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そんなお前が好きだった 55
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土曜日は東が家の軽トラを出してくれるというので、井原は持っていきたい本や衣類、パソコンやプリンターの類や天体望遠鏡など、必要なものは段ボールに入れて準備を整えた。
この際なので、ベッドや寝具、冷蔵庫、洗濯機、テレビなど最低限の電気用品は届けてもらっているし、エアコンも取り付け済みだ。
東にはリビングに飾る絵を頼んでいるが、間に合うかどうかわからないと言っていた。
リビングに置くソファセットや書斎にする部屋の書棚やデスクが当日届くことになっていて、手伝ってくれる友人が数人いるのは有難い。
「元気が恋人を連れてくると言っていたが、女性に重いものを運ばせたりするわけにはいかないから、書棚に本を入れてもらうとか。あ、それに響さんも、指でもケガさせたら大変だし」
そういえば響はピアニストならよほど神経をとがらせるだろう手指にも無頓着で、こっちが気にしてしまう。
「まあ、響さんは来てくれるだけでいいんだけど」
響が来ないとなったら、もう何も手につかないところだった。
ということはでかい家具を動かせるのは元気と東と俺か。
それでも三人もいれば十分だろう。
「天気悪そうだよな。うちから荷物を運ぶのは早めにやらないとな」
もうこの日に済ませないと、手伝いを頼んでいる皆のスケジュールもあるので、延期するわけにもいかない。
何とか部屋に運び入れるまでは雨が降り出すのを待ってくれればいいのだが。
窓から夜空を仰ぐと、雲に隠れがちな月がかすかに光を放っていた。
井原が引っ越しを予定していた土曜日当日は朝から雲行きが怪しかった。
キッチンに置いているテレビでは、太平洋側の沿岸を低気圧が急速に発達しながら進んでいて、各地で大荒れになると、天気予報士が難しい顔で説明している。
響はのんびりとコーヒーにトーストの朝食を取っていたが、それを聞くと俄かに心配になった。
瀬戸川たちが響のために起こしてくれたともいえるウエーブ事件は、瀬戸川たち自身で解決してくれたことは瞼が熱くなるほど嬉しかった。
実際荒川をものの見事にぎゃふんといわせた弁舌鮮やかな瀬戸川や青山には響も胸のすく思いがした。
寛斗の口が巧いのには感心もした。
だが、響の中では、井原とあれから、断りの電話を入れてからというもの顔も合わせていないから言葉も交わしていないことの方が重要で、このまま本当に井原と疎遠になってしまったらと思うと息さえ止まりそうなくらいで、レッスンを見ていても思考が上の空になりがちでため息の数が尋常ではなく、にゃー助までが心配そう顔で響を見上げている気がした。
だから、井原のラインが届いた時は、心底胸を撫でおろした。
面と向かってどんな顔をすればいいのだろうとは思うのだが、それ以上に会えるかどうかが気がかりだったのだ。
多少ぎくしゃくするかもしれないが、少なくとも仲間としては付き合っていってくれると考えていいのだろうか。
元気には泣きついて、いい加減決着をつけろとかはっぱをかけられたものの、とりあえず井原に会えればなどと思ってしまう。
「決着ったって………」
でないと断崖絶壁ですよ!
元気のそれこそ脅し文句がまた耳に聞こえてきそうな気がする。
だが今更、あの時はNOと言ったけどほんとは違うんだ、なんて………。
またしてもグダグダと考えてしまