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風そよぐ 44
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それでも本谷は何とか自分を落ち着かせると、小林千雪と知って丁寧な言葉で今の状況を告げた。
元はリーマンだったからと良太が言っていたのを思い出した。
礼儀正しいのは社会でしっかりもまれてきていることもあるだろうが、性格が真面目なのだろうと千雪は見て取った。
「へえ、ユキが推薦したの? 大丈夫よ、彼、仕事やるたびに伸びてるから」
推薦した、というキーワードが千雪の胸にチクリとささる。
が、アスカがそう評価しているのなら、まあ大丈夫なのだろう。
「そろそろ高広くるんじゃない?」
「工藤さん、驚くわね、ここにユキがいるとか」
ひとみと結託しての作戦だとアスカは言っていたが、聞いてみると本谷がどうやら工藤を好きらしいというのが、千雪は別の意味で可哀そうな気がした。
良太が、本谷のことで工藤を勘違いして、引っ越しまで考えているなんてことを聞けば、何とかしてやれるものならと思う。
工藤がまったく本谷のことでその気がないというのならなおさらだ。
けどな、周りが何を言うても、要は本人たちの問題なんやからなぁ。
千雪が工藤の恋人だと勘違いさせて、本谷が工藤を諦めるように仕向ける、とはいっても、人を好きな気持ちがそんなに簡単になくなるものだろうか、と千雪は思うのだが。
「あ、工藤さん、きた!」
アスカが工藤の姿を認めて言った。
工藤が来たら、工藤のところに行って、何か訳ありな話をしているように本谷に思わせる、というアスカの筋書きにのっとって、千雪は立ち上がって工藤のところに行った。
「お前、何してるんだ? こんなところで」
唐突に素のまま現れた千雪に、工藤は訝し気な顔を向けた。
「それはないですやろ。さっき撮影覗いてきたし、アスカさんからここで打ち上げしてるから来いて言われて」
「本谷もいるだろう」
「今更ですわ」
苦々しい顔のままテーブルに現れた工藤に、「ほんとにお疲れって顔ねぇ、高広」と既にかなり飲んでいるひとみがへらっと笑う。
「もうできあがっているのか。須永を困らせるほど飲むなよ」
「お疲れ様です」
確かに、工藤と恐ろしいほどの美形に変貌した千雪が何かありそうな雰囲気だと思った本谷だが、工藤を見ると、やはり心が浮ついてしまうのをどうしようもなかった。
「このウワバミどもに付き合う義理はないからな、お前は」
「失礼ね、それ」
アスカが抗議するが、工藤は意に介さず、秋山たちのテーブルに混じった。
「工藤さん、あんな顔してるけど嬉しいんじゃない?」
千雪が席に戻ると、アスカが声を落としてそんなことを言った。
「さあ」
人の心を操るようなマネは、千雪はあまり好きではない。
だが、良太のことを考えれば、仕事も絡んでいるし、本谷に事実を告げるわけにも行かないだろうから、こんな小芝居で本谷が工藤を諦められるのなら、それに越したことはないのかもしれない。
でも、ひょっとして良太は、やはり工藤のことを信じ切れずにいるのかもしれない。
だから何も言わずに自分が逃げようとしているのではないかと。
逃げたとしても思いが消えるものではないのに。
何となく千雪は、良太の心がわかるような気がした。
その時、アスカがまた入り口を見て、あ、と声を上げた。
その表情からあまり歓迎しないものを感じて、千雪は振り返った。
入ってこようとしている男を認めて、千雪は立ち上がった。
「ほな、俺そろそろ、帰るわ、仕事あるし」
「あら、もう行っちゃうの?」
ひとみが言った。
「たまには実家にも風とおさんとあかんし」
千雪は帰り際、「ほな、頑張ってや」と本谷に声をかけると、そそくさと部屋を出た。
「何で来たんや、京助」
「俺も混じろうと思ったのに、帰るのか?」
「やから、面倒おこさすな! アホ」
念のために、アスカの計画のことは京助にも話しておいた。
この男は、工藤が絡むと未だに面白くないらしい。
「帰るで」
千雪は京助がアスカの計画をダメにする前に店から連れ出した。
「お前が首突っ込まなきゃならないことでもないだろう」
京助は駐車場に停めていた車のロックを外した。
「首突っ込むいうほど突っ込んではないけど、良太のことは放っとおけんしな」
ナビシートに乗り込んだ千雪は、そういうと少し考え込んだ。
「とにかく、腹が減った。どっかで何か食って帰ろうぜ」
エンジンをかけると、「せっかく来たんだ、明日は比叡山の方まで行ってみるか」と言いながら京助はハンドルを切った。
千雪が帰ると、工藤は千雪のいた席に来て座った。
「とりあえず、京都の収録は終わったが、明後日はまた早朝ロケだ。アスカ、気を緩めるなよ」
怒涛のようにやってきた千雪がまた怒涛のように帰ったかと思ったら、工藤が隣にきたことで、本谷はまた固くなっていた。
ひとみはそれが手に取るようにわかって、本谷が可哀そうでしかたなかった。
それもこれも、高広が思わせぶりな態度をとるからじゃない!
斜め向かいから工藤を睨み付けるものの、工藤の方は全く頓着していない。
元はリーマンだったからと良太が言っていたのを思い出した。
礼儀正しいのは社会でしっかりもまれてきていることもあるだろうが、性格が真面目なのだろうと千雪は見て取った。
「へえ、ユキが推薦したの? 大丈夫よ、彼、仕事やるたびに伸びてるから」
推薦した、というキーワードが千雪の胸にチクリとささる。
が、アスカがそう評価しているのなら、まあ大丈夫なのだろう。
「そろそろ高広くるんじゃない?」
「工藤さん、驚くわね、ここにユキがいるとか」
ひとみと結託しての作戦だとアスカは言っていたが、聞いてみると本谷がどうやら工藤を好きらしいというのが、千雪は別の意味で可哀そうな気がした。
良太が、本谷のことで工藤を勘違いして、引っ越しまで考えているなんてことを聞けば、何とかしてやれるものならと思う。
工藤がまったく本谷のことでその気がないというのならなおさらだ。
けどな、周りが何を言うても、要は本人たちの問題なんやからなぁ。
千雪が工藤の恋人だと勘違いさせて、本谷が工藤を諦めるように仕向ける、とはいっても、人を好きな気持ちがそんなに簡単になくなるものだろうか、と千雪は思うのだが。
「あ、工藤さん、きた!」
アスカが工藤の姿を認めて言った。
工藤が来たら、工藤のところに行って、何か訳ありな話をしているように本谷に思わせる、というアスカの筋書きにのっとって、千雪は立ち上がって工藤のところに行った。
「お前、何してるんだ? こんなところで」
唐突に素のまま現れた千雪に、工藤は訝し気な顔を向けた。
「それはないですやろ。さっき撮影覗いてきたし、アスカさんからここで打ち上げしてるから来いて言われて」
「本谷もいるだろう」
「今更ですわ」
苦々しい顔のままテーブルに現れた工藤に、「ほんとにお疲れって顔ねぇ、高広」と既にかなり飲んでいるひとみがへらっと笑う。
「もうできあがっているのか。須永を困らせるほど飲むなよ」
「お疲れ様です」
確かに、工藤と恐ろしいほどの美形に変貌した千雪が何かありそうな雰囲気だと思った本谷だが、工藤を見ると、やはり心が浮ついてしまうのをどうしようもなかった。
「このウワバミどもに付き合う義理はないからな、お前は」
「失礼ね、それ」
アスカが抗議するが、工藤は意に介さず、秋山たちのテーブルに混じった。
「工藤さん、あんな顔してるけど嬉しいんじゃない?」
千雪が席に戻ると、アスカが声を落としてそんなことを言った。
「さあ」
人の心を操るようなマネは、千雪はあまり好きではない。
だが、良太のことを考えれば、仕事も絡んでいるし、本谷に事実を告げるわけにも行かないだろうから、こんな小芝居で本谷が工藤を諦められるのなら、それに越したことはないのかもしれない。
でも、ひょっとして良太は、やはり工藤のことを信じ切れずにいるのかもしれない。
だから何も言わずに自分が逃げようとしているのではないかと。
逃げたとしても思いが消えるものではないのに。
何となく千雪は、良太の心がわかるような気がした。
その時、アスカがまた入り口を見て、あ、と声を上げた。
その表情からあまり歓迎しないものを感じて、千雪は振り返った。
入ってこようとしている男を認めて、千雪は立ち上がった。
「ほな、俺そろそろ、帰るわ、仕事あるし」
「あら、もう行っちゃうの?」
ひとみが言った。
「たまには実家にも風とおさんとあかんし」
千雪は帰り際、「ほな、頑張ってや」と本谷に声をかけると、そそくさと部屋を出た。
「何で来たんや、京助」
「俺も混じろうと思ったのに、帰るのか?」
「やから、面倒おこさすな! アホ」
念のために、アスカの計画のことは京助にも話しておいた。
この男は、工藤が絡むと未だに面白くないらしい。
「帰るで」
千雪は京助がアスカの計画をダメにする前に店から連れ出した。
「お前が首突っ込まなきゃならないことでもないだろう」
京助は駐車場に停めていた車のロックを外した。
「首突っ込むいうほど突っ込んではないけど、良太のことは放っとおけんしな」
ナビシートに乗り込んだ千雪は、そういうと少し考え込んだ。
「とにかく、腹が減った。どっかで何か食って帰ろうぜ」
エンジンをかけると、「せっかく来たんだ、明日は比叡山の方まで行ってみるか」と言いながら京助はハンドルを切った。
千雪が帰ると、工藤は千雪のいた席に来て座った。
「とりあえず、京都の収録は終わったが、明後日はまた早朝ロケだ。アスカ、気を緩めるなよ」
怒涛のようにやってきた千雪がまた怒涛のように帰ったかと思ったら、工藤が隣にきたことで、本谷はまた固くなっていた。
ひとみはそれが手に取るようにわかって、本谷が可哀そうでしかたなかった。
それもこれも、高広が思わせぶりな態度をとるからじゃない!
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