60 / 67
そんなお前が好きだった 60
しおりを挟む
「それは、その……、やっぱ後進の指導とか、大事でしょう? 響さんだって、音楽部やピアノで次世代のアーティストを育てるってことも考えてるでしょう?」
かなり苦しい言い訳を井原はでっちあげた。
元気が、そんな井原を見て、フンと鼻で笑う。
井原はまた元気を見て、何だよ、と口の動きだけで反論する。
「まあ、それはないとは言えないが………すごいな、井原は。俺なんかその日暮らしみたいなもんだしな」
何だかやはり自分だけ浮いているような気がして、響はちょっと肩を落とす。
「何言ってるんですか、響さんが頼りなんですよ、音楽部の連中には。もっと強気で行かないと」
井原はぐっと拳を握って見せる。
「アーティストとかミュージシャンって、やっぱ俺らにはわからない繊細さってありますよね? でも、日本でもリサイタルとかやったらいいじゃないですか」
それまで黙ってバクバク食べるのに専念していた豪が口を挟んだ。
「リサイタルっつってもな。やっぱそれなりにバックアップしてくれるような誰かがいないと無理だろ」
「響さん、ロンティボー以来あまり目立ったコンクールとか出てないから日本では知る人ぞ知るになっちゃってるけど、ヨーロッパでは各国で演奏会やってたんでしょ? 知り合いにクラシック関係者とかいますから、いくらでも話つけますよ?」
豪の発言に、「お前、勝手なこと言ってんなよ」とちょっと頭に血が上った井原が突っ込みを入れる。
「いや、とりあえずは目の前のことからやっていくよ。高校のコンクール」
響は言った。
「そうですよね。あ、俺、車出しますよ。今日のお礼にってかお詫びに」
わが意を得たりとばかりに井原が提案した。
「お詫びを言うのは俺だろ? みんなに迷惑かけたし」
「何言ってんです、そもそもは引っ越しの手伝いのためにやってくれたことなんで、これは俺の責任問題です。だいたい、あのゲリラ豪雨じゃ不可抗力って言ったじゃないですか」
訥々と井原は念を押すように響に言った。
「あれは誰が行っても同じ。むしろ響さん、災難だったわけだし」
元気も頷いた。
「コンクール、車どうする予定だったんです?」
元気は続けて響に尋ねた。
「去年はミニバン借りてみんな乗って行けたらしいけど、今年は部員だけで九人。一年もみんな行きたがってるし、だから、小型バスでもチャーターするしかないかと思ってるんだけど」
「じゃあ、ミニバン借りて、俺が車出しますよ。んで、ミニバンは東、展覧会でも見て来いよ」
井原にいきなり振られて、「何で俺が音楽部だよ」と東が文句を言う。
「俺だって天文部だけど、音楽部に協力してんだから、いいじゃんよ」
こいつは、響のためなら他の誰が犠牲になろうとかまわんというやつだな。
元気はまた井原にあきれ顔を向ける。
「いやいや、東にそんなこと頼めないだろう」
響は慌てて否定する。
「いや、別に、まあ、いいけど。ついでに画材とか仕入れてくれば」
井原ならバツだが、東も響のためならそのくらいはやってもいいという気にさせられる。
バスルームの方からピーピーと洗濯と乾燥の終わりを告げる音が聞こえた。
「お、乾いたんじゃね? 洗濯もん」
元気が気づいて言った。
立ち上がった井原が両手にホカホカの洗濯物を抱えて戻ってきた。
「みんな、自分の取れよ」
豪が井原の抱えている洗濯物の中からまず自分のシャツとパンツを抜いた。
次に東が抜くと、井原は響のシャツとパンツを差し出した。
「あ、ありがとう」
「ま、別に今のまんま着てってそのうちに返してくれればいいから」
井原の言葉に、みんなも着替えるのも面倒らしく、おう、と返事をする。
そうこうしているうちに最後の鮨を東がぱくりとやったところで、トレーが空になった。
さすがに五人の男たちにかかると、大きな鮨のトレーが二つとサンドイッチのトレーもあっという間になくなった。
「おう、足りないやつ、ポテチとかならまだあるぞ」
「そういえば、今日、店は?」
シャツを適当にたたみながら、響は思いついて元気に尋ねた。
「臨時休業。まあそういうとこ、自分でやってると融通はきくからな。響さんと違って、誰かが来るとかって決まってるわけじゃないし」
元気はにっこり笑う。
「今日土曜日だから、本来は開けたいところだけど、悪友の頼みじゃな」
「恩着せがましンだよ、元気」
聞きつけた井原が言い返す。
それをまたフンと鼻でせせら笑い、元気がテーブルを片付け始めたので、響も手伝ってゴミ袋にまとめて入れた。
「片付けたら早々に帰るぞ」
空いた缶を別の袋にいれている豪に、元気は歩み寄ると、こそっと耳打ちした。
「え、あ、ああ」
豪が鈍い返事をした。
元気はトイレから戻ってきた東にも同じように耳打ちする。
段ボールから辛うじて残っていたタオルを一枚持って来て、井原は雑巾代わりにぬらすとテーブルを拭いていた。
かなり苦しい言い訳を井原はでっちあげた。
元気が、そんな井原を見て、フンと鼻で笑う。
井原はまた元気を見て、何だよ、と口の動きだけで反論する。
「まあ、それはないとは言えないが………すごいな、井原は。俺なんかその日暮らしみたいなもんだしな」
何だかやはり自分だけ浮いているような気がして、響はちょっと肩を落とす。
「何言ってるんですか、響さんが頼りなんですよ、音楽部の連中には。もっと強気で行かないと」
井原はぐっと拳を握って見せる。
「アーティストとかミュージシャンって、やっぱ俺らにはわからない繊細さってありますよね? でも、日本でもリサイタルとかやったらいいじゃないですか」
それまで黙ってバクバク食べるのに専念していた豪が口を挟んだ。
「リサイタルっつってもな。やっぱそれなりにバックアップしてくれるような誰かがいないと無理だろ」
「響さん、ロンティボー以来あまり目立ったコンクールとか出てないから日本では知る人ぞ知るになっちゃってるけど、ヨーロッパでは各国で演奏会やってたんでしょ? 知り合いにクラシック関係者とかいますから、いくらでも話つけますよ?」
豪の発言に、「お前、勝手なこと言ってんなよ」とちょっと頭に血が上った井原が突っ込みを入れる。
「いや、とりあえずは目の前のことからやっていくよ。高校のコンクール」
響は言った。
「そうですよね。あ、俺、車出しますよ。今日のお礼にってかお詫びに」
わが意を得たりとばかりに井原が提案した。
「お詫びを言うのは俺だろ? みんなに迷惑かけたし」
「何言ってんです、そもそもは引っ越しの手伝いのためにやってくれたことなんで、これは俺の責任問題です。だいたい、あのゲリラ豪雨じゃ不可抗力って言ったじゃないですか」
訥々と井原は念を押すように響に言った。
「あれは誰が行っても同じ。むしろ響さん、災難だったわけだし」
元気も頷いた。
「コンクール、車どうする予定だったんです?」
元気は続けて響に尋ねた。
「去年はミニバン借りてみんな乗って行けたらしいけど、今年は部員だけで九人。一年もみんな行きたがってるし、だから、小型バスでもチャーターするしかないかと思ってるんだけど」
「じゃあ、ミニバン借りて、俺が車出しますよ。んで、ミニバンは東、展覧会でも見て来いよ」
井原にいきなり振られて、「何で俺が音楽部だよ」と東が文句を言う。
「俺だって天文部だけど、音楽部に協力してんだから、いいじゃんよ」
こいつは、響のためなら他の誰が犠牲になろうとかまわんというやつだな。
元気はまた井原にあきれ顔を向ける。
「いやいや、東にそんなこと頼めないだろう」
響は慌てて否定する。
「いや、別に、まあ、いいけど。ついでに画材とか仕入れてくれば」
井原ならバツだが、東も響のためならそのくらいはやってもいいという気にさせられる。
バスルームの方からピーピーと洗濯と乾燥の終わりを告げる音が聞こえた。
「お、乾いたんじゃね? 洗濯もん」
元気が気づいて言った。
立ち上がった井原が両手にホカホカの洗濯物を抱えて戻ってきた。
「みんな、自分の取れよ」
豪が井原の抱えている洗濯物の中からまず自分のシャツとパンツを抜いた。
次に東が抜くと、井原は響のシャツとパンツを差し出した。
「あ、ありがとう」
「ま、別に今のまんま着てってそのうちに返してくれればいいから」
井原の言葉に、みんなも着替えるのも面倒らしく、おう、と返事をする。
そうこうしているうちに最後の鮨を東がぱくりとやったところで、トレーが空になった。
さすがに五人の男たちにかかると、大きな鮨のトレーが二つとサンドイッチのトレーもあっという間になくなった。
「おう、足りないやつ、ポテチとかならまだあるぞ」
「そういえば、今日、店は?」
シャツを適当にたたみながら、響は思いついて元気に尋ねた。
「臨時休業。まあそういうとこ、自分でやってると融通はきくからな。響さんと違って、誰かが来るとかって決まってるわけじゃないし」
元気はにっこり笑う。
「今日土曜日だから、本来は開けたいところだけど、悪友の頼みじゃな」
「恩着せがましンだよ、元気」
聞きつけた井原が言い返す。
それをまたフンと鼻でせせら笑い、元気がテーブルを片付け始めたので、響も手伝ってゴミ袋にまとめて入れた。
「片付けたら早々に帰るぞ」
空いた缶を別の袋にいれている豪に、元気は歩み寄ると、こそっと耳打ちした。
「え、あ、ああ」
豪が鈍い返事をした。
元気はトイレから戻ってきた東にも同じように耳打ちする。
段ボールから辛うじて残っていたタオルを一枚持って来て、井原は雑巾代わりにぬらすとテーブルを拭いていた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説

記憶の代償
槇村焔
BL
「あんたの乱れた姿がみたい」
ーダウト。
彼はとても、俺に似ている。だから、真実の言葉なんて口にできない。
そうわかっていたのに、俺は彼に抱かれてしまった。
だから、記憶がなくなったのは、その代償かもしれない。
昔書いていた記憶の代償の完結・リメイクバージョンです。
いつか完結させねばと思い、今回執筆しました。
こちらの作品は2020年BLOVEコンテストに応募した作品です
鈴木さんちの家政夫
ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。

キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる