい表情の雰囲気がよくなっていた。
「へえ、工藤さんもお気に入りの俳優さんなん?」
アスカから今回の良太の件を相談されていた千雪はわざとそんな風に聞いたのだが、良太はあっさりと、「そうみたいですよ」と答えた。
工藤のことを抜きにして仕事目線で考えようと努力していた良太は、内心は千雪のいう、お気に入りの俳優、という言葉に少し動揺しないではなかった。
これが暇でしょうがないような時なら、千雪にもイラついて、ああでもないこうでもないと考えてしまったかもしれないが、生憎、忙しさマックスな状況にあって、そんなことを考えている余裕もないのだ。
千雪からの電話が切れるや、良太はバッグを掴むと、「行ってまいります~」と鈴木さんに声をかけ、オフィスを飛び出して駐車場に向かった。
東洋商事のCMの仮編集の打ち合わせで、藤堂、佐々木と一緒に、日本橋の本社に一時半の予定になっていた。
「お疲れ様です」
プラグインの前で藤堂と佐々木を乗せたのだが、佐々木は本当にお疲れのようで、疲れていても疲れは見せない藤堂ですら、前髪が少し垂れているのが、お疲れを如実に物語っていた。
「本気でお疲れのようですね、二人とも」
「いや、一時は再度撮影が必要かなんてとこまで行ったんだけどね、佐々木さんの機転で何とか無事に」
「まあ、クライアント次第やけどね~」
「何とかなってくれないと、ほら、佐々木さん、来月にはアディノが待ってるでしょ。それまでに局の考査まで持ってかなけりゃ」
藤堂の言うように、来月七月に入れば、佐々木はアディノのCM制作に焦点を合わせるだろう。
佐々木も、沢村を使うとなればしっかりしたものを作りたいと思っているに違いない。
こちらの作業によもや何かしらクレームなりが入ったりして工程がずれ込んだりしたら、あらゆる面で面倒なことになりかねない。
良太も、どうか修正など最小限にとどめてほしいと思うのだが。
広報室次長の中平さん、あの人が曲者っぽいんだよな。
良太は、何を考えているのかわからない表情の読み取りにくい中平の顔を思い浮かべた。
沢村と会ったことを佐々木に伝えようと思ったのだが、佐々木の難しい表情からすると、今はそれどころではないな。
沢村も交流戦真っ最中だし、この仕事も中平さんの出方によってはどうなるかわからない。
良太はいつになく気を引き締めて、広報室へと向かった。
指示された会議室に出向くと、中平をはじめとする広報部の面々だけでなく、東洋商事の幹部数名が三人を出迎えた。
藤堂が一通り説明を終え試写が始まると、皆が映像を静かに見つめていた。
終了すると、幹部も概ね好評といった表情がうかがえてこれで何とかいけると良太には思われた。
「いかがでしょう、ご意見のある方」
中平がテーブルを囲む面々を見回した。
「宮下さん」
はい、と挙手をした営業第一部本部長の名を中平が呼んだ。
「このままGOサインが出てしかるべき、クオリティの高い優れた作品であることは確かだと存じます。ただ……」
髪を緩めに結い上げた、ナチュラルメイクのアラフィフだが、ニューヨークから一年前本社に異動になった宮下は、穏やかそうに見えてきつい言葉もポンポン飛び出すというやり手だ。
以前良太は中平にそんな風に紹介されたことがあるが、少し話をして自分の母親のような親しみを感じた記憶がある。
そんな母親のような優し気な雰囲気で、宮下は続けた。
感極まってアスカが激昂する。
「それは由々しき問題ですね。良太ちゃんがいなくなったら、青山プロダクションは終わりです」
「ちょっと、秋山さん! だから、あたしは会社ってより、良太の心配してるんだってば」
「東京に戻ったら、少し良太ちゃんのことを注意してみてみましょう。ちょっと意固地になっているのかもしれません。とにかく今夜はあまり考えすぎず、ゆっくりお休みなさい」
ムキになって訴えるアスカにも、冷静にそう答えると、秋山は自分の部屋へと向かった。
金曜日の昼には、千雪から良太に撮影に顔を出したと連絡が入った。
「思ったより、ええ感じでやってはるみたいやし、ほっとしたわ」
本谷のことを心配していたが、普通にやってるようすだったという。
