風そよぐ

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風そよぐ 41

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 東京駅で新幹線を降り、丸の内線国会議事堂前で千代田線に乗り換えて三つ目で乃木坂駅に着く。
 階段を上がって雨がこぼれ始めた歩道を早足に約二分ほど、良太はオフィスのドアを開けた。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい。雨、降ってきちゃったわね」
 にこやかに笑って出迎えてくれる鈴木さんの顔を見ると、ほっとする。
「あら、おたべ! 早速お茶をいれましょうね」
 お土産の袋を手渡すと、鈴木さんはいそいそとキッチンに向かった。
「今頃の京都も、雨が降ったりして風情がありそうねぇ」
 鈴木さんと窓側のソファセットでおたべを前にお茶をしながら、良太はしばらくまったりと本格的に振り出した雨の街並みに目をやった。
「娘と今度京都に行きたいって話してるのよ。夏の京都もいいわよね」
「いいですね。七月に連休あるし」
「そうだけど、良太ちゃん、仕事はどうなの? 工藤さんも相変わらずお忙しそうだし」
「俺や工藤さんのことはお気遣いなく。いつも留守番とか、猫のお世話とかお願いしてて、申し訳ないばっかだし」
 鈴木さんはふふふと緩く笑った。
「あら、いいのよ。猫ちゃんたち可愛いし、癒されるわね、あの子たち見てると」
「いつもありがとうございます」
「京都っていえば、そうそう、川床料理、工藤さんにごちそうしていただいた?」
 何気ない鈴木さんの言葉が良太の胸をチクリと刺した。
「…いえ、時間なくて………」
「撮影、また京都でもあるんでしょ? 次はごちそうしていただきなさいな」
 せっかく食事に誘ってくれたのに、工藤。
 アスカさんとの約束を反故にもできなかったしな。
 あーあ、工藤との食事なんて、もう半永久ないかもな。
 オフィスにいる時にとばかり、デスクでしばらくデータ処理やら書類作成をやっていた良太は、夕方五時近くになってオフィスのドアが開いたので顔を上げた。
「千雪さん、どうしたんですか?」
 ジャケットの肩が濡れている。
「いや、ちょっとな」
 勝手知ったるで千雪は窓際のソファに座った。
「今日、傘持ってくるの忘れて、濡れてしもた」
 鈴木さんがタオルを持ってきて千雪に手渡した。
「温かいものお持ちしますね」
「おおきに」
 良太はちょうど書類を作り終えてプリントアウトしているところだった。
「京都行ったんか? 良太は。撮影向こうやったろ?」
 良太が千雪の向かいに座ると、鈴木さんがまたおたべとお茶を持ってきてくれた。
「おたべやんか、何か久しぶりやな」
 いただきます、と千雪は鈴木さんににっこり笑う。
「さっき戻ったんですよ」
「へえ、順調なん?」
 なるほど、と良太は理解した。
「千雪さんも本谷のこと気にしてるんでしょ」
「まあな。大澤がえらい剣幕やったやんか」
「実は、ちょっと大変で………」
「おい、やっぱあいつあかんとか言わんときや」
 良太が難しい顔をして見せると、千雪が本当に焦ったように身を乗り出した。
「とかって、まあ、何とか大丈夫みたいですよ。確かにちょっとまずい時もあったみたいですけど」
「俺を驚かすな!」
 良太はハハと笑い、「ほんと、もう大丈夫みたいでしたよ」と念をおした。
「本谷、前のドラマまでは、科白は今一つでしたけどいい感じで終わったんですが、さすがにドラマのジャンルも違うし、彼、割とメインなんで、四苦八苦してて、工藤も気にかけてたみたいで」
 千雪は渋い表情でお茶をすする。
「でも、今朝、俺が大ヒントを授けたら、もうバッチリよくなったんです」
「なんや大ヒントて。うさんくさい」
「ひどいな、千雪さん。いや、ほんと、本谷、ヒントで途端によくなってたから、もう大丈夫ですって」
 まだ半信半疑のような眼を千雪は良太に向けた。
「あ、でも、こないだ、テレビに最初に出てきた人で、とかで決めたってのは、俺ら二人だけの胸の内に収めといてくださいよ!」
「良太、お前、俺をおちょくってるな?」
「滅相もない!」
「そのセリフからしてお茶らけてるし、まあ、ええわ。その話は墓場まで持ってくで」
 そういうと千雪は、ようやく夏らしいガラスの器を取って、並べられたおたべを黒文字で割って食べる。
「あ、美味いなこれ」
「そのことで来たんですか? わざわざ」
「ああ、いや」
 千雪はお茶を飲んでから続けた。
「一度は撮影にも顔出せとか、工藤さん、言うてたやろ?」
「そうですね、京都は今週末、金曜日に撮影が終わって、日曜日からこっちで収録なんですが」
「日曜もないんやな、撮影て」
「まあ、ね、日曜の早朝ロケがあるんです。あとはスタジオかな」
「親父の法事があるんや、土曜日。そんで金曜日に京都いくつもりやねんけど」
 そういえばこの人も天涯孤独の人だっけ。
 父親って確か、古典文学の権威とか。
 良太は千雪のプロフィールを思い起こした。
「そうなんですか。撮影、結構七時くらいまでやってるはずなんで、顔出していただけるんなら、工藤に連絡しておきますが」
「ほな、伝えといて」
「わかりました。新幹線で行くんですか?」
「京助が車で行くてきかんから、こっちを十時には出なあかん。ワンコ連れやしな」
 やはり京助が一緒なんだな、と良太は改めて思う。
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