風そよぐ

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風そよぐ 16

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「あ、わかりました。ヤギさんには俺から言いますから、接待だって」
「そう、接待だよ。良太ちゃん。そういうのも仕事のうちだからねぇ」
 良太の言葉尻を取って、宇都宮が楽し気にそう言って、水曜日の夜、宇都宮宅での鍋、が決まってしまった。
 ま、いっか。
 接待、だもんな。
 ヤギさんのOKが出ればだけど。
 良太が仕事で手一杯なのはよく知っているから、滅多なことがない限りダメとはいわないだろう。
 ただ、編集制作の仕事は良太にとっても興味のある仕事なのだ。
 明日は、午後イチから『からくれないに』の打ち合わせ、五時から『パワスポ』の会議、夜は、小笠原と飲みに行く約束をしてしまった。
 明後日は朝から、能登へのロケに藤堂や佐々木と同行することになっている。
 一泊だが、スタッフともども温泉旅館を手配したので、これは良太も楽しみではある。
 帰ってきてからも良太にはオフといって丸一日休める日がここずっとない状態だ。
 だが、余計なことを考えずにすむだけ、よかったような気もしていた。




 翌日、『からくれないに』の打ち合わせには、良太はそういう場所に出るのを嫌う千雪を何とか説得して、迎えに行った。
「わざわざ迎えなんかいらんかったのに」
「とかなんとか、迎えに行かなかったら、千雪さんバックレてたでしょう」
 途端、ナビシートの千雪はむすっとした顔をする。
「何か、良太、工藤さんに似てきたんちゃう?」
「やめてくださいよ、あんなクソオヤジと一緒にするの」
 今日の千雪はよれよれのジャージとスエットではなく、一応地味ではあるがブランド物のスーツを着ている。
 必要以上に髪を掻きまわしたのはご愛敬だ。
「けど、俺なんか顔出しても、誰も歓迎せえへんちゃう?」
「そんなことはわかりません」
「わ、臭いのん、来た、とかって、女優さん、逃げはったりするで? きっと」
「しません、仕事ですから」
「名刺出しても、受け取り拒否ったりとか」
「しません、仕事ですから」
 千雪がああだこうだと逃げの理由を並べ立てるのに、良太は毅然ときっぱり否定する。
「なんか、良太、業界人間みたいや!」
「はい、業界人間です」
 そんなやり取りをするうち、車はMBCテレビに到着し、駐車場へと入っていく。
「ここまできたからには、もう観念してください」
 まだぐずっている千雪をナビシートから連れ出して、良太はエレベーターに乗せた。
「高雄って………」
 エレベーターが上がり始めた時、ふっと良太は言った。
「高雄?」
「俺まだ行ったことないんですが、よく、北山杉なんかドラマとか映画に出てきますよね。なんか、風情があるっていうか」
「せやな。俺も好きやで。心が落ち着くいうか………、まあ、観光客がいない時やったらな」
「ああ、そうですよね、観光客、多いですもんね」
「何、行ってみたいん? ほな、一緒に行こか? これから」
 良太ははあ、とため息をついた。
「はい、もう、着きました」
 良太は千雪の腕を取ったまま会議室に向かう。
「原作者の小林千雪先生です」
 会議室には局のプロデューサー、ディレクター、脚本家、そして主演の大澤流をはじめとする俳優陣がずらりと顔を見せていた。
 ロケから慌てて舞い戻り、すました顔で座っていたアスカも、ちょっと驚いた顔で、千雪と良太を見た。
 老弁護士御園生を主人公とするシリーズの映画を最初に青山プロダクションが世に出してから既に三作が映画化されており、爆発的とはいわなくてもそこそこの興行成績を残しているが、そのヒットに乗じてこれまでもテレビ局数社で並行してドラマ化されている。
 MBCでは御園生を映画より少し若目の設定で熟年俳優の端田武、手足となって動く若手弁護士海棠を大澤流がこれまでも演じている。
 同じシリーズを他局では映画と同様青山プロダクション所属俳優、志村嘉人主演で放映しており、流と嘉人は人気や演技でよく比較されているが、志村の方は極力原作に忠実に、大澤の方はどちらかというとアットホームさでより身近な雰囲気で人気があり、双方ともそれぞれ数字を残していた。
 千雪は会議の間、何か聞かれても、はい、そうですね、くらいで、あとは少しうつむき加減で静かにしていた。
 知らない人間は黒縁眼鏡や少し癖のある髪を掻きまわしたそんなところばかりに目が行って騙されてしまうのだが、千雪は眼鏡の奥でしっかり人間観察なんかをしていたりするのだ。
 以前、一度映画の会合に千雪が出てきた時、ぼんやり隅の方にいて何も聞いていなかったような顔をしていたが、後でスポンサー陣に対する千雪の鋭い指摘に、良太は千雪に絶対侮ってはいけない底知れないモノをあらためて感じた。
 打ち合わせが終わるとアスカやひとみは良太にちょっと声をかけてそそくさと帰ったが、千雪を送っていこうとした良太を大澤流が呼び止めた。
「良太、ちょっと」
「何ですか?」
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