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風そよぐ 9
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しかもよりによって、夕べは車を店の近くの駐車場に置いたままだったのをエレベーターで降りてから思い出し、仕方なくタクシーを飛ばしたのだ。
万が一もし、遅れたりした日には、アスカのいじりは倍になってただろう。
「夕べは坂口さん、いい調子過ぎたからな。宇都宮さんやひとみさんなんかみんなウワバミだろう。竹野や本谷、マネージャーもついてなかったから、工藤さん、適当なところでタクシーに乗せてやれって、俺に。何だかんだで、ちゃんと周りを見てるよ、あの人」
アスカが撮影に入ると、秋山がボソリとそんなことを言った。
へえ、まあ、それが仕事だもんな、工藤の。
でも、今朝は朝早い便で京都行ったはずだし。
ほんとは夕べも早いとこ帰りたかったんじゃないのか、工藤。
疲れ、ピークって感じだし。
だが、その時、秋山が言った、本谷、の名前に、良太の中で反応したものがあった。
そうだよ、何か、夕べ、工藤、やけに本谷に優しくしてやっててさ。
意識がなくなるくらい酔っぱらったのは、それが面白くなくてついいい気になって強い酒をガブガブやってしまったからだ。
徐々に、霧が晴れるように、昨日のことが脳裏に舞い戻ってくる。
あの時は、勘違いしているだの言ってたけど、案外、工藤のやつ本谷にほだされてたりして。
とか、思っちゃったんだよな。
ま、俺の杞憂だ、杞憂。
そら、ま、俺がいるからなんて、保証はどこにもないけど、あんな疲労困憊じゃ、そんな余裕はないって。
うん。
『からくれないに』の若いリーマン役は、結局本谷に決まった。
事務所にダメモトで良太が打診したところ、マネージャーは二つ返事でゴーサインを出した。
そうするとほぼキャストは出そろったので、近々打ち合わせをスケジュールに組み込まなくてはならない。
最近、全国お悩み相談室と化していた良太だが、ここのところ、良太自身が忙しいこともあってか、面倒ごとは持ち込まれてはいない。
『田園』の撮影の方も、懸念していた割には面倒ごとも起きないでいる。
このまま、なーんにもなく、滞りなく撮影が終わってほしいものだが、四季を通じての大型ドラマとあって、放映が始まってからも撮影は続き、冬のシーンは十二月の初旬にスケジュールが組まれていてその撮影が終わったところでクランクアップとなる予定だ。
アスカのドラマ撮影のあと、レッドデータの制作現場に行き、結局部屋に戻ったのは夜の十時だった。
それでも午前様にならないだけマシだろう。
今日こそはゆっくり風呂につかって、猫たちの相手をしてやろう。
猫たちにご飯をやってから風呂に入り、冷蔵庫から缶ビールを取り出してゴクゴクと飲み、ほっと一息ついて、ようやく良太は少しだけ浮上した気になった。
「『からくれないに』も京都が舞台だっけ」
原作は何度か読み込んだのだが、京都という響きにはそれだけで底知れぬ妖しさを感じてしまう。
京都はそのまま小林千雪につながる。
良太はまだ千雪という人の中に知らない何かがあるように思うのだ。
ビールを飲み干した時、携帯が鳴った。
「何だよ。今日の四のイチってらしくないじゃん」
相手は沢村だった。
関西タイガースの四番を撃つ人気スラッガーだが、リトルリーグの頃から良太のライバル、腐れ縁、悪友でもある。
今日はホームゲームで、親戚に別荘を借りてホームの拠点にしているとかで神戸にいるはずだ。
「また、何か厄介ごととかじゃないだろうな」
せっかくお悩み相談室閉鎖状態なのに。
「るせぇな、ほんの、たまーに、んなこともあるんだよ!」
別に厄介ごとがあるわけでもなさそうだが、要は、恋人の佐々木が忙しくて会えない状態が続いているのだろう、そういう時、佐々木に電話できないものだから、箸休めみたいに良太のところに電話をしてくるのだ。
「そういや、またプラグインと仕事やるんだって?」
どうやら佐々木に聞きだしたのだろう。
レッドデータのスポンサーである東洋商事のCFで、やはりプラグインは佐々木に依頼したのだが、そろそろ撮影に入る予定となっている。
「そうそう。佐々木さんも、俺も! 今忙しいの」
「わぁかってる。なんか、去年またタイトル取ってからファンからレターとかモノとかわんさか球団の方に届いてるらしくて、どうしようって俺に言ってくるから、レター以外はそっちで何とかしてくれっての」
「らしくてって、お前な……」
溜息も出ようというものだ。
いつぞやMTBのテレビ局で最近バラエティ担当になったプロデューサーと会った時、何とか沢村に番組に出てもらう方法はないかと良太は泣きつかれた。
良太が関わっている『パワスポ』だけは出てくれるのだが、それが良太と沢村が子供の頃からのライバルで、なんてことが最近他局の制作陣にまで知られているのだ。
だが、残念ながら特別何かない限り、沢村がそういう番組に出るとは思えない。
オフシーズンなら、球団主催のイベントなどには無理にでも顔を出さざるを得ないようだが。
これで今度制作予定のアディノのCMが流れ始めた日には、スポーツ以外のニュースショーなどでもまた騒がれること必須だ。
一方、スポーツ番組の方では、評論家の大先生たちに、沢村は人気に胡坐をかいているから打率が落ちるのだなどと早速こき下ろされていた。
万が一もし、遅れたりした日には、アスカのいじりは倍になってただろう。
「夕べは坂口さん、いい調子過ぎたからな。宇都宮さんやひとみさんなんかみんなウワバミだろう。竹野や本谷、マネージャーもついてなかったから、工藤さん、適当なところでタクシーに乗せてやれって、俺に。何だかんだで、ちゃんと周りを見てるよ、あの人」
アスカが撮影に入ると、秋山がボソリとそんなことを言った。
へえ、まあ、それが仕事だもんな、工藤の。
でも、今朝は朝早い便で京都行ったはずだし。
ほんとは夕べも早いとこ帰りたかったんじゃないのか、工藤。
疲れ、ピークって感じだし。
だが、その時、秋山が言った、本谷、の名前に、良太の中で反応したものがあった。
そうだよ、何か、夕べ、工藤、やけに本谷に優しくしてやっててさ。
意識がなくなるくらい酔っぱらったのは、それが面白くなくてついいい気になって強い酒をガブガブやってしまったからだ。
徐々に、霧が晴れるように、昨日のことが脳裏に舞い戻ってくる。
あの時は、勘違いしているだの言ってたけど、案外、工藤のやつ本谷にほだされてたりして。
とか、思っちゃったんだよな。
ま、俺の杞憂だ、杞憂。
そら、ま、俺がいるからなんて、保証はどこにもないけど、あんな疲労困憊じゃ、そんな余裕はないって。
うん。
『からくれないに』の若いリーマン役は、結局本谷に決まった。
事務所にダメモトで良太が打診したところ、マネージャーは二つ返事でゴーサインを出した。
そうするとほぼキャストは出そろったので、近々打ち合わせをスケジュールに組み込まなくてはならない。
最近、全国お悩み相談室と化していた良太だが、ここのところ、良太自身が忙しいこともあってか、面倒ごとは持ち込まれてはいない。
『田園』の撮影の方も、懸念していた割には面倒ごとも起きないでいる。
このまま、なーんにもなく、滞りなく撮影が終わってほしいものだが、四季を通じての大型ドラマとあって、放映が始まってからも撮影は続き、冬のシーンは十二月の初旬にスケジュールが組まれていてその撮影が終わったところでクランクアップとなる予定だ。
アスカのドラマ撮影のあと、レッドデータの制作現場に行き、結局部屋に戻ったのは夜の十時だった。
それでも午前様にならないだけマシだろう。
今日こそはゆっくり風呂につかって、猫たちの相手をしてやろう。
猫たちにご飯をやってから風呂に入り、冷蔵庫から缶ビールを取り出してゴクゴクと飲み、ほっと一息ついて、ようやく良太は少しだけ浮上した気になった。
「『からくれないに』も京都が舞台だっけ」
原作は何度か読み込んだのだが、京都という響きにはそれだけで底知れぬ妖しさを感じてしまう。
京都はそのまま小林千雪につながる。
良太はまだ千雪という人の中に知らない何かがあるように思うのだ。
ビールを飲み干した時、携帯が鳴った。
「何だよ。今日の四のイチってらしくないじゃん」
相手は沢村だった。
関西タイガースの四番を撃つ人気スラッガーだが、リトルリーグの頃から良太のライバル、腐れ縁、悪友でもある。
今日はホームゲームで、親戚に別荘を借りてホームの拠点にしているとかで神戸にいるはずだ。
「また、何か厄介ごととかじゃないだろうな」
せっかくお悩み相談室閉鎖状態なのに。
「るせぇな、ほんの、たまーに、んなこともあるんだよ!」
別に厄介ごとがあるわけでもなさそうだが、要は、恋人の佐々木が忙しくて会えない状態が続いているのだろう、そういう時、佐々木に電話できないものだから、箸休めみたいに良太のところに電話をしてくるのだ。
「そういや、またプラグインと仕事やるんだって?」
どうやら佐々木に聞きだしたのだろう。
レッドデータのスポンサーである東洋商事のCFで、やはりプラグインは佐々木に依頼したのだが、そろそろ撮影に入る予定となっている。
「そうそう。佐々木さんも、俺も! 今忙しいの」
「わぁかってる。なんか、去年またタイトル取ってからファンからレターとかモノとかわんさか球団の方に届いてるらしくて、どうしようって俺に言ってくるから、レター以外はそっちで何とかしてくれっての」
「らしくてって、お前な……」
溜息も出ようというものだ。
いつぞやMTBのテレビ局で最近バラエティ担当になったプロデューサーと会った時、何とか沢村に番組に出てもらう方法はないかと良太は泣きつかれた。
良太が関わっている『パワスポ』だけは出てくれるのだが、それが良太と沢村が子供の頃からのライバルで、なんてことが最近他局の制作陣にまで知られているのだ。
だが、残念ながら特別何かない限り、沢村がそういう番組に出るとは思えない。
オフシーズンなら、球団主催のイベントなどには無理にでも顔を出さざるを得ないようだが。
これで今度制作予定のアディノのCMが流れ始めた日には、スポーツ以外のニュースショーなどでもまた騒がれること必須だ。
一方、スポーツ番組の方では、評論家の大先生たちに、沢村は人気に胡坐をかいているから打率が落ちるのだなどと早速こき下ろされていた。
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