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風そよぐ 22
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「よかったわね、良太ちゃん、最近お疲れ気味で、なんかこう段々落ち込んでいくみたいな雰囲気だったから、たまには羽を伸ばさないと」
そんなに落ち込んでいるように見えたんだ、と良太はあらためてもっと引き締めないと思う。
鈴木さんが帰ると、良太は一端荷物を持って部屋に上がり、猫をちょっとかまってからカップ麺をすすると、またオフィスに戻って三時間ほどデスクワークに費やした。
「佐々木さんて、のんびりしてるし世の中のことに疎いみたいだけど、話しててなんか楽しい人だよな」
藤堂と佐々木には一部屋ずつと思っていたのが、撮影スタッフ全員を入れると、部屋がどうしても取れないとホテル側から言われ、藤堂と佐々木に打診したところ、三人一緒でいいだろうということになって、広い和室に三人で泊まったのだが、宴会場から部屋に戻ってからまた三人で飲んだのだ。
これを沢村が知ったら悔しがるだろうな。
最近、調子が上がってホームランを量産している人気スラッガーの顔を思い浮かべる。
「いや、俺らみたい弱小会社からしたらもう英報堂なんて目ぇの仇みたいやったもんな」
「それを言ったら、ジャストエージェンシーの佐々木と言えば、いかなるヘッドハントも蹴りまくって、あの弱小会社から離れないのは謎でしかない、と評判でしたよ」
二人がそれぞれ前の会社にいた頃の話をし始めると止まらなかった。
「それ、ほんまに俺、ものぐさやっただけで、春日さんにとうとう放り出されるまでは、のんびりやっとったのに、今はそれこそ荒波にもまれとる感じや」
佐々木が笑う。
「英報堂でも河崎さんと藤堂さんて、エリート中のエリートだったって、直ちゃん情報ですけど」
良太が言うと、それや、と佐々木が良太を振り返る。
「俺より、うちの営業らが、コンペで二人の名前が挙がると、もう、負けた~ってやる前から尻尾巻いてたわ」
「そんなにすごかったんですねぇ、藤堂さん。そういうとこ、俺、知らないから、いつも美味しいもん持ってきてくれる人だなあとか」
感心して良太は藤堂を見つめた。
「いや、良太ちゃんが正しい。俺は美味しいもん上げるのが好きな、サンタさんでいたいのに、噂なんてもんは勝手に独り歩きして、実際の人物像をゆがめてしまうんだ」
うん、と藤堂は一人頷く。
「でも、極め付きは、あのスキーツアーやったな~」
佐々木が言い出すと、藤堂も「ああ、あれな、俺らとジャストエージェンシーご一行様が出くわしたやつ」と話を引き継いで、「でも実は、あれには裏があったんだ」と言い出すと、良太も佐々木も興味津々で藤堂に話を促し、寝不足は確定した。
翌朝五時半の漁業体験に間に合わなくなると慌てて眠ったのが午前二時、約三時間寝ただけで三人は目覚ましに起こされた。
海岸から見た海とは全く違っていた。
船に乗り込んでどこを向いても海の上で漁師たちが動めく姿は見ているだけですがすがしくさえ思えた。
波しぶきや海や魚や船のにおい、そういったものをじかに感じられただけで、良太は小学生のように始終わくわくしていた。
こうしたまさしく荒ぶる仕事をしている者たちから、佐々木や良太などは『じょうちゃん』『ぼっちゃん』などと呼ばれても、差別だの何だのを超越して笑った。
まあ、案の定、佐々木などは、女の子じゃないの? などと真顔で聞かれてしまっていた。
確かに鈴木さんの言う通り、鬱々とした気分に押しつぶされそうな毎日だったが、能登の仕事は、何だか修学旅行気分で久々楽しい時間だったな、と良太は思い出して微笑んだ。
「うーん、とにかく明日もがんばって、自分の仕事するっきゃないよな!」
そう口にして、良太はオフィスの明かりを消した。
水曜日になるともう夏の気配がすぐそこまできてかなり蒸し暑かった。
夕方、白のステーションワゴンが青山プロダクションの駐車場に停まった。
「やほ! 迎えに来たよ」
良太はオフィスのドアが開いて颯爽と入ってきた、白のTシャツにジーンズ、サングラスの長身の男を見上げてちょっと驚いた。
「まあ、宇都宮さん」
帰り支度をしていた鈴木さんも足を止めてサングラスを取った渋いイケメンを見つめた。
「え、びっくりした、宇都宮さん、俺、自分で行ったのに」
まさか宇都宮自身が迎えに来るとは、良太も思っていなかったのだが。
「まだ仕事中なら待ってるよ」
宇都宮は気さくに言って、ソファに腰を降ろした。
「あ、はい、すみません、あと一枚なんですが……」
良太は慌ててキーボードを叩く。
「どうぞ」
帰りがけていた鈴木さんがすぐにアイスコーヒーを持って宇都宮の前のテーブルに置いた。
「すみません、急におしかけて」
「これからお仕事ですの?」
「いえ、ちょっと良太ちゃんと約束してて」
「まあ、そうですの。ごゆっくり」
鈴木さんが帰っても、まだ良太の仕事は終わらなかった。
その間、宇都宮は呑気そうに、ラックに置いてある雑誌などを見ながら、静かに待っていた。
「お待たせしました」
慌てて良太が立ち上がると、「慌てなくていいからね」と宇都宮は微笑んだ。
そんなに落ち込んでいるように見えたんだ、と良太はあらためてもっと引き締めないと思う。
鈴木さんが帰ると、良太は一端荷物を持って部屋に上がり、猫をちょっとかまってからカップ麺をすすると、またオフィスに戻って三時間ほどデスクワークに費やした。
「佐々木さんて、のんびりしてるし世の中のことに疎いみたいだけど、話しててなんか楽しい人だよな」
藤堂と佐々木には一部屋ずつと思っていたのが、撮影スタッフ全員を入れると、部屋がどうしても取れないとホテル側から言われ、藤堂と佐々木に打診したところ、三人一緒でいいだろうということになって、広い和室に三人で泊まったのだが、宴会場から部屋に戻ってからまた三人で飲んだのだ。
これを沢村が知ったら悔しがるだろうな。
最近、調子が上がってホームランを量産している人気スラッガーの顔を思い浮かべる。
「いや、俺らみたい弱小会社からしたらもう英報堂なんて目ぇの仇みたいやったもんな」
「それを言ったら、ジャストエージェンシーの佐々木と言えば、いかなるヘッドハントも蹴りまくって、あの弱小会社から離れないのは謎でしかない、と評判でしたよ」
二人がそれぞれ前の会社にいた頃の話をし始めると止まらなかった。
「それ、ほんまに俺、ものぐさやっただけで、春日さんにとうとう放り出されるまでは、のんびりやっとったのに、今はそれこそ荒波にもまれとる感じや」
佐々木が笑う。
「英報堂でも河崎さんと藤堂さんて、エリート中のエリートだったって、直ちゃん情報ですけど」
良太が言うと、それや、と佐々木が良太を振り返る。
「俺より、うちの営業らが、コンペで二人の名前が挙がると、もう、負けた~ってやる前から尻尾巻いてたわ」
「そんなにすごかったんですねぇ、藤堂さん。そういうとこ、俺、知らないから、いつも美味しいもん持ってきてくれる人だなあとか」
感心して良太は藤堂を見つめた。
「いや、良太ちゃんが正しい。俺は美味しいもん上げるのが好きな、サンタさんでいたいのに、噂なんてもんは勝手に独り歩きして、実際の人物像をゆがめてしまうんだ」
うん、と藤堂は一人頷く。
「でも、極め付きは、あのスキーツアーやったな~」
佐々木が言い出すと、藤堂も「ああ、あれな、俺らとジャストエージェンシーご一行様が出くわしたやつ」と話を引き継いで、「でも実は、あれには裏があったんだ」と言い出すと、良太も佐々木も興味津々で藤堂に話を促し、寝不足は確定した。
翌朝五時半の漁業体験に間に合わなくなると慌てて眠ったのが午前二時、約三時間寝ただけで三人は目覚ましに起こされた。
海岸から見た海とは全く違っていた。
船に乗り込んでどこを向いても海の上で漁師たちが動めく姿は見ているだけですがすがしくさえ思えた。
波しぶきや海や魚や船のにおい、そういったものをじかに感じられただけで、良太は小学生のように始終わくわくしていた。
こうしたまさしく荒ぶる仕事をしている者たちから、佐々木や良太などは『じょうちゃん』『ぼっちゃん』などと呼ばれても、差別だの何だのを超越して笑った。
まあ、案の定、佐々木などは、女の子じゃないの? などと真顔で聞かれてしまっていた。
確かに鈴木さんの言う通り、鬱々とした気分に押しつぶされそうな毎日だったが、能登の仕事は、何だか修学旅行気分で久々楽しい時間だったな、と良太は思い出して微笑んだ。
「うーん、とにかく明日もがんばって、自分の仕事するっきゃないよな!」
そう口にして、良太はオフィスの明かりを消した。
水曜日になるともう夏の気配がすぐそこまできてかなり蒸し暑かった。
夕方、白のステーションワゴンが青山プロダクションの駐車場に停まった。
「やほ! 迎えに来たよ」
良太はオフィスのドアが開いて颯爽と入ってきた、白のTシャツにジーンズ、サングラスの長身の男を見上げてちょっと驚いた。
「まあ、宇都宮さん」
帰り支度をしていた鈴木さんも足を止めてサングラスを取った渋いイケメンを見つめた。
「え、びっくりした、宇都宮さん、俺、自分で行ったのに」
まさか宇都宮自身が迎えに来るとは、良太も思っていなかったのだが。
「まだ仕事中なら待ってるよ」
宇都宮は気さくに言って、ソファに腰を降ろした。
「あ、はい、すみません、あと一枚なんですが……」
良太は慌ててキーボードを叩く。
「どうぞ」
帰りがけていた鈴木さんがすぐにアイスコーヒーを持って宇都宮の前のテーブルに置いた。
「すみません、急におしかけて」
「これからお仕事ですの?」
「いえ、ちょっと良太ちゃんと約束してて」
「まあ、そうですの。ごゆっくり」
鈴木さんが帰っても、まだ良太の仕事は終わらなかった。
その間、宇都宮は呑気そうに、ラックに置いてある雑誌などを見ながら、静かに待っていた。
「お待たせしました」
慌てて良太が立ち上がると、「慌てなくていいからね」と宇都宮は微笑んだ。
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