風そよぐ

chatetlune

文字の大きさ
上 下
13 / 75

風そよぐ 13

しおりを挟む
「ハハ、ナースとかアスカさん無理でしょ。もう雰囲気が女王様だし」
 また良太が歯に衣着せずド直球で笑う。
「ちょとお、良太、最近、ド直球が過ぎない? 前は相手のこと考えて発言してたよね?」
「相手のことを考えて、発言してますよ」
 へらっと返す良太に、「まったく、ド直球ってよりナマイキが過ぎない?」とばかり、アスカはツンとすまして紅茶を飲んだ。
「ここんとこ、さすがに疲れてるんだろう。今更アスカさん相手に考える余裕なんかないんだな」
 タブレットから顔を上げた秋山が苦笑していた。
 確かに、このオフィスでくらい、ああだこうだと考えたくないというくらい、良太は肉体的にも精神的にもかなりきていた。
 梅雨の前のうっとおしい多湿な季節を迎え、気を引き締めていないと風邪を拾ったりしかねない。
 栄養ドリンクもビタミン剤も胃腸薬も常備薬と化している。
 『田園』では、確かにちょい役くらいに思っていたのが、やたらシーンが増え、科白ももちろん増えているわけで、自分だけではない、アスカもおそらく疲れているに違いない。
 オフィスでくらい、文句の一つや二つ言ったって一向にかまわないのだ。
「携帯忘れたくらい、しょうがないって。そういうのフォローするのが俺の仕事なんだしさ」
 良太はブツブツと独り言ちながら、アクセルを踏んだ。
 スタジオに近づいて、駐車場の方へ左折しようとしたその時だった。
 駐車場から入れ違えに出てきたベンツに気が付いた。
 見覚えのある車に運転席を見ると、やはり工藤だった。
 しかも、ナビシートにはなんと本谷が乗っていたのを良太は見逃さなかった。
「え? 何? 何で………?」
 良太はアスカに携帯を届けてすぐに下柳のところへ向かったのだが、気もそぞろで下柳の話を聞き返したり、最後まで注意力散漫で下柳にはどうかしたのかと心配された。
「良太ちゃん、ちょっと今日はもう帰った方がいいな。疲れがたまってるんだろう」
 挙句には言葉はやわらかいが、それじゃ仕事にならないとダメ出しされた。
 部屋に戻り、猫たちにご飯をやって、風呂に湯を張って身体を沈めると、ようやく良太は自分が少し戻ってきたように感じた。
「何で………」
 本谷が工藤の車に乗っていたんだろう。
 おそらくちょうど工藤の行く方へ本谷も用があったのだ。
 きっとそうに違いない。
 本谷のマネージャーは、そろそろベテランの域に入ったうるさ型の女優も担当しているため、もちろん本谷のバックアップに手を抜いているわけではないだろうが、新人とはいえ本谷が社会人から入ったしっかり者だとみていて、都内であれば送り迎えは滅多にせず、本人に任せているらしい。
 タクシーなど使わずに電車や地下鉄で動くことも多いようで、良太も地下鉄の階段を降りていく本谷を見かけたこともある。
 だから工藤も電車で帰るらしい本谷に声をかけたんだろう。
 普通なら、それも十分ありな理由だ。
 ただ。
 工藤に限っては、そんな親切なオジサンだったことなんかこれっぽっちもなかった。
 唯一、千雪を除いては。
 でも、本谷は千雪ではない。
「しかも、車は別々で、ってこのタイミングで?」
 一人で考えてたってらちが明かない。
 だったら、工藤に直接聞けばいいじゃん。
 アスカの言う、ド直球で。
 けれど。
「俺というものがありながら! とか、いうような間柄でもなんか約束をしてるわけでもないしな」
 そもそも、あの告白大会を盗み聞きなんかしたからなのだ。
 でなければ変に気を回すこともなかったわけで。
 けどな。
「仮に俺はあんたの何なんだよ! って聞いたって、答えはわかってるし、部下、だ」
 風呂から上がって缶ビールを手に、一人でそんなことを口にする良太を、二匹の猫は不思議そうに見た。
「もし、なんであの時、本谷、車に乗せてたんだよ? って聞いたとする」
 良太は、そこで大きくため息をつく。
「お前には関係ないことだ、…………とか」
 工藤なら言いそうだ。
「それ、言われたら、今回は、立ち直れるかどうかわからねぇ、俺」
 良太はビールを飲み干して、バタリ、と絨毯の上に倒れ込む。
「寝よ」




