風そよぐ

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風そよぐ 20

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「ああああああああ」
 小笠原は椅子にもたれこんでうめき声をあげた。
「お前なんか、女の子にメチャもてのイケメン俳優って騒がれてるのになあ。実情は真中に先を越されたか」
 すると小笠原はむくりと顔を上げ、「お前そういう、傷口に塩を塗るみたいに……」と軽く良太を睨む。
「ああ、くっそ! そうだ、俺様は、人気イケメン俳優だかんな! んなもん、すぐに次の彼女見つけてやるわ!」
 良太がグラスにワインを注ぐと、小笠原はまたそれをガブガブと飲み干した。
「あのさ、また上乗せで塩を塗るようだけど、お前、こういう話できる友達、とかいないわけ?」
 良太の言葉に小笠原はウっと眉を顰める。
「いるわけねえだろ。だから、うちのオフィスに来た時も、俺もう人が信じられねくてきたんだってばよ」
「そっか……」
 とその時、良太のポケットで携帯がワルキューレを奏でた。
 心臓がドクンと跳ねたような気がした。
「……はい、お疲れ様です」
 良太はそばには小笠原しかいなかったので、そのまま携帯に出た。
「えと、今、小笠原と一緒で、小笠原は島から戻ってきて、来週から舞台稽古に入る予定です」
「『からくれないに』の方は千雪を連れてったのか?」
 工藤の声が心の奥まで染み入っていくように感じられた。
「はい、何とか。顔合わせの方もつつがなく終わりました。パワスポも」
「そうか、来週の火、水あたり、こっちに来れないか。北山杉、またロケに行くんだが」
 昨日の今日で、珍しく続けて電話をくれたと思えば、唐突な京都行の話に良太は躊躇した。
 今までの良太であれば躊躇どころか、すぐに行くと返事をしただろう。
 無理やりにでもスケジュールを組み直し、万障繰り合わせてすっ飛んで行ったに違いない。
 だが、今はそれができなかった。
 行きたい、という思いと、ダメだという思いが良太の中でせめぎ合い、ややあってから口を開いた。
「すみません、ちょっとそのあたりは難しいかと。レッドデータもあるし……」
「何なら、俺からヤギの方に言っておくが」
「……いや、それだけじゃなくて、『田園』の方で、撮影は火曜日に終わるんですが、竹野のことでちょっとあって……」
 つい、口から出てしまったウソ。
「そうか。まあ、じゃあ、あとは任せる」
 そこでいつものように電話は切れた。
 切れてからも少しばかりぼんやりと良太は携帯を握りしめていた。
「工藤だろ? 何? 俺のこと?」
 小笠原が良太の顔を覗き込む。
「あ、いや、業務連絡。来週、京都に来れないかとかって。いくら何でも無理だよ、レッドデータもあるし、明日から能登へロケだぜ? 魂胆はわかってるんだ、工藤、今度は京都の仕事も俺に丸投げするつもりなんだ。それで、またどっか海外の仕事に飛ぼうとか思ってるに違いないんだ。ったくあのオヤジときたら」
 自分に言い訳するように、良太はあれこれと並べ立てると、グラスにあったワインを一気に飲み干した。
「なんか、お前、きょどってねぇ?」
「は? 何言ってんだよ、忙しいって話だろ?」
 ちょっと鋭い視線を小笠原に向けられ、良太は懸命にごまかした。
「フーン、まあ、お前、ここんとこちょっと働きすぎみてぇじゃん。昨日鈴木さんに聞いたけど。ちょっと京都あたり行ってみりゃいいのによ」
「だから、明日能登行くって言ったろ? 明日は撮影なんだけど、明後日の朝、漁師さんに漁業体験させてもらうことになってんだよ。それに宿は温泉だぜ? プラグインの藤堂さんと佐々木さんとかと一緒だから、結構気が知れてるし、楽しみでさ」
「くっそ、温泉か! 俺も行きてぇ!!!!」
 小笠原の興味はそっちにそれてくれたので、良太は心の中で少しほっとした。
「な、今度、温泉、行こうぜ? どっかで休み合わせろよ」
「さあ、いつになるかわからないけどな」
 小笠原をタクシーでマンションまで送り、良太は会社まで戻ってきたのだが、何となくいろいろもやもやして、すぐに部屋に帰る気になれなかった。
 小雨が降り出していたが、傘を差さなくてはならないほどではない。
「十一時か……」
 足を向けたのは『OLDMAN』だった。
 元々は工藤の行きつけのバーだが、良太には行きつけなんて店はない。
 ただ、バーテンダーのオーナーとは顔見知りで、一人でも入れる店だ。
 飲み過ぎて寝てしまって、工藤を呼ばせたなんて過去があるものの、それから顔を出してもオーナーは何も言わない。
 コニャックの味がわかるほどではないが、濃厚な香りは好きだった。
 温泉ね。
 小笠原が言ったことが舞い戻る。
 工藤も温泉にでも行ってちょっと骨休めすればいいのにな。
 だが今、良太は工藤と一緒にいる自分が想像できなくなっていた。
 心が離れてっちまった相手に追いすがっても、無意味だろ。
 小笠原の言葉が今の自分に妙にしっくりくるのだ。
 それに。
 ふと立ち止まって見回すと、みんなその人の立ち位置で前を見据えて進んでいる。
 小笠原しかり、アスカしかり、沢村も、佐々木さんも、当然千雪さんもだ。
 俺って、何?
 考えてみれば、この業界に入りたくて入ったわけじゃない。
 とりあえず金になる就職口だったからだ。
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