15 / 75
風そよぐ 15
しおりを挟む
「いや、工藤はここ数日、京都。映画の撮影」
良太はわずかな動揺を隠しつつ言った。
「ああ、あれ、『大いなる旅人』だっけ? あれ面白そうじゃん。俺、あれに出てみたいな~今度。工藤に言っといてよ」
「自分で言えよ」
じゃあ、明日な~と手を振る小笠原に苦笑して、良太はオフィスを出た。
下柳のところに行く前に、ここ数日覗いていなかった『田園』の撮影スタジオに向かうつもりだった。
来週はまたロケの予定になっている。
「お、良太ちゃん、久しぶり!」
スタジオを訪れると、休憩中の宇都宮がにっこり笑った。
「久しぶりってほどでも……いかがですか? 撮影の方」
「いや、順調、順調」
二人の会話を聞きつけて「良太ちゃん!」と駆け寄ってきたのは山内ひとみだ。
「何か、このドラマ、あんまり笑うシーンないから、肩凝るのよね~」
「はあ、そうなんですか? あ、向こうに『スヴェーリエ』のパン置いてあります。美味しいんですよ」
『スヴェーリエ』はプラグイン藤堂からの情報で、すんごく美味しい、らしい。
藤堂はパティシェリーや最近人気のレストランなど、色々な店の美味しいもの情報をもっているのでほんとにありがたいのだが、お陰でしっかり良太も携帯でチェックしている。
「あ、知ってる! 美味しいって聞いたけどまだ食べたことないのよね」
ひとみは早速、パンを調達に行った。
「よく知ってるね、さすが、良太ちゃん」
宇都宮は必要以上に持ち上げてくれる。
「いや、ほら、プラグインの藤堂さん、知ってますよね? あの方の情報網って半端なくって。うちのオフィスに寄る時も必ず美味しいスイーツとか持ってきてくれるんです」
「ああ、藤堂さんか。彼って、女の子にもヤローにも人当たりいいよねぇ。ほら、河崎さんって、ちょっとおっかなそうじゃない?」
宇都宮の指摘に良太は笑いながら頷いた。
「そうそう、まあ、でも仕事に関しては二人とも絶対手、緩めないっつうか」
「元英報堂のエリートでしょ? 確か河崎さんって、すっごい大企業の代表の息子とかだって、前に女の子たちが噂してたよ」
「あ、そう、そうみたいです。藤堂さんもいいとこのお坊ちゃまみたいですけど、あの二人って、まるで今日仕事しないと、明日はご飯が食べられなくなる、って感じで仕事してるんですよ」
ハハハと宇都宮は「確かに、基本だよねぇ、それって」と言ってまた笑う。
「なーに? 何の話? トシちゃん、サンドイッチでいい? はい、良太ちゃんも」
ひとみがいくつかのパンを抱えて戻ってきた。
「いや、ご飯を食べるには仕事しなきゃって、話」
宇都宮はパンを袋から取り出して早速パクっと齧る。
「あ、お茶、持ってきます。何がいいですか?」
「俺、コーヒー、ブラックで」
「あたしも」
良太はスタジオの外へ出ると、自動販売機でブラックコーヒーを三つ買った。
「ご飯を食べるには仕事か。ほんと、基本だよな~」
独り言ちて、スタジオに戻ろうとした時、ポケットで携帯が鳴った。
「うわ、どうしよ」
カップを三つ持っているから電話にも出られないし、ドアも開けられないと思い当たって、良太はカップを階段の手すりに置いて携帯を取り出そうとしたが切れてしまった。
「え、工藤、いっけね……」
このところほとんど電話も入らない工藤からの貴重な電話なのに、と良太は慌ててコールバックする。
「あ、すみません、今『田園』のスタジオで……」
「撮影は順調か?」
「はい。何も、問題ないです。ヤギさんの方も何とか進んでます」
「明日、『からくれないに』顔合わせだったな」
「あ、はい。午後イチで。工藤さん、顔出すんですか?」
「いや、明日は高雄の方へロケだ。千雪にも顔出せって言っておけ」
「あ、わかりました」
そこでブチッと携帯は切れた。
いつものように、そっけない業務連絡である。
工藤の声を聞けるだけでうれしかったはずなのに。
そこで、工藤が『からくれないに』の打ち合わせに顔を出さないと言ったことに、何かしらほっとしているわけのわからない自分の感情を、良太は持て余した。
「すみません、電話、入っちゃって」
宇都宮とひとみにコーヒーを渡し、良太がまた自分の分を取りに行って戻ってくるなり、「ねえ、ロケの前にオフなんだけど、鍋やらない?」とひとみが言った。
「え、ああ、鍋、ですか」
夏になる前に鍋をやろうと、先日も宇都宮とひとみが盛り上がっていた。
外は今日も雨で、六月に入ってからからっと晴れた日がまだない。
「来週、火曜日ここの撮影終わったら、水曜、俺もひとみちゃんもオフなんだけど、水曜の夜とか、良太ちゃん、どうよ?」
またしても無駄に艶やかなバリトンで宇都宮が誘う。
「どういうメンバーなんです?」
「俺とひとみちゃんと良太ちゃんと須永くんの四人」
にっこりと宇都宮がのたまった。
「水曜ですか。下柳さんのスタジオが何時までかはその時になってみないとわからないんですけど」
「なんだ、ヤギちゃんなら、一晩くらいほっぽっといても大丈夫よ。何ならあたしから言ったげる。たまには良太ちゃん、息抜きさせなさいって」
ひとみが携帯まで取り出したので、良太はそれを慌ててとめた。
