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風そよぐ 42
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この二人は随分長い付き合いのようだが、こちらもどうやらうまくいっているらしい。
何だかちょっと、羨ましい。
「ああ、あの子、ハスキーの?」
良太はスキー合宿にも千雪が連れてきていた大きめのワンコを思い出した。
「撮影現場、ラインに送っておきます」
「よろしゅうに。ほならな」
これまでも映画やドラマ化された小林千雪の作品は何作かあるが、千雪が撮影に顔を出すのは珍しく、確か青森でロケがあった「ぶなの森」以来だった。
「本谷選んで、よかったこともあったわけやね」
良太はふふんとにわか関西弁で独り言ちた。
京都での収録が終わったその夜、大女優の山内ひとみやアスカに、川床料理に誘われた本谷は断ることもできず、山根や久保田、それにひとみのマネージャーの須永やアスカのマネージャー秋山とともに老舗『貴船屋』に連れていかれた。
実は撮影の終了間際になって、『からくれない』の原作者である小林千雪が顔を覗かせていることを知って緊張した本谷だが、その頃にはもう科白は終わっていた。
「もうググッといって、ググっと」
ひとみに言われて本谷はビールの中ジョッキを半分以上空けた。
「やだ、ひとみさん、オヤジ入ってるわよ、新人に無理強いしちゃダメじゃない」
ひとみの隣に座るアスカが窘め口調で言った。
「だーいじょうぶよ、本谷くん、鍛えられてるから」
「はい! 何か久しぶりに美味いビールです!」
本谷はその日機嫌がよかった。
何しろ、リテイクも少なくなって、結構役にはまり込んできていると山根にも言われてほっとしていたのだ。
しかも、撮影に顔を見せた千雪にも、頑張ってください、と激励の言葉をかけられ、少々舞い上がり気味だった。
それでも貴船川の流れを間近にして懐石料理を味わうなどというのは自分には分不相応な贅沢な気がすると本谷が口にすると、アスカがハハハと笑った。
「気にしなくて大丈夫。どうせ、ここだって工藤さんもちなんだから、経費よ、経費」
「はあ、でも……」
「そんなこと気にしてるとせっかくのお料理がまずくなっちゃうよ?」
アスカに言われて、本谷は頷いて箸をつける。
その時、ひとみの携帯が鳴った。
ひとみは座を持することもなく、携帯に出た。
「高広、今どこ?」
高広、という名前に、本谷はすぐに反応した。
「え、今、『貴船屋』よ。早く来てよね」
それだけで電話を切ると、ひとみはまた料理に取り掛かった。
「あの、工藤さん、も、いらっしゃるんですか?」
恐る恐る本谷がひとみに聞くと、「ええ、打ち上げだからさっさと来いっていってあったんだけど、まだ高雄なんだって」と答える。
それからひとみはアスカに向き直った。
「でもさ、高広、ここんとこやつれてると思わない?」
「そうねぇ、やっぱ、相当こたえてるんじゃないの?」
二人が工藤の話を始めると、本谷は思わず箸を止めた。
「まあねぇ、いくら忙しくっても、会おうと思えば会えるんだから、ずっと放りっぱなしにされたら怒るわよ、そのうち高広、愛想つかされても知らないから」
「ちょっと仕事減らしたらいいと思うんだけど。そしたらあたしもまとまった休みとれるし、工藤さんだってご機嫌取りできるじゃない」
誰が聞いてもおそらく工藤とその相手とのことだろうと思われる二人のやり取りに、本谷はつい口を挟まないではいられなかった。
「工藤さん、付き合ってらっしゃる方いらっしゃるんですか?」
よく冷えたワインをゴクゴクと飲みほして、ひとみは、「そりゃまあね」と思わせぶりな答え方をした。
「仕事漬けの毎日だからさ、こういう仕事してると、付き合うってもなかなか難しいのよね」
「本谷くんは、いるの? 彼女」
塩焼きをぺろっと平らげたアスカがするりと聞いた。
「え………、いや、営業やってた時、会社の人と付き合ってたんですけど、俺が今の事務所に入ってしばらくして、すれ違いっていうか、会えない時が続いてしまって、結局、別れようって言われちゃって」
苦笑いをしたものの、本谷は心穏やかではない。
「そうなんだ、残念だったわね~、あ、これ美味しい~」
アスカは鱧の天ぷらを口に入れた途端、幸せそうに言った。
「本谷くんすんごくもてるでしょ? 今まで仕事で知り合った子とか、どうなの?」
見事に話をすりかえて、アスカがそれこそ直球で聞いた。
「いや俺なんか、全然……。俺、どうもノリが今一つってか……」
「ああ、竹野とか、歯に衣着せるなんてこと知らないから、あの子みたいなの頭に置いちゃだめよ」
竹野とは言わなくても、十分本谷の胸にグサグサくるようなセリフをアスカはさらりと口にする。
「アスカさん、竹野さんとは部類が違うとはいえ、あなたもまったく歯に衣着せない人ですから、本谷さんをいじめないようにしてください」
そこへ秋山の指導が入った。
さっきからひとみとアスカが本谷を呼んで一体何を企んでいるのかと秋山は聞き耳を立てていたのだが、どうも気になっていた。
「やだ、秋山さん、その言い方はないでしょ? あたしは竹野みたく辛らつなことを人に言ったりしないわよ」
