風そよぐ

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風そよぐ 14

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 どれだけ忙しくたって、会いたければ会うだけの話だ。
 もし、好きだったら会いたいに決まってる。
「良太ちゃん、どうかした?」
 うっかり、工藤の去ったドアをしばらく見つめていた良太は、鈴木さんの声に我に返った。
 そうだよな、俺は、仕事に来てるんだし。
「良太ちゃん、お昼買ってくるけど、どうする?」
「あ、いいですか? お願いして」
「じゃあ、またマルネコさん、行ってくるわね」
「俺、今日のお任せで」
「了解!」
 ここ数日、外ばかりだったので、鈴木さんと昼を食べるのも久しぶりだ。
 鈴木さんも良太のことを心配してくれているのはよくわかっていた。
 そうだ、俺は仕事にきてるんだ。
 良太はもう一度自分に言い聞かせた。
 工藤が誰と付き合おうと、本谷とどうなろうと、俺には関係ないことだ。
 風がそよぎ始めた。
 夕方から雨だと、車の中で天気予報を聞いたのを良太は思い出した。
 曇天の空が、良太の心の中にも広がっていった。



 下柳との仕事は時々停滞した。
 過ぎる程の下柳のこだわりのせいで、スタッフとぶつかることは二度や三度ではなく、その際、間に入るのが今や良太の仕事のようになっていた。
 制作そのものより、そういったスタッフ同士のもめごとの方が疲れが倍増した。
 レッドデータの番組全編にわたってスポンサーである東洋商事のCMが使われるが、番組と連動した「鼓動―生きていること」がテーマとなっている。
 番組で撮影された動物たちの映像も取り入れ、外で暮らす猫たちから下町での生活や日本海での漁業風景のロケが予定されている。
 ナレーションはベテラン俳優の尾野久司に依頼されている。
「石川県の氷見市? まあ、お魚の美味しいところよね」
「ええ、いわしとかあじとか、漁業風景のロケなんです。俺は一泊だけですけど、同行することになってて」
 良太がオフィスで鈴木さんとまったりお茶をするのも久しぶりのことだった。
「おう! 良太、何か、久しぶり!」
 賑やかにオフィスのドアを開けたのは、小笠原祐二だった。
 その後ろから、カートを抱えたマネージャーの真中が続いて入ってくる。
「お疲れ様。どうでした? 南の島のロケ」
 鈴木さんが二人に珈琲とクッキーを持ってきて、テーブルに置いた。
 小笠原は来年封切られる予定の映画のロケで、一か月ほど島根県の隠岐の島に滞在していた。
「よかったよ! 撮影も最高によくて、監督優しいし。はあ、でも疲れたあ!」
 ソファにドカッと腰を降ろした小笠原は、無精髭も逞しく肌もいい色に焼けている。
「今日から数日オフだろ? ゆっくり休めばいいじゃん。真中も」
 真中はマネージャーというより、小笠原の付き人のように連れまわされているから、良太はソファの端に遠慮して座る、疲労の色が如実な真中をねぎらった。
「小笠原のお世話で苦労しただろ」
「ちぇ、俺が極悪非道なやつみたいに!」
 良太の言葉に反応して、小笠原が抗議する。
「それよかさ、良太、今夜、飲みいかね?」
 小笠原は身を乗り出して良太を誘う。
「今夜? はまたヤギさんと編集だし」
「ちょっとくらい抜け出せるだろ? パーッとやって、ブロークンハートをふっとばしてぇの!」
 小笠原はチラリとニュースショーでも取り上げられ、ネットでも拡散していたが、以前ドラマで出会った、主題歌を歌うミュージシャン岩永美矢乃と付き合っていたはずだ。
「何だよ、ブロークンって」
「別れたんだよ。ってか自然消滅? ってか、向こうに別に好きなやつできたみてぇで、俺はお払い箱ってことだな、俺が南の島行ってるうちに」
 珍しく神妙な顔で、小笠原は言った。
「本人に確かめたのかよ?」
「うーん、まあ、確かめるまでもないってか、美矢乃が『SUNS』のボーカルの赤石健人とここんとこしょっちゅう飲み歩いてるって、知り合いが教えてくれて」
 何だか、そういう話は今の良太にはぐんと胸にこたえるものだった。
「ああ、そっか。まあ、今夜はちょっと無理だけど、明日とかなら」
「よし、決まり!」
 小笠原が突き出した拳にグータッチして、ライン入れるという小笠原のブロークンでも元気な顔を見て、良太はふう、とため息をついた。
「何だよ、良太もお疲れ?」
「みてわかるだろ、このクマ」
 そうだ。
 明日は、『からくれないに』の顔合わせあるんだった。
 『田園』での撮影は終了したが、今度は『からくれないに』でもまた本谷と顔を合わせるのだ。
 こんなことなら、本谷とかキャスティングするんじゃなかった。
 といいたいところだが、客観的に見れば、本谷はベターな人選なのだ。
 っと、ああもう、やめやめ!
 本谷のこと考えるのナシ!
 良太は邪念を振り払い、デスクのノートの電源を落とした。
「これからお出かけ? 工藤と?」
 何の気なしな小笠原の言葉に、また良太の中で反応するものがある。
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