「だから、大丈夫だって言ったじゃないですか。最近、いくつかドラマにも出てますけど、出るたびに伸びてるみたいで、工藤さんも目をかけてるらしいし」
所属する事務所の思惑で最初に本谷がドラマの主役を張らされた時からすると、非常に早い段階での進歩だと、良太は思う。
初めは学芸会以下だと言っていた工藤が、ある時ドラマの撮影現場から帰った際、そういう怒りのオーラがなかったことを、良太は微妙に感じ取っていた。
ドラマの視聴率も微増だが右肩上がりで、ドラマ配信も順調に伸びていて、そうしたデータからも、また実際ドラマを見ても、セリフは別としても同じ回に初めの方の撮影と後の方で撮っただろうシーンのその違いがわかるくらい表情の雰囲気がよくなっていた。
「へえ、工藤さんもお気に入りの俳優さんなん?」
アスカから今回の良太の件を相談されていた千雪はわざとそんな風に聞いたのだが、良太はあっさりと、「そうみたいですよ」と答えた。
工藤のことを抜きにして仕事目線で考えようと努力していた良太は、内心は千雪のいう、お気に入りの俳優、という言葉に少し動揺しないではなかった。
これが暇でしょうがないような時なら、千雪にもイラついて、ああでもないこうでもないと考えてしまったかもしれないが、生憎、忙しさマックスな状況にあって、そんなことを考えている余裕もないのだ。
千雪からの電話が切れるや、良太はバッグを掴むと、「行ってまいります~」と鈴木さんに声をかけ、オフィスを飛び出して駐車場に向かった。
東洋商事のCMの仮編集の打ち合わせで、藤堂、佐々木と一緒に、日本橋の本社に一時半の予定になっていた。
「お疲れ様です」
プラグインの前で藤堂と佐々木を乗せたのだが、佐々木は本当にお疲れのようで、疲れていても疲れは見せない藤堂ですら、前髪が少し垂れているのが、お疲れを如実に物語っていた。
「本気でお疲れのようですね、二人とも」
「いや、一時は再度撮影が必要かなんてとこまで行ったんだけどね、佐々木さんの機転で何とか無事に」
「まあ、クライアント次第やけどね~」
「何とかなってくれないと、ほら、佐々木さん、来月にはアディノが待ってるでしょ。それまでに局の考査まで持ってかなけりゃ」
藤堂の言うように、来月七月に入れば、佐々木はアディノのCM制作に焦点を合わせるだろう。
佐々木も、沢村を使うとなればしっかりしたものを作りたいと思っているに違いない。
こちらの作業によもや何かしらクレームなりが入ったりして工程がずれ込んだりしたら、あらゆる面で面倒なことになりかねない。
良太も、どうか修正など最小限にとどめてほしいと思うのだが。
広報室次長の中平さん、あの人が曲者っぽいんだよな。
良太は、何を考えているのかわからない表情の読み取りにくい中平の顔を思い浮かべた。
沢村と会ったことを佐々木に伝えようと思ったのだが、佐々木の難しい表情からすると、今はそれどころではないな。
沢村も交流戦真っ最中だし、この仕事も中平さんの出方によってはどうなるかわからない。
良太はいつになく気を引き締めて、広報室へと向かった。
指示された会議室に出向くと、中平をはじめとする広報部の面々だけでなく、東洋商事の幹部数名が三人を出迎えた。
藤堂が一通り説明を終え試写が始まると、皆が映像を静かに見つめていた。
終了すると、幹部も概ね好評といった表情がうかがえてこれで何とかいけると良太には思われた。
「いかがでしょう、ご意見のある方」
中平がテーブルを囲む面々を見回した。
「宮下さん」
はい、と挙手をした営業第一部本部長の名を中平が呼んだ。
「このままGOサインが出てしかるべき、クオリティの高い優れた作品であることは確かだと存じます。ただ……」
髪を緩めに結い上げた、ナチュラルメイクのアラフィフだが、ニューヨークから一年前本社に異動になった宮下は、穏やかそうに見えてきつい言葉もポンポン飛び出すというやり手だ。
以前良太は中平にそんな風に紹介されたことがあるが、少し話をして自分の母親のような親しみを感じた記憶がある。
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