そんなお前が好きだった

chatetlune

文字の大きさ
上 下
56 / 67

そんなお前が好きだった 56

しおりを挟む
「しかし、三LDKとか贅沢過ぎねえ? しかも新築戸建てで」
 片眉を上げて元気は部屋を見回した。
「でもこれで六万とか、井原、事故物件かなんて不動産屋に聞いてたけど」
 響は思い出してクスリと笑う。
「確かに。まあ、車ないと不便ちゃ不便だが、この辺りで車移動しないやつって見つけるの難しいくらいだからな」
「学校、スーパー、駅、遠いからかなあ。バス停も見かけないし」
 響も首を傾げる。
「珍しいとこに建てたよな」
「だな」
 三つある部屋のうち、四畳半はとりあえず物置にして、六畳を書斎、八畳が寝室だと、元気が説明した。
 寝室には既にベッドやチェストが入っていて、いつでも使えそうだ。
「カーテンとかはこれから調達するらしい」
 窓の外で空を雲が覆い始めるのを見ながら元気が言った。
 床を大体拭き終わった頃、車の停まる音がして、賑やかに男たちの声が聞こえた。
 帰ってきた。
 響は少し身を固くする。
「おい、気をつけろよ、望遠鏡、高かったんだから」
「大丈夫っすよ」
「本かよ、この箱、えっらい重い」
 やがて玄関が開いて、それぞれ荷物を手に豪、東、最後に井原が入ってきた。
「あ、響さん、貴重な休みにありがとうございます!」
 響を見つけた井原は、今までと変わりなく笑顔で声をかけてきた。
「ああ、雨になりそうだから、早いとこ掃除だけやった方がいいよな」
 適当な返事をしながらも、何となく響は井原の顔をまともに見られない。
 井原はそんな響に少しがっかりしたものの、めげるなよ、と自れを鼓舞する。
「こっちでいいんすよね?」
 豪が望遠鏡を四畳半に運んでいく。
「おう、東のは六畳間」
 井原も東に続いて箱を運び入れる。
「何だよ、元気のやつ、引っ越しに彼女連れてくっつったくせに」
 よっこいしょ、と箱を置いた東は井原を振り返る。
「あのさ、元気の彼女ってか………」
 東はそこで言葉を切る。
「ああ? 何だよ? そこで途切れるなよ」
 井原の顔を見て東は、ちょっと肩を竦めた。
「ま、いっか。東京から元気追っかけてきて、この街に移り住んだって言っただろ? あいつだよ」
「は?」
 井原は訝し気に東を見つめた。
 確か、飲み会の時に、元気の彼女の話になって、東がそんなことを言っていた気がするが。
「あいつって」
「坂之上豪。学生の時から元気一本で、ボーカルの一平と元気を取り合って、一応豪の勝ちってとこか?」
 そういえば、連れて行くって元気が行った時、役に立つとか何とか………。
「おい、元気!」
 井原はモップで床を擦っている元気のところに歩み寄った。
「何だよ?」
「あいつのことかよ? 彼女じゃないじゃん!」
 思い切り豪を指さして井原は文句を言った。
「お前だろ? 勝手に。俺は彼女とか一言も言ってないし」
「どうかしたんすか?」
 井原は目線が大体同じだが、Tシャツの下の上腕筋やガッシリ系の肩幅といい、負けている気がして傍にやってきた豪を睨み付けた。
 いや、若干だ、負けてるっつっても。
「早く運び込めよ。雨、降ってくるぞ」
 元気が促すと、井原と豪は慌てて外に出て行った。
「でかい家具が届くんだろ? 雨が降らないうちに来ればいいけど」
 響がさらにどんよりと暗くなりかけている空を見上げた。
「だな。中に入れてしまえば後は何とかなると思うけど」
 元気も頷いた。
 荷物を運び入れてから二十分くらいしたところで、家具が届いた。
 スタッフが手伝ってソファをリビングに運び入れると、豪と井原もデスクや書棚を六畳間に運んだ。
 響が手伝おうとすると、「任せておけば大丈夫」と元気がやんわりととめた。
「お前さ、カーテンとかマットとかもついでに買っておけよ」
 大きなソファセットが陣取ったリビングを見回して、元気が文句をつけた。
「時間なくてさ、そこまで手が回らなかったんだよ」
「井原、書棚にこれ、どういう順番で並べるんだよ?」
 六畳間から響が呼んだ。
「あ、すみません」
 井原は座り込んで本を取り出している響の横に膝をついた。
「えと、一応、アルファベット順に入れてきたんで、多少違ってもいいっすよ」
 開けた段ボールを井原は順番に並べた。
「これ、Dが混じってるぞ」
 響が取り上げた本を見て、井原が「あれ、慌てて突っ込んだから、それこっちもらいます」と歩み寄ろうとした途端、箱に足の小指を強かぶつけて、しかもその拍子に響の上に倒れ込む寸前のところで、膝でとどめた。
 が、井原の顔がほとんど響の頭に密着状態になってしまった。
 耳から首筋へ井原の吐息をもろに受けた響は固まった。
 身体中の血液が逆流したかのように心臓がバクバクと音を立てている。
 一方、響に折り重なるようになっている井原も、響をもろに感じて、カッと頭に血が上った。
 その間、約数秒、だが、当人たちにはまるで何十分もの長さに思われた。
「うわっ! すみません、大丈夫ですか?」
 井原は慌てて態勢を整えた。
「あ、ああ、平気」
「じ、ゃあ、よろしくお願いします」
 飛び出すように部屋を出て行った井原だが、ジンジン痛む足の指もそっちのけで、そのまま洗面台まで行くと、バシャバシャと顔を洗う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

空は遠く

chatetlune
BL
素直になれないひねくれ者同士、力と佑人のこじらせ同級生ラブ♥ 高校では問題児扱いされている力と成績優秀だが過去のトラウマに縛られて殻をかぶってしまった佑人を中心に、切れ者だがあたりのいい坂本や落ちこぼれの東山や啓太らが加わり、積み重ねていく17歳の日々。すれ違いから遠のいていく距離。それでもやっぱり惹かれていく。

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

琥珀いろの夏 〜偽装レンアイはじめました〜

桐山アリヲ
BL
 大学2年生の玉根千年は、同じ高校出身の葛西麟太郎に3年越しの片想いをしている。麟太郎は筋金入りの女好き。同性の自分に望みはないと、千年は、半ばあきらめの境地で小説家の深山悟との関係を深めていく。そんなある日、麟太郎から「女よけのために恋人のふりをしてほしい」と頼まれた千年は、断りきれず、周囲をあざむく日々を送る羽目に。不満を募らせた千年は、初めて麟太郎と大喧嘩してしまい、それをきっかけに、2人の関係は思わぬ方向へ転がりはじめる。

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

処理中です...