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風そよぐ 40
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撮影はスムースなやり取りで進み、いくつかのシーンが撮り終わった。
「いいよいいよ、本谷くん、それそれ、そんな感じで次もお願いしますよ」
満面の笑みを浮かべている山根を見て、良太はそっとロケ現場を離れた。
ホテルは既にチェックアウトしていたので、良太はそのまま電車を乗り継いで甲子園球場へと向かった。
電話はたまにかかってくるが、沢村と顔を合わせるのは久しぶりだ。
十時くらいには向こうに着けるだろう。
『パワスポ』のクルーや局アナの市川美由と合流して、沢村の取材をさせてもらう手はずになっている。
午後一時くらいには球場入りするはずなので、今チームがリーグ二位に浮上したことや、交流戦真っ最中の成績を踏まえて今夜のゲームへの意気込みなどをインタビューする手はずだ。
しかし夕べ四の一で、ヤジも飛んだから、沢村のヤツいつにも増して不機嫌だよな、きっと。
十二時四十五分、現れた沢村に市川がインタビューを始めた。
「もちろん目標は優勝です。チームの調子も上がりつつありますし、自分の調子も大体安定してきているので、極端に落ちることなくいければいいかと思っています」
良太の危惧に反して、沢村はよどみなく答え、「三冠王を狙っているか」という市川の問いにも「狙うことでチームへの貢献になればもちろん」と締めくくった。
インタビューが終わって、お疲れ様をした直後、「良太、ちょっと」と良太の腕を掴んでクルーや周りの人の群れから離れたところまで移動すると、沢村が言った。
「お前、こないだ、佐々木さんと温泉に行ったって? 藤堂のやつも一緒だったんだってな」
何かと思えば、意識はそっちにいってるのか。
佐々木が話したらしい。
佐々木にしてみれば、最近のできごとくらいな感覚で話したのだろう。
「何で俺に言わねえんだよ!」
「お前、仕事だぞ? お前にイチイチお伺い立てる必要あるかよ。それに、うっかり言って、またタイムテーブルを駆使してお前がトラベルミステリーもどきを決行しないとも限らないからな」
「うっせーよ」
二月に知り合いが集まって軽井沢でスキー合宿となった時、佐々木に会いたいがために電車のコンコースを走りまくって、キャンプ地の宮崎から飛んでくるという荒業をやってみせた沢村は、当然佐々木に怒られて、一時はゲーム中は合わないなどと宣言されてしまったのだ。
とりあえずその宣言は撤回させたようだが。
「今月は交流戦で目いっぱいで、いくら俺でもそんな余裕はない」
「あたりまえだ」
「にしたって、温泉に行こうって何度も言ってるのに、なんでお前と温泉なんだよ」
「仕事だぞ。まあ、温泉もホテルも食事もこの上なしだったけどな」
ちょっと沢村を羨ましがらせてやる。
「くっそ! シーズン終わったらぜってぇ温泉だ!」
「お前、よく一緒に箱根行ってたんじゃないのかよ?」
「箱根じゃ地元過ぎて行った気にならねぇ」
「贅沢モノめ!」
「次会えるのって、そのアディノのCM撮影ン時くらいなんだよ」
そう言われると良太もちょっと沢村が可哀そうにもなる。
「ああ、オールスターの前? 大阪のスタジオか」
七月中旬、前々から決まっていたスポーツウエアブランド『アディノ』のCM撮影は、沢村のスケジュールの都合でその日くらいしかないのだ。
秋には放映予定となっている。
「しょうがないだろ、佐々木さんも忙しいんだし」
良太が言うと、やんちゃ坊主が愚図っているような顔で沢村は、「わかってる。じゃあな」とムスッとしたままウォーミングアップに向かった。
とりあえずはまあ、昨日は四の一でも調子は良さそうだ。
久々沢村の顔を見たら、負けてられないという気にもなる。
「何か、広瀬さんと沢村さんってすっごく仲いいんですね」
帰りは市川と一緒の新幹線で帰ったのだが、しばらく野球談議をしていて名古屋を過ぎた頃、隣りに座る市川が思い出したように言った。
「ああ、まあ、子供の頃からリトルリーグとかで顔合わせてたからね」
「何か、あたしと奏ちゃんみたいな感じですね」
この頃市川はすごく表情が明るく生き生きとしていた。
それが、彼女の言う奏ちゃんと再度付き合いだしてからだろうことは、良太にもよくわかった。
有吉奏は良太にしてみれば口の悪い不愛想で嫌味なカメラマンでしかないのだが。
『レッドデータアニマルズ』のカメラマンとしてもうずっと仕事では顔を合わせているが、とても奏ちゃん、なんてシロモノではない。
まあ。蓼食う虫もっていうし………。
子供の頃からの付き合いというように、市川は有吉のそういう性格も込みで付き合っているらしいし。
うまくいっているようで何よりだって。
東京に戻ったら、また、その有吉や下柳と顔を突き合わせる仕事が待っている。
工藤とはほんのちょっと話しただけだったけど、ま、話せただけいいか。
本谷も今朝の撮影見てたら、何とかこれからも行けそうな感じになってきたし。
オフィスの留守番をかねてネコの面倒を見てくれていた鈴木さんには、京都の定番、おたべを買った。
静岡を通過する頃、市川も良太もうとうとと眠り込んでいて、雨が降らなければ見られるかななどと言っていた富士山も見損なった。
「いいよいいよ、本谷くん、それそれ、そんな感じで次もお願いしますよ」
満面の笑みを浮かべている山根を見て、良太はそっとロケ現場を離れた。
ホテルは既にチェックアウトしていたので、良太はそのまま電車を乗り継いで甲子園球場へと向かった。
電話はたまにかかってくるが、沢村と顔を合わせるのは久しぶりだ。
十時くらいには向こうに着けるだろう。
『パワスポ』のクルーや局アナの市川美由と合流して、沢村の取材をさせてもらう手はずになっている。
午後一時くらいには球場入りするはずなので、今チームがリーグ二位に浮上したことや、交流戦真っ最中の成績を踏まえて今夜のゲームへの意気込みなどをインタビューする手はずだ。
しかし夕べ四の一で、ヤジも飛んだから、沢村のヤツいつにも増して不機嫌だよな、きっと。
十二時四十五分、現れた沢村に市川がインタビューを始めた。
「もちろん目標は優勝です。チームの調子も上がりつつありますし、自分の調子も大体安定してきているので、極端に落ちることなくいければいいかと思っています」
良太の危惧に反して、沢村はよどみなく答え、「三冠王を狙っているか」という市川の問いにも「狙うことでチームへの貢献になればもちろん」と締めくくった。
インタビューが終わって、お疲れ様をした直後、「良太、ちょっと」と良太の腕を掴んでクルーや周りの人の群れから離れたところまで移動すると、沢村が言った。
「お前、こないだ、佐々木さんと温泉に行ったって? 藤堂のやつも一緒だったんだってな」
何かと思えば、意識はそっちにいってるのか。
佐々木が話したらしい。
佐々木にしてみれば、最近のできごとくらいな感覚で話したのだろう。
「何で俺に言わねえんだよ!」
「お前、仕事だぞ? お前にイチイチお伺い立てる必要あるかよ。それに、うっかり言って、またタイムテーブルを駆使してお前がトラベルミステリーもどきを決行しないとも限らないからな」
「うっせーよ」
二月に知り合いが集まって軽井沢でスキー合宿となった時、佐々木に会いたいがために電車のコンコースを走りまくって、キャンプ地の宮崎から飛んでくるという荒業をやってみせた沢村は、当然佐々木に怒られて、一時はゲーム中は合わないなどと宣言されてしまったのだ。
とりあえずその宣言は撤回させたようだが。
「今月は交流戦で目いっぱいで、いくら俺でもそんな余裕はない」
「あたりまえだ」
「にしたって、温泉に行こうって何度も言ってるのに、なんでお前と温泉なんだよ」
「仕事だぞ。まあ、温泉もホテルも食事もこの上なしだったけどな」
ちょっと沢村を羨ましがらせてやる。
「くっそ! シーズン終わったらぜってぇ温泉だ!」
「お前、よく一緒に箱根行ってたんじゃないのかよ?」
「箱根じゃ地元過ぎて行った気にならねぇ」
「贅沢モノめ!」
「次会えるのって、そのアディノのCM撮影ン時くらいなんだよ」
そう言われると良太もちょっと沢村が可哀そうにもなる。
「ああ、オールスターの前? 大阪のスタジオか」
七月中旬、前々から決まっていたスポーツウエアブランド『アディノ』のCM撮影は、沢村のスケジュールの都合でその日くらいしかないのだ。
秋には放映予定となっている。
「しょうがないだろ、佐々木さんも忙しいんだし」
良太が言うと、やんちゃ坊主が愚図っているような顔で沢村は、「わかってる。じゃあな」とムスッとしたままウォーミングアップに向かった。
とりあえずはまあ、昨日は四の一でも調子は良さそうだ。
久々沢村の顔を見たら、負けてられないという気にもなる。
「何か、広瀬さんと沢村さんってすっごく仲いいんですね」
帰りは市川と一緒の新幹線で帰ったのだが、しばらく野球談議をしていて名古屋を過ぎた頃、隣りに座る市川が思い出したように言った。
「ああ、まあ、子供の頃からリトルリーグとかで顔合わせてたからね」
「何か、あたしと奏ちゃんみたいな感じですね」
この頃市川はすごく表情が明るく生き生きとしていた。
それが、彼女の言う奏ちゃんと再度付き合いだしてからだろうことは、良太にもよくわかった。
有吉奏は良太にしてみれば口の悪い不愛想で嫌味なカメラマンでしかないのだが。
『レッドデータアニマルズ』のカメラマンとしてもうずっと仕事では顔を合わせているが、とても奏ちゃん、なんてシロモノではない。
まあ。蓼食う虫もっていうし………。
子供の頃からの付き合いというように、市川は有吉のそういう性格も込みで付き合っているらしいし。
うまくいっているようで何よりだって。
東京に戻ったら、また、その有吉や下柳と顔を突き合わせる仕事が待っている。
工藤とはほんのちょっと話しただけだったけど、ま、話せただけいいか。
本谷も今朝の撮影見てたら、何とかこれからも行けそうな感じになってきたし。
オフィスの留守番をかねてネコの面倒を見てくれていた鈴木さんには、京都の定番、おたべを買った。
静岡を通過する頃、市川も良太もうとうとと眠り込んでいて、雨が降らなければ見られるかななどと言っていた富士山も見損なった。
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