夏霞

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夏霞 14

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 佐々木がグラスを持つと勝手にグラスを合わせて、沢村は酒をゴクゴクと飲んだ。
「これ美味いな、こないだ広島で買ってきたやつ」
「せやな、辛口やけどのみやすい」
 それまで何となく会話もなかった二人だが、沢村が酒蔵を訪ねた話を始めた。
 歩いていたら道に迷い、二、三人の小学生が遊んでいたので道を聞いたら、駐車場まで連れて行ってくれたことなどを話しながら、沢村はパクパクと鮨をつまむ。
「それがさ、駐車場についてから、今時携帯マップでわかるだろ、とか使い方わからねんじゃないかとか、生意気なこと言いやがってあのガキども」
「子供にいわれっぱなしやな」
 佐々木はようやく笑う。
「しかもあのクソガキ、おっちゃん、よく見るとタイガースの沢村に似てるな、とか言いやがって」
「おっちゃん!」
 佐々木は吹き出した。
「沢村も子供にはかたなしや」
「それもさ、別のガキが、夕べ広島戦でホームラン打ったやつ、とか言ったら、いっちゃん生意気なガキが、塩崎に比べたら、沢村なんかチョーへたっぴーだとか何とか、思わずこのクソガキがって口にしそうになったぞ」
 また思い出して憤慨している沢村を見て、佐々木はハハハと笑った。
「地元愛いうやつには負けるわな」
 そのナマイキな子供が、佐々木の胸の中にあった黒々とした嫉妬に蓋をした。
 滑らかな味わいの酒は、また少しだけ佐々木の気持ちを浮上させる。
 今はこないして沢村と一緒にいられるんやからええか、なんて。
「よかった、俺、また何かやって、佐々木さん怒らせたかと思ってた。勝手にここにつれてきたり」
「何やそれ……、俺、いつも怒っとるみたいやろ」
 何やこいつ、それで俺の機嫌を窺うみたいな顔してたんかいな。
 天下の関西タイガース四番沢村が情けない。
「せや、さっき、良太ちゃんが言うたやろ? お前らしさが欲しいて」
「ああ」
「盲点やった、俺としたことが。ようお前のこと知っとるな、て。お陰で視点変えたカットも撮れたし。俺がやらずに誰がやる的なやつ?」
「良太のやろ、勝手なこと言いやがって」
 沢村はむすっとした顔で、冷酒を空のグラスに注ぐ。
「ええやん、ダイレクトに言うてくれるとか、有難いわ。いや、良太ちゃんと仕事してるとさすが、工藤さんの秘蔵っ子や思うことがままあるんや」
 すると沢村は佐々木をじっと見つめた。
「クソ、良太はちゃんと佐々木さんに認められてるってことかよ。負けてらんねぇ」
 佐々木は笑った。
「ええライバルやんか」
 確かに、良太とはそれこそ敵対心丸出しでやり合ってきた。
 だがそれは沢村にとってそれだけの相手だと認めざるを得ないものがあったからだ。
 一浪したものの、学費が安いところしかダメだと言われて良太がT大に入った時も、やるな、と思ったし、家の負債のために工藤にいいようにこき使われていると思ったこともあったが、実際、しっかり仕事を任されているのだと、京都のロケで逢った時、再認識したのだ。
「まあ……そうかな」
 沢村の言葉に佐々木は微笑んだが、ただ少しだけジェラシーもないこともなかった。
 それだけ沢村にとって大切な友達だということだ。
 しかも、佐々木に会う前に沢村が好きだったのは良太なのだ。
 どういう経緯でどうなったとか、詳細を聞いてはいないが、良太が好きなのは工藤だったから、諦めたのだ。
 でなければどうだったのだろう、少なくとも佐々木とこんな関係になることはなかっただろう。
「酔いつぶれる前に、汗流したい」
 またもや気持ちが下降しそうになってそれを振り払い、佐々木は立ち上がった。
「ああ、風呂、上」
 沢村についてらせん階段を上がっていく。
「風呂もいい眺めだから、ゆっくり入って」
 バスルームのドアを開けた佐々木は、思わず、わあ、と声を上げた。
 ここもガラス張りの眺望を独り占めできる造りになっていて、今はきらきらと街の灯りに囲まれている。
「すごいな」
「あ、そうだ、ちょっと待って」
 沢村はシンクの上の棚を開くと、小ぶりなシックなデザインのペーパーバッグを取り出し、中から取り出した箱を包んでいたフィルムを破り、箱を開けた。
 中にはいくつかのボトルが並んでいる。
「バスオイル、アロマでオリエンタルな香りが和むって」
 明らかに女性向けではないのかというシロモノに、佐々木は戸惑った。
 やはり、沢村にはこっちに夜の相手がいるということか。
「従姉がさ、ヨーロッパ土産にくれて、恋人にでも使わせればとかって。いくら何でも俺じゃガラじゃないだろ」
 佐々木の妄想をスパッと分断して、沢村が軽く説明した。
「いやまあ、アロマやったらお前でもクールダウンするときとかええんちゃう?」
 佐々木は小さなボトルの一つを取り上げた。
「ほな、これ、使こてみるわ」
「どうぞ」
 沢村はシンクの横に箱を置いて袋やフィルムをくず入れに捨てた。
 それから別の扉を開けてバスタオルやバスローブを取り出した。
「風呂の中で寝ないように」
「努力するけど、寄る年波には勝てんからな」
 くすりと笑う佐々木に、沢村は眉をよせる。
 わざとそんな言い方をする佐々木に、沢村は少し悲しくなる。
 たった六年じゃないかよ、第一、あの人、俺よか若い感じだろうが。
 俺だって、小学生のガキからすれば、おっちゃんなんだし。
 時折、佐々木が沢村との付き合いで気にしているこもごものことを丸めてゴミ箱に捨ててしまいたくなるのだが。
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