 翌日の午前中、良太はオフィスでデスクワークに没頭した。
 仕事くらいきっちりやらないと、どこからか良太という存在自身が崩れていきそうな気配がした。
 キータッチばかりが響き、黙々とノートパソコンに向かう良太に、鈴木さんも必要最低限しか声をかけてこなかった。
 それから数日、工藤と良太はオフィスに戻ってきてもすれ違いが続いた。
 ある日の午後、出かけようとしている工藤とばったり出会った良太は、久しぶりに、実際は三日しかたっていなかったのだが、工藤の顔を見てひどく嬉しかった。
「レッドデータ、進んでいるか?」
「はい、制作の方はヤギさんの力の入れように周りが息を切らしてますけど。CMの方は来週、撮影に入ります」
「そうか、そっちに気を取られて『パワスポ』も手を抜くなよ」
 いつものごとくそっけなく言うと、工藤はたったかオフィスを出て行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逢いたい

chatetlune
BL
工藤×良太、いつかそんな夜が明けても、の後エピソードです。 厳寒の二月の小樽へ撮影に同行してきていた良太に、工藤から急遽札幌に来るという連絡を受ける。撮影が思いのほか早く終わり、時間が空いたため、準主役の青山プロダクション所属俳優志村とマネージャー小杉が温泉へ行く算段をしている横で、良太は札幌に行こうかどうしようか迷っていた。猫の面倒を見てくれている鈴木さんに土産を買った良太は、意を決して札幌に行こうとJRに乗った。

バレンタインバトル

chatetlune
BL
工藤×良太、限りなく傲慢なキスの後エピソードです。 万年人手不足で少ない社員で東奔西走している青山プロダクションだが、2月になれば今年もバレンタインデーなるものがやってくる。相変わらず世の中のアニバサリーなどには我関せずの工藤だが、所属俳優宛の多量なプレゼントだけでなく、業界で鬼と言われようが何故か工藤宛のプレゼントも毎年届いている。仕分けをするのは所属俳優のマネージャーや鈴木さんとオフィスにいる時は良太も手伝うのだが、工藤宛のものをどうするか本人に聞いたところ、以前、工藤の部屋のクローゼットに押し込んであったプレゼントの中に腐るものがあったらしく、中を見て適当にみんなで分けろという。しかし義理ならまだしも、関わりのあった女性たちからのプレゼントを勝手に開けるのは良太も少し気が引けるのだが。それにアニバサリーに無頓着なはずの工藤が、クリスマスに勝手に良太の部屋の模様替えをしてくれたりしたお返しに良太も何か工藤に渡してみたい衝動に駆られていた。

【側妻になった男の僕。】【何故か正妻になった男の僕。】アナザーストーリー

selen
BL
【側妻になった男の僕。】【何故か正妻になった男の僕。】のアナザーストーリーです。 幸せなルイスとウィル、エリカちゃん。(⌒▽⌒)その他大勢の生活なんかが覗けますよ(⌒▽⌒)(⌒▽⌒)

花びらながれ

chatetlune
BL
工藤×良太 夢のつづきの後エピソードです。やらなくてはならないことが山積みな良太のところに、脚本家の坂口から電話が入り、ドラマのキャスティングで問題があったと言ってきた。結局良太がその穴埋めをすることになった。しかもそんな良太に悪友の沢村から相談事が舞い込んだり。そろそろお花見かななんて思っていたのに何だって俺のとこばっかに面倒ごとが集まるんだ、良太はひとり文句を並べ立てるのだが。

夢のつづき

chatetlune
BL
工藤×良太 月の光が静かにそそぐ の後エピソードです。 ただでさえ仕事中毒のように国内国外飛び回っている工藤が、ここのところ一段と忙しない。その上、山野辺がまた妙に工藤に絡むのだが、どうも様子が普通ではないし、工藤もこそこそ誰かに会っている。不穏な空気を感じて良太は心配が絶えないのだが………

(…二度と浮気なんてさせない)

らぷた
BL
「もういい、浮気してやる!!」 愛されてる自信がない受けと、秘密を抱えた攻めのお話。 美形クール攻め×天然受け。 隙間時間にどうぞ!

薬師は語る、その・・・

香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。 目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、 そして多くの民の怒号。 最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・ 私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

処理中です...