そんなお前が好きだった

chatetlune

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そんなお前が好きだった 60

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「それは、その……、やっぱ後進の指導とか、大事でしょう? 響さんだって、音楽部やピアノで次世代のアーティストを育てるってことも考えてるでしょう?」
 かなり苦しい言い訳を井原はでっちあげた。
 元気が、そんな井原を見て、フンと鼻で笑う。
 井原はまた元気を見て、何だよ、と口の動きだけで反論する。
「まあ、それはないとは言えないが………すごいな、井原は。俺なんかその日暮らしみたいなもんだしな」
 何だかやはり自分だけ浮いているような気がして、響はちょっと肩を落とす。
「何言ってるんですか、響さんが頼りなんですよ、音楽部の連中には。もっと強気で行かないと」
 井原はぐっと拳を握って見せる。
「アーティストとかミュージシャンって、やっぱ俺らにはわからない繊細さってありますよね? でも、日本でもリサイタルとかやったらいいじゃないですか」
 それまで黙ってバクバク食べるのに専念していた豪が口を挟んだ。
「リサイタルっつってもな。やっぱそれなりにバックアップしてくれるような誰かがいないと無理だろ」
「響さん、ロンティボー以来あまり目立ったコンクールとか出てないから日本では知る人ぞ知るになっちゃってるけど、ヨーロッパでは各国で演奏会やってたんでしょ? 知り合いにクラシック関係者とかいますから、いくらでも話つけますよ?」
 豪の発言に、「お前、勝手なこと言ってんなよ」とちょっと頭に血が上った井原が突っ込みを入れる。
「いや、とりあえずは目の前のことからやっていくよ。高校のコンクール」
 響は言った。
「そうですよね。あ、俺、車出しますよ。今日のお礼にってかお詫びに」
 わが意を得たりとばかりに井原が提案した。
「お詫びを言うのは俺だろ? みんなに迷惑かけたし」
「何言ってんです、そもそもは引っ越しの手伝いのためにやってくれたことなんで、これは俺の責任問題です。だいたい、あのゲリラ豪雨じゃ不可抗力って言ったじゃないですか」
 訥々と井原は念を押すように響に言った。
「あれは誰が行っても同じ。むしろ響さん、災難だったわけだし」
 元気も頷いた。
「コンクール、車どうする予定だったんです?」
 元気は続けて響に尋ねた。
「去年はミニバン借りてみんな乗って行けたらしいけど、今年は部員だけで九人。一年もみんな行きたがってるし、だから、小型バスでもチャーターするしかないかと思ってるんだけど」
「じゃあ、ミニバン借りて、俺が車出しますよ。んで、ミニバンは東、展覧会でも見て来いよ」
 井原にいきなり振られて、「何で俺が音楽部だよ」と東が文句を言う。
「俺だって天文部だけど、音楽部に協力してんだから、いいじゃんよ」
 こいつは、響のためなら他の誰が犠牲になろうとかまわんというやつだな。
 元気はまた井原にあきれ顔を向ける。
「いやいや、東にそんなこと頼めないだろう」
 響は慌てて否定する。
「いや、別に、まあ、いいけど。ついでに画材とか仕入れてくれば」
 井原ならバツだが、東も響のためならそのくらいはやってもいいという気にさせられる。
 バスルームの方からピーピーと洗濯と乾燥の終わりを告げる音が聞こえた。
「お、乾いたんじゃね? 洗濯もん」
 元気が気づいて言った。
 立ち上がった井原が両手にホカホカの洗濯物を抱えて戻ってきた。
「みんな、自分の取れよ」
 豪が井原の抱えている洗濯物の中からまず自分のシャツとパンツを抜いた。
 次に東が抜くと、井原は響のシャツとパンツを差し出した。
「あ、ありがとう」
「ま、別に今のまんま着てってそのうちに返してくれればいいから」
 井原の言葉に、みんなも着替えるのも面倒らしく、おう、と返事をする。
 そうこうしているうちに最後の鮨を東がぱくりとやったところで、トレーが空になった。
 さすがに五人の男たちにかかると、大きな鮨のトレーが二つとサンドイッチのトレーもあっという間になくなった。
「おう、足りないやつ、ポテチとかならまだあるぞ」
「そういえば、今日、店は?」
 シャツを適当にたたみながら、響は思いついて元気に尋ねた。
「臨時休業。まあそういうとこ、自分でやってると融通はきくからな。響さんと違って、誰かが来るとかって決まってるわけじゃないし」
 元気はにっこり笑う。
「今日土曜日だから、本来は開けたいところだけど、悪友の頼みじゃな」
「恩着せがましンだよ、元気」
 聞きつけた井原が言い返す。
 それをまたフンと鼻でせせら笑い、元気がテーブルを片付け始めたので、響も手伝ってゴミ袋にまとめて入れた。
「片付けたら早々に帰るぞ」
 空いた缶を別の袋にいれている豪に、元気は歩み寄ると、こそっと耳打ちした。
「え、あ、ああ」
 豪が鈍い返事をした。
 元気はトイレから戻ってきた東にも同じように耳打ちする。
 段ボールから辛うじて残っていたタオルを一枚持って来て、井原は雑巾代わりにぬらすとテーブルを拭いていた。
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