「人は選ぶみたいですけどね」
秋山は平然と言い放つ。
何だかちょっと、羨ましい。
「ああ、あの子、ハスキーの?」
良太はスキー合宿にも千雪が連れてきていた大きめのワンコを思い出した。
「撮影現場、ラインに送っておきます」
「よろしゅうに。ほならな」
これまでも映画やドラマ化された小林千雪の作品は何作かあるが、千雪が撮影に顔を出すのは珍しく、確か青森でロケがあった「ぶなの森」以来だった。
「本谷選んで、よかったこともあったわけやね」
良太はふふんとにわか関西弁で独り言ちた。
京都での収録が終わったその夜、大女優の山内ひとみやアスカに、川床料理に誘われた本谷は断ることもできず、山根や久保田、それにひとみのマネージャーの須永やアスカのマネージャー秋山とともに老舗『貴船屋』に連れていかれた。
実は撮影の終了間際になって、『からくれない』の原作者である小林千雪が顔を覗かせていることを知って緊張した本谷だが、その頃にはもう科白は終わっていた。
「もうググッといって、ググっと」
ひとみに言われて本谷はビールの中ジョッキを半分以上空けた。
「やだ、ひとみさん、オヤジ入ってるわよ、新人に無理強いしちゃダメじゃない」
ひとみの隣に座るアスカが窘め口調で言った。
「だーいじょうぶよ、本谷くん、鍛えられてるから」
「はい! 何か久しぶりに美味いビールです!」
本谷はその日機嫌がよかった。
何しろ、リテイクも少なくなって、結構役にはまり込んできていると山根にも言われてほっとしていたのだ。
しかも、撮影に顔を見せた千雪にも、頑張ってください、と激励の言葉をかけられ、少々舞い上がり気味だった。
それでも貴船川の流れを間近にして懐石料理を味わうなどというのは自分には分不相応な贅沢な気がすると本谷が口にすると、アスカがハハハと笑った。
「気にしなくて大丈夫。どうせ、ここだって工藤さんもちなんだから、経費よ、経費」
「はあ、でも……」
「そんなこと気にしてるとせっかくのお料理がまずくなっちゃうよ?」
アスカに言われて、本谷は頷いて箸をつける。
その時、ひとみの携帯が鳴った。
ひとみは座を持することもなく、携帯に出た。
「高広、今どこ?」
高広、という名前に、本谷はすぐに反応した。
「え、今、『貴船屋』よ。早く来てよね」
それだけで電話を切ると、ひとみはまた料理に取り掛かった。
「あの、工藤さん、も、いらっしゃるんですか?」
恐る恐る本谷がひとみに聞くと、「ええ、打ち上げだからさっさと来いっていってあったんだけど、まだ高雄なんだって」と答える。
それからひとみはアスカに向き直った。
「でもさ、高広、ここんとこやつれてると思わない?」
「そうねぇ、やっぱ、相当こたえてるんじゃないの?」
二人が工藤の話を始めると、本谷は思わず箸を止めた。
「まあねぇ、いくら忙しくっても、会おうと思えば会えるんだから、ずっと放りっぱなしにされたら怒るわよ、そのうち高広、愛想つかされても知らないから」
「ちょっと仕事減らしたらいいと思うんだけど。そしたらあたしもまとまった休みとれるし、工藤さんだってご機嫌取りできるじゃない」
誰が聞いてもおそらく工藤とその相手とのことだろうと思われる二人のやり取りに、本谷はつい口を挟まないではいられなかった。
「工藤さん、付き合ってらっしゃる方いらっしゃるんですか?」
よく冷えたワインをゴクゴクと飲みほして、ひとみは、「そりゃまあね」と思わせぶりな答え方をした。
「仕事漬けの毎日だからさ、こういう仕事してると、付き合うってもなかなか難しいのよね」
「本谷くんは、いるの? 彼女」
塩焼きをぺろっと平らげたアスカがするりと聞いた。
「え………、いや、営業やってた時、会社の人と付き合ってたんですけど、俺が今の事務所に入ってしばらくして、すれ違いっていうか、会えない時が続いてしまって、結局、別れようって言われちゃって」
苦笑いをしたものの、本谷は心穏やかではない。
「そうなんだ、残念だったわね~、あ、これ美味しい~」
アスカは鱧の天ぷらを口に入れた途端、幸せそうに言った。
「本谷くんすんごくもてるでしょ? 今まで仕事で知り合った子とか、どうなの?」
見事に話をすりかえて、アスカがそれこそ直球で聞いた。
「いや俺なんか、全然……。俺、どうもノリが今一つってか……」
「ああ、竹野とか、歯に衣着せるなんてこと知らないから、あの子みたいなの頭に置いちゃだめよ」
竹野とは言わなくても、十分本谷の胸にグサグサくるようなセリフをアスカはさらりと口にする。
「アスカさん、竹野さんとは部類が違うとはいえ、あなたもまったく歯に衣着せない人ですから、本谷さんをいじめないようにしてください」
そこへ秋山の指導が入った。
さっきからひとみとアスカが本谷を呼んで一体何を企んでいるのかと秋山は聞き耳を立てていたのだが、どうも気になっていた。
「やだ、秋山さん、その言い方はないでしょ? あたしは竹野みたく辛らつなことを人に言ったりしないわよ」
「人は選ぶみたいですけどね」
秋山は平然と言い放つ。
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