良太はわずかな動揺を隠しつつ言った。
「ああ、あれ、『大いなる旅人』だっけ? あれ面白そうじゃん。俺、あれに出てみたいな~今度。工藤に言っといてよ」
「自分で言えよ」
じゃあ、明日な~と手を振る小笠原に苦笑して、良太はオフィスを出た。
下柳のところに行く前に、ここ数日覗いていなかった『田園』の撮影スタジオに向かうつもりだった。
来週はまたロケの予定になっている。
「お、良太ちゃん、久しぶり!」
スタジオを訪れると、休憩中の宇都宮がにっこり笑った。
「久しぶりってほどでも……いかがですか? 撮影の方」
「いや、順調、順調」
二人の会話を聞きつけて「良太ちゃん!」と駆け寄ってきたのは山内ひとみだ。
「何か、このドラマ、あんまり笑うシーンないから、肩凝るのよね~」
「はあ、そうなんですか? あ、向こうに『スヴェーリエ』のパン置いてあります。美味しいんですよ」
『スヴェーリエ』はプラグイン藤堂からの情報で、すんごく美味しい、らしい。
藤堂はパティシェリーや最近人気のレストランなど、色々な店の美味しいもの情報をもっているのでほんとにありがたいのだが、お陰でしっかり良太も携帯でチェックしている。
「あ、知ってる! 美味しいって聞いたけどまだ食べたことないのよね」
ひとみは早速、パンを調達に行った。
「よく知ってるね、さすが、良太ちゃん」
宇都宮は必要以上に持ち上げてくれる。
「いや、ほら、プラグインの藤堂さん、知ってますよね? あの方の情報網って半端なくって。うちのオフィスに寄る時も必ず美味しいスイーツとか持ってきてくれるんです」
「ああ、藤堂さんか。彼って、女の子にもヤローにも人当たりいいよねぇ。ほら、河崎さんって、ちょっとおっかなそうじゃない?」
宇都宮の指摘に良太は笑いながら頷いた。
「そうそう、まあ、でも仕事に関しては二人とも絶対手、緩めないっつうか」
「元英報堂のエリートでしょ? 確か河崎さんって、すっごい大企業の代表の息子とかだって、前に女の子たちが噂してたよ」
「あ、そう、そうみたいです。藤堂さんもいいとこのお坊ちゃまみたいですけど、あの二人って、まるで今日仕事しないと、明日はご飯が食べられなくなる、って感じで仕事してるんですよ」
ハハハと宇都宮は「確かに、基本だよねぇ、それって」と言ってまた笑う。
「なーに? 何の話? トシちゃん、サンドイッチでいい? はい、良太ちゃんも」
ひとみがいくつかのパンを抱えて戻ってきた。
「いや、ご飯を食べるには仕事しなきゃって、話」
宇都宮はパンを袋から取り出して早速パクっと齧る。
「あ、お茶、持ってきます。何がいいですか?」
「俺、コーヒー、ブラックで」
「あたしも」
良太はスタジオの外へ出ると、自動販売機でブラックコーヒーを三つ買った。
「ご飯を食べるには仕事か。ほんと、基本だよな~」
独り言ちて、スタジオに戻ろうとした時、ポケットで携帯が鳴った。
「うわ、どうしよ」
カップを三つ持っているから電話にも出られないし、ドアも開けられないと思い当たって、良太はカップを階段の手すりに置いて携帯を取り出そうとしたが切れてしまった。
「え、工藤、いっけね……」
このところほとんど電話も入らない工藤からの貴重な電話なのに、と良太は慌ててコールバックする。
「あ、すみません、今『田園』のスタジオで……」
「撮影は順調か?」
「はい。何も、問題ないです。ヤギさんの方も何とか進んでます」
「明日、『からくれないに』顔合わせだったな」
「あ、はい。午後イチで。工藤さん、顔出すんですか?」
「いや、明日は高雄の方へロケだ。千雪にも顔出せって言っておけ」
「あ、わかりました」
そこでブチッと携帯は切れた。
いつものように、そっけない業務連絡である。
工藤の声を聞けるだけでうれしかったはずなのに。
そこで、工藤が『からくれないに』の打ち合わせに顔を出さないと言ったことに、何かしらほっとしているわけのわからない自分の感情を、良太は持て余した。
「すみません、電話、入っちゃって」
宇都宮とひとみにコーヒーを渡し、良太がまた自分の分を取りに行って戻ってくるなり、「ねえ、ロケの前にオフなんだけど、鍋やらない?」とひとみが言った。
「え、ああ、鍋、ですか」
夏になる前に鍋をやろうと、先日も宇都宮とひとみが盛り上がっていた。
外は今日も雨で、六月に入ってからからっと晴れた日がまだない。
「来週、火曜日ここの撮影終わったら、水曜、俺もひとみちゃんもオフなんだけど、水曜の夜とか、良太ちゃん、どうよ?」
またしても無駄に艶やかなバリトンで宇都宮が誘う。
「どういうメンバーなんです?」
「俺とひとみちゃんと良太ちゃんと須永くんの四人」
にっこりと宇都宮がのたまった。
「水曜ですか。下柳さんのスタジオが何時までかはその時になってみないとわからないんですけど」
「なんだ、ヤギちゃんなら、一晩くらいほっぽっといても大丈夫よ。何ならあたしから言ったげる。たまには良太ちゃん、息抜きさせなさいって」
ひとみが携帯まで取り出したので、良太はそれを慌ててとめた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる