風そよぐ

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風そよぐ 32

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 そっか、やっぱ工藤、来たんだ。
 本谷のこと気になって。
 何だか思っていた以上に、ことは先へと進んでいくようだ。
 高雄だって、俺、行く必要あり?
 工藤いるのにさ。
 何か、もう、行きたくねえ。
 どんな顔して工藤に会えばいいんだよ、俺。
「………広瀬さん?」
「あ、いや、明日、俺、どうせ京都行くんならって、甲子園寄ってくることになっちゃったんですよね、『パワスポ』の取材で」
 良太はさり気に話題をすり替えると、まだ鮨がいくつか残っていたが、もう入りそうにもなく、弁当の蓋を閉じた。
「そうなんですか、ホントに忙しいですね、お気をつけて」
 にっこり笑う本谷は実に清々しい。
「ありがとうございます。撮影頑張ってください」
「はい」
 やがてスタンバイの声がかかり、撮影が再開された。
 良太はしばし撮影風景を見ていたが、静かにロケ現場を後にした。




 カットの声がかかると、アスカはあたりを見回した。
「秋山さん、良太、もう行っちゃったの?」
「あれ、そのようだね、高雄まで車で一時間くらいか」
「そっか。ま、いいけど……」
 午後になると、晴れていた空は少し曇りがちになっていた。
「明日も早朝ロケですから、今夜はあまり遅くならないようにしてください」
「わかってるわよ」
 アスカは一応そうは言ったものの、今夜良太を部屋に呼んでいることは言っていなかった。
「明日は午後から雨の予報ですが、朝は何とかもってくれればいいんですが」
「流は今夜こっちに来るの?」
 空の心配をしている秋山に、アスカは思いついたことを口にする。
「そのようです。彼のスケジュールはかなりタイトのようですよ」
「流も忙しいのに、よく受けたよね、この仕事。そういえば、本谷のマネージャ、今回もついてこないわけ?」
「まあ、もうおひとり担当されているのが、少々難しい女優さんですからね。本谷くんがしっかりしているので、ってことでしょう」
「にしても、ちょっと放りっぱなし過ぎだと思わない?」
「工藤さんもそれを少し気にかけてるみたいですよ」
 アスカはタブレットを覗き込んでいる秋山を振り返った。
「工藤さんが?」
「ええ」
「何か、珍しくない? 工藤さんがよその俳優のことを気にかけるとか」
「そうですか?」
 秋山はたいして興味もなさそうに言った。
「ねえ、良太ちゃん、もう行っちゃったの?」
 同じことを後ろから来たひとみが聞いた。
「そうみたい。ねえ、ひとみさん、ちょっと」
 アスカはひとみを連れて奥の方に移動した。
「秋山さんがさ、工藤さんが、やっぱり本谷のことを気にかけてたって」
「あらま」
「うーん、絶対それって、らしくなくない?」
「まあ、そうね」
 二人はしばし口を噤んだ。
「ま、とにかく、今夜よ。あたしは高雄に行ってくるわ」
 ひとみが言った。
「あたしは良太を待つわ。でも結構、良太もそうおいそれと本音は吐かないのよね~」
「でも夕べ、良太ちゃんの最近の言動とかの理由がようやくわかったわ」
 ひとみはうん、と頷いた。
「まさかよね~、あの、本谷が」
 昨夜のことをまた思い出して、アスカは感慨深げに言った。
 昨日、夕方五時頃のことだった。
 撮影中にふらりと高雄から工藤がやってきて顔を覗かせた。
 そのシーンには出番がなく、秋山の横でおとなしく撮影を見ていたアスカだが、工藤に気づいて秋山の腕をつついた。
「工藤さん、いらしてたんですか」
 秋山はこそっと工藤に近づいて声をかけた。
「ああ。どうだ? 撮影は」
「順調ですよ」
「本谷はどうだ?」
「まあ、上々というところじゃないですか? 彼にしては。多少科白が難ありでも、表情とか動きが『田園』の時より俄然よくなってます」
「そうか」
 しばらく腕組みをして工藤は撮影をじっと見つめていた。
「ねえ、工藤さん、何だかうらぶれてない? かなりお疲れみたい」
 アスカは秋山に近づいてこそっと言った。
「そうだな。良太もこっちに来れるのが明日だし、こっちはこっちで今までにない連ドラってことで、気にはなるんだろう」
「結構無茶ぶりよねぇ」
「まあ、局側も工藤さんだからできるとふんでGOサインを出したんだろう」
 頷いて秋山も眉をひそめた。
「工藤さんも、引き受けちゃうから」
「絶対無理だとわかっているもの以外、受けるからな。局側もそういうところを頼みにしているところがあるし」
 二人がこそこそとそんなことを話しているうちに、カットの声がした。
「工藤さん!」
 アスカがその声に顔を上げると、本谷がいそいそと工藤に駆け寄るのが見えた。
 工藤と本谷は何か話しているのだが、本谷が満面の笑みを浮かべているのにアスカは気づいた。
 何よあれ?
 オヤジ工藤に喜んで尻尾を振るのなんて、良太だけかと思ったら。
 その時は何となくそんなことを思っただけだったのだが。
 二人が何を話しているかはもっと近づかないと聞こえないし、何となく近づきづらい雰囲気があった。
 その様子を見ていたのは、アスカだけではなかった。
 向こう側にいるひとみも工藤と本谷の様子をうかがっていた。
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