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そんなお前が好きだった 67
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「そうそれ。お前にも迷惑かけたけど、きっちり収まったから」
井原が言うと響がパシと井原の頭をはたく。
「ってぇ、ウソ言ってないっすよ」
どうやら引っ越しの日のお膳立てに元気も絡んでいたらしいとは響も気づいたので、照れ隠しもあってつい手が出てしまう。
「そうそう、荒川先生も、どうも生徒たちのお陰で毒気が抜かれたって感じで、今は真面目に授業やってるみたいだし」
井原が言った。
「うちの高校の生徒を侮らない方がいいって、よくわかったんだろ?」
元気が付け加えた。
「じゃ、ま、ごちそうさん。明日、待ってるから、店終わったら来いよ」
井原が立ち上がると響も椅子を降りる。
「わかった」
まあ、とっくにくっついていてもおかしくない二人だったのだが、十年の歳月は二人の結びつきを強固にするために必要な時間だったのかもしれない。
元気は微笑んで二人を送り出した。
翌日土曜の夜は、井原の引っ越しの打ち上げと新居のリビングに飾る絵のお披露目会となった。
メンツは井原と響、元気と東の四人である。
この夜は井原が引っ越しの手伝いをしてくれた仲間への慰労を込めて振舞った鰻のかば焼き弁当をメインにつまみやサラダを並べ、持ち寄った酒やワインで盛り上がった。
最初に東が絵から布袋を取り外すと、三人から拍手喝采が沸き起こる。
「ベネチアだ」
響が言った。
「うん、いいよ、これ、いいぞ、東」
井原が唸るように声を出した。
「なかなかじゃん、東」
元気も腕組みをして見つめたその絵は、ベネチアを描いた五十号だ。
「まあ、久々、力が入った」
東が呟いた。
「でも、これ、ほんとに五十でいいのか?」
「いいさ。仲間価格。ってか、そんな額に値するかとか、考えちまうし」
東は大抵こんな調子なので、実入りが少ないのだと常々元気に叱咤されている。
「何か、このリビングじゃもったいないくらいだな」
響が言うと、「響さん~、それはないっしょ」と井原が情けない声を上げる。
「じゃ、まあ、今度は東の展示会アンドミニライブ、決めようぜ」
「おい、井原、また、勝手に」
元気の睨みもなんのそので、「その前に、江藤先生と秀喜のマリッジパーティ、具体的に計画に入らないと」と井原は一人頷く。
「今度、秀喜と先生に店に来てもらって、そこんとこ詰めないとな」
ジャックダニエルズをコクコクとみんなのグラスに注ぎながら、元気が言った。
井原は朝早く響を伴って、車で二時間ほどの都市部にあるインテリアショップで、カーテンやラグ、タオルやシーツ類と食器やカトラリー、グラス、鍋類、それにオーブンレンジなどを購入した。
わざわざそんなところまで出向かなくても市内で十分揃えられるだろうという響の意見に、このショップがいいと押し通したのは、ただ、井原が響と一緒に少しでも長くドライブしたいというだけの理由だとは、響は知る由もない。
そのうち、翌日から二泊三日で能登の温泉に行くのだと酒で口が軽くなっている井原が嬉々として自慢した。
「おい、井原!」
響は眉を顰めて井原の口を塞ぎたかったが、「いいじゃないですか、俺、日本の温泉、もうひっさびさで」と井原はとにかく誰かに幸せ自慢をしたいらしい。
「露天風呂付!」
「ちぇ、どいつもこいつも幸せになりやがれってんだ、くしょ!」
元気の隣ではグラスを呷る東が自棄酒になっている。
「でもにゃー助、どうするんです?」
気になって元気が響に尋ねた。
「寛斗がシッターに寄ってくれるって」
「そうそう、あいつ、ついに響さんのこと諦めたみたいで」
響が言うと、調子に乗った井原がぺらぺらと喋る。
「諦めたとかって、あいつは別に……」
「響さん、だからすぐつけこまれるんですよ、あいつは響さんを狙ってた!」
酒の勢いで井原の態度が大きくなっている。
「まあ、それは俺も思ってたけど、荒川先生の事件で寛斗も憑き物が落ちたんじゃないか? きっと」
元気が言った。
「それがさ、ここだけの話、瀬戸川が」
響も酒の力でつい口にする。
「ついに寛斗に告ったらしいんだ」
「え? ほんとに? 瀬戸川、寛斗のこと好きだったの?」
井原がまじまじと響を見た。
「それで?」
元気と東が同時に尋ねた。
「寛斗も意外だったみたいだけど、めでたくつきあうことになったらしい」
「めでたくっつっても、寛斗と瀬戸川じゃ、成績も大学も一緒はムリだろ?」
井原はつい、自分と響とのことを重ねて気になった。
「大学は違っても、東京の大学だから、まあ、いんじゃないか? 寛斗のやつ、勉強頑張るとかえらく張り切り出して」
「そりゃ、確かにメデタイ!」
元気が断言した。
「くっそおおおお、生徒にも先越されるなんて!」
その横でまた東が酒を呷る。
「お前さ、ちょっと高望みし過ぎじゃないか? ATのセンセは国に帰っちまったし、事務の高木さんは寿退職しちまったし、美人でスタイルよくって、頭も切れそうみたいな人ばっかだもんな? お前が好きになるの」
元気が今までの東の失恋を暴露する。
「うっさい! モテ男のお前に俺の何がわかる!」
畑の中の一軒家では、しばらく東の雄たけびが続いていた。
井原が言うと響がパシと井原の頭をはたく。
「ってぇ、ウソ言ってないっすよ」
どうやら引っ越しの日のお膳立てに元気も絡んでいたらしいとは響も気づいたので、照れ隠しもあってつい手が出てしまう。
「そうそう、荒川先生も、どうも生徒たちのお陰で毒気が抜かれたって感じで、今は真面目に授業やってるみたいだし」
井原が言った。
「うちの高校の生徒を侮らない方がいいって、よくわかったんだろ?」
元気が付け加えた。
「じゃ、ま、ごちそうさん。明日、待ってるから、店終わったら来いよ」
井原が立ち上がると響も椅子を降りる。
「わかった」
まあ、とっくにくっついていてもおかしくない二人だったのだが、十年の歳月は二人の結びつきを強固にするために必要な時間だったのかもしれない。
元気は微笑んで二人を送り出した。
翌日土曜の夜は、井原の引っ越しの打ち上げと新居のリビングに飾る絵のお披露目会となった。
メンツは井原と響、元気と東の四人である。
この夜は井原が引っ越しの手伝いをしてくれた仲間への慰労を込めて振舞った鰻のかば焼き弁当をメインにつまみやサラダを並べ、持ち寄った酒やワインで盛り上がった。
最初に東が絵から布袋を取り外すと、三人から拍手喝采が沸き起こる。
「ベネチアだ」
響が言った。
「うん、いいよ、これ、いいぞ、東」
井原が唸るように声を出した。
「なかなかじゃん、東」
元気も腕組みをして見つめたその絵は、ベネチアを描いた五十号だ。
「まあ、久々、力が入った」
東が呟いた。
「でも、これ、ほんとに五十でいいのか?」
「いいさ。仲間価格。ってか、そんな額に値するかとか、考えちまうし」
東は大抵こんな調子なので、実入りが少ないのだと常々元気に叱咤されている。
「何か、このリビングじゃもったいないくらいだな」
響が言うと、「響さん~、それはないっしょ」と井原が情けない声を上げる。
「じゃ、まあ、今度は東の展示会アンドミニライブ、決めようぜ」
「おい、井原、また、勝手に」
元気の睨みもなんのそので、「その前に、江藤先生と秀喜のマリッジパーティ、具体的に計画に入らないと」と井原は一人頷く。
「今度、秀喜と先生に店に来てもらって、そこんとこ詰めないとな」
ジャックダニエルズをコクコクとみんなのグラスに注ぎながら、元気が言った。
井原は朝早く響を伴って、車で二時間ほどの都市部にあるインテリアショップで、カーテンやラグ、タオルやシーツ類と食器やカトラリー、グラス、鍋類、それにオーブンレンジなどを購入した。
わざわざそんなところまで出向かなくても市内で十分揃えられるだろうという響の意見に、このショップがいいと押し通したのは、ただ、井原が響と一緒に少しでも長くドライブしたいというだけの理由だとは、響は知る由もない。
そのうち、翌日から二泊三日で能登の温泉に行くのだと酒で口が軽くなっている井原が嬉々として自慢した。
「おい、井原!」
響は眉を顰めて井原の口を塞ぎたかったが、「いいじゃないですか、俺、日本の温泉、もうひっさびさで」と井原はとにかく誰かに幸せ自慢をしたいらしい。
「露天風呂付!」
「ちぇ、どいつもこいつも幸せになりやがれってんだ、くしょ!」
元気の隣ではグラスを呷る東が自棄酒になっている。
「でもにゃー助、どうするんです?」
気になって元気が響に尋ねた。
「寛斗がシッターに寄ってくれるって」
「そうそう、あいつ、ついに響さんのこと諦めたみたいで」
響が言うと、調子に乗った井原がぺらぺらと喋る。
「諦めたとかって、あいつは別に……」
「響さん、だからすぐつけこまれるんですよ、あいつは響さんを狙ってた!」
酒の勢いで井原の態度が大きくなっている。
「まあ、それは俺も思ってたけど、荒川先生の事件で寛斗も憑き物が落ちたんじゃないか? きっと」
元気が言った。
「それがさ、ここだけの話、瀬戸川が」
響も酒の力でつい口にする。
「ついに寛斗に告ったらしいんだ」
「え? ほんとに? 瀬戸川、寛斗のこと好きだったの?」
井原がまじまじと響を見た。
「それで?」
元気と東が同時に尋ねた。
「寛斗も意外だったみたいだけど、めでたくつきあうことになったらしい」
「めでたくっつっても、寛斗と瀬戸川じゃ、成績も大学も一緒はムリだろ?」
井原はつい、自分と響とのことを重ねて気になった。
「大学は違っても、東京の大学だから、まあ、いんじゃないか? 寛斗のやつ、勉強頑張るとかえらく張り切り出して」
「そりゃ、確かにメデタイ!」
元気が断言した。
「くっそおおおお、生徒にも先越されるなんて!」
その横でまた東が酒を呷る。
「お前さ、ちょっと高望みし過ぎじゃないか? ATのセンセは国に帰っちまったし、事務の高木さんは寿退職しちまったし、美人でスタイルよくって、頭も切れそうみたいな人ばっかだもんな? お前が好きになるの」
元気が今までの東の失恋を暴露する。
「うっさい! モテ男のお前に俺の何がわかる!」
畑の中の一軒家では、しばらく東の雄たけびが続いていた。
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