20 / 75
風そよぐ 20
しおりを挟む
「ああああああああ」
小笠原は椅子にもたれこんでうめき声をあげた。
「お前なんか、女の子にメチャもてのイケメン俳優って騒がれてるのになあ。実情は真中に先を越されたか」
すると小笠原はむくりと顔を上げ、「お前そういう、傷口に塩を塗るみたいに……」と軽く良太を睨む。
「ああ、くっそ! そうだ、俺様は、人気イケメン俳優だかんな! んなもん、すぐに次の彼女見つけてやるわ!」
良太がグラスにワインを注ぐと、小笠原はまたそれをガブガブと飲み干した。
「あのさ、また上乗せで塩を塗るようだけど、お前、こういう話できる友達、とかいないわけ?」
良太の言葉に小笠原はウっと眉を顰める。
「いるわけねえだろ。だから、うちのオフィスに来た時も、俺もう人が信じられねくてきたんだってばよ」
「そっか……」
とその時、良太のポケットで携帯がワルキューレを奏でた。
心臓がドクンと跳ねたような気がした。
「……はい、お疲れ様です」
良太はそばには小笠原しかいなかったので、そのまま携帯に出た。
「えと、今、小笠原と一緒で、小笠原は島から戻ってきて、来週から舞台稽古に入る予定です」
「『からくれないに』の方は千雪を連れてったのか?」
工藤の声が心の奥まで染み入っていくように感じられた。
「はい、何とか。顔合わせの方もつつがなく終わりました。パワスポも」
「そうか、来週の火、水あたり、こっちに来れないか。北山杉、またロケに行くんだが」
昨日の今日で、珍しく続けて電話をくれたと思えば、唐突な京都行の話に良太は躊躇した。
今までの良太であれば躊躇どころか、すぐに行くと返事をしただろう。
無理やりにでもスケジュールを組み直し、万障繰り合わせてすっ飛んで行ったに違いない。
だが、今はそれができなかった。
行きたい、という思いと、ダメだという思いが良太の中でせめぎ合い、ややあってから口を開いた。
「すみません、ちょっとそのあたりは難しいかと。レッドデータもあるし……」
「何なら、俺からヤギの方に言っておくが」
「……いや、それだけじゃなくて、『田園』の方で、撮影は火曜日に終わるんですが、竹野のことでちょっとあって……」
つい、口から出てしまったウソ。
「そうか。まあ、じゃあ、あとは任せる」
そこでいつものように電話は切れた。
切れてからも少しばかりぼんやりと良太は携帯を握りしめていた。
「工藤だろ? 何? 俺のこと?」
小笠原が良太の顔を覗き込む。
「あ、いや、業務連絡。来週、京都に来れないかとかって。いくら何でも無理だよ、レッドデータもあるし、明日から能登へロケだぜ? 魂胆はわかってるんだ、工藤、今度は京都の仕事も俺に丸投げするつもりなんだ。それで、またどっか海外の仕事に飛ぼうとか思ってるに違いないんだ。ったくあのオヤジときたら」
自分に言い訳するように、良太はあれこれと並べ立てると、グラスにあったワインを一気に飲み干した。
「なんか、お前、きょどってねぇ?」
「は? 何言ってんだよ、忙しいって話だろ?」
ちょっと鋭い視線を小笠原に向けられ、良太は懸命にごまかした。
「フーン、まあ、お前、ここんとこちょっと働きすぎみてぇじゃん。昨日鈴木さんに聞いたけど。ちょっと京都あたり行ってみりゃいいのによ」
「だから、明日能登行くって言ったろ? 明日は撮影なんだけど、明後日の朝、漁師さんに漁業体験させてもらうことになってんだよ。それに宿は温泉だぜ? プラグインの藤堂さんと佐々木さんとかと一緒だから、結構気が知れてるし、楽しみでさ」
「くっそ、温泉か! 俺も行きてぇ!!!!」
小笠原の興味はそっちにそれてくれたので、良太は心の中で少しほっとした。
「な、今度、温泉、行こうぜ? どっかで休み合わせろよ」
「さあ、いつになるかわからないけどな」
小笠原をタクシーでマンションまで送り、良太は会社まで戻ってきたのだが、何となくいろいろもやもやして、すぐに部屋に帰る気になれなかった。
小雨が降り出していたが、傘を差さなくてはならないほどではない。
「十一時か……」
足を向けたのは『OLDMAN』だった。
元々は工藤の行きつけのバーだが、良太には行きつけなんて店はない。
ただ、バーテンダーのオーナーとは顔見知りで、一人でも入れる店だ。
飲み過ぎて寝てしまって、工藤を呼ばせたなんて過去があるものの、それから顔を出してもオーナーは何も言わない。
コニャックの味がわかるほどではないが、濃厚な香りは好きだった。
温泉ね。
小笠原が言ったことが舞い戻る。
工藤も温泉にでも行ってちょっと骨休めすればいいのにな。
だが今、良太は工藤と一緒にいる自分が想像できなくなっていた。
心が離れてっちまった相手に追いすがっても、無意味だろ。
小笠原の言葉が今の自分に妙にしっくりくるのだ。
それに。
ふと立ち止まって見回すと、みんなその人の立ち位置で前を見据えて進んでいる。
小笠原しかり、アスカしかり、沢村も、佐々木さんも、当然千雪さんもだ。
俺って、何?
考えてみれば、この業界に入りたくて入ったわけじゃない。
とりあえず金になる就職口だったからだ。
小笠原は椅子にもたれこんでうめき声をあげた。
「お前なんか、女の子にメチャもてのイケメン俳優って騒がれてるのになあ。実情は真中に先を越されたか」
すると小笠原はむくりと顔を上げ、「お前そういう、傷口に塩を塗るみたいに……」と軽く良太を睨む。
「ああ、くっそ! そうだ、俺様は、人気イケメン俳優だかんな! んなもん、すぐに次の彼女見つけてやるわ!」
良太がグラスにワインを注ぐと、小笠原はまたそれをガブガブと飲み干した。
「あのさ、また上乗せで塩を塗るようだけど、お前、こういう話できる友達、とかいないわけ?」
良太の言葉に小笠原はウっと眉を顰める。
「いるわけねえだろ。だから、うちのオフィスに来た時も、俺もう人が信じられねくてきたんだってばよ」
「そっか……」
とその時、良太のポケットで携帯がワルキューレを奏でた。
心臓がドクンと跳ねたような気がした。
「……はい、お疲れ様です」
良太はそばには小笠原しかいなかったので、そのまま携帯に出た。
「えと、今、小笠原と一緒で、小笠原は島から戻ってきて、来週から舞台稽古に入る予定です」
「『からくれないに』の方は千雪を連れてったのか?」
工藤の声が心の奥まで染み入っていくように感じられた。
「はい、何とか。顔合わせの方もつつがなく終わりました。パワスポも」
「そうか、来週の火、水あたり、こっちに来れないか。北山杉、またロケに行くんだが」
昨日の今日で、珍しく続けて電話をくれたと思えば、唐突な京都行の話に良太は躊躇した。
今までの良太であれば躊躇どころか、すぐに行くと返事をしただろう。
無理やりにでもスケジュールを組み直し、万障繰り合わせてすっ飛んで行ったに違いない。
だが、今はそれができなかった。
行きたい、という思いと、ダメだという思いが良太の中でせめぎ合い、ややあってから口を開いた。
「すみません、ちょっとそのあたりは難しいかと。レッドデータもあるし……」
「何なら、俺からヤギの方に言っておくが」
「……いや、それだけじゃなくて、『田園』の方で、撮影は火曜日に終わるんですが、竹野のことでちょっとあって……」
つい、口から出てしまったウソ。
「そうか。まあ、じゃあ、あとは任せる」
そこでいつものように電話は切れた。
切れてからも少しばかりぼんやりと良太は携帯を握りしめていた。
「工藤だろ? 何? 俺のこと?」
小笠原が良太の顔を覗き込む。
「あ、いや、業務連絡。来週、京都に来れないかとかって。いくら何でも無理だよ、レッドデータもあるし、明日から能登へロケだぜ? 魂胆はわかってるんだ、工藤、今度は京都の仕事も俺に丸投げするつもりなんだ。それで、またどっか海外の仕事に飛ぼうとか思ってるに違いないんだ。ったくあのオヤジときたら」
自分に言い訳するように、良太はあれこれと並べ立てると、グラスにあったワインを一気に飲み干した。
「なんか、お前、きょどってねぇ?」
「は? 何言ってんだよ、忙しいって話だろ?」
ちょっと鋭い視線を小笠原に向けられ、良太は懸命にごまかした。
「フーン、まあ、お前、ここんとこちょっと働きすぎみてぇじゃん。昨日鈴木さんに聞いたけど。ちょっと京都あたり行ってみりゃいいのによ」
「だから、明日能登行くって言ったろ? 明日は撮影なんだけど、明後日の朝、漁師さんに漁業体験させてもらうことになってんだよ。それに宿は温泉だぜ? プラグインの藤堂さんと佐々木さんとかと一緒だから、結構気が知れてるし、楽しみでさ」
「くっそ、温泉か! 俺も行きてぇ!!!!」
小笠原の興味はそっちにそれてくれたので、良太は心の中で少しほっとした。
「な、今度、温泉、行こうぜ? どっかで休み合わせろよ」
「さあ、いつになるかわからないけどな」
小笠原をタクシーでマンションまで送り、良太は会社まで戻ってきたのだが、何となくいろいろもやもやして、すぐに部屋に帰る気になれなかった。
小雨が降り出していたが、傘を差さなくてはならないほどではない。
「十一時か……」
足を向けたのは『OLDMAN』だった。
元々は工藤の行きつけのバーだが、良太には行きつけなんて店はない。
ただ、バーテンダーのオーナーとは顔見知りで、一人でも入れる店だ。
飲み過ぎて寝てしまって、工藤を呼ばせたなんて過去があるものの、それから顔を出してもオーナーは何も言わない。
コニャックの味がわかるほどではないが、濃厚な香りは好きだった。
温泉ね。
小笠原が言ったことが舞い戻る。
工藤も温泉にでも行ってちょっと骨休めすればいいのにな。
だが今、良太は工藤と一緒にいる自分が想像できなくなっていた。
心が離れてっちまった相手に追いすがっても、無意味だろ。
小笠原の言葉が今の自分に妙にしっくりくるのだ。
それに。
ふと立ち止まって見回すと、みんなその人の立ち位置で前を見据えて進んでいる。
小笠原しかり、アスカしかり、沢村も、佐々木さんも、当然千雪さんもだ。
俺って、何?
考えてみれば、この業界に入りたくて入ったわけじゃない。
とりあえず金になる就職口だったからだ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】終わりとはじまりの間
ビーバー父さん
BL
ノンフィクションとは言えない、フィクションです。
プロローグ的なお話として完結しました。
一生のパートナーと思っていた亮介に、子供がいると分かって別れることになった桂。
別れる理由も奇想天外なことながら、その行動も考えもおかしい亮介に心身ともに疲れるころ、
桂のクライアントである若狭に、亮介がおかしいということを同意してもらえたところから、始まりそうな関係に戸惑う桂。
この先があるのか、それとも……。
こんな思考回路と関係の奴らが実在するんですよ。
バレンタインバトル
chatetlune
BL
工藤×良太、限りなく傲慢なキスの後エピソードです。
万年人手不足で少ない社員で東奔西走している青山プロダクションだが、2月になれば今年もバレンタインデーなるものがやってくる。相変わらず世の中のアニバサリーなどには我関せずの工藤だが、所属俳優宛の多量なプレゼントだけでなく、業界で鬼と言われようが何故か工藤宛のプレゼントも毎年届いている。仕分けをするのは所属俳優のマネージャーや鈴木さんとオフィスにいる時は良太も手伝うのだが、工藤宛のものをどうするか本人に聞いたところ、以前、工藤の部屋のクローゼットに押し込んであったプレゼントの中に腐るものがあったらしく、中を見て適当にみんなで分けろという。しかし義理ならまだしも、関わりのあった女性たちからのプレゼントを勝手に開けるのは良太も少し気が引けるのだが。それにアニバサリーに無頓着なはずの工藤が、クリスマスに勝手に良太の部屋の模様替えをしてくれたりしたお返しに良太も何か工藤に渡してみたい衝動に駆られていた。
この愛のすべて
高嗣水清太
BL
「妊娠しています」
そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。
俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。
※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。
両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
逢いたい
chatetlune
BL
工藤×良太、いつかそんな夜が明けても、の後エピソードです。
厳寒の二月の小樽へ撮影に同行してきていた良太に、工藤から急遽札幌に来るという連絡を受ける。撮影が思いのほか早く終わり、時間が空いたため、準主役の青山プロダクション所属俳優志村とマネージャー小杉が温泉へ行く算段をしている横で、良太は札幌に行こうかどうしようか迷っていた。猫の面倒を見てくれている鈴木さんに土産を買った良太は、意を決して札幌に行こうとJRに乗った。
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺(紗子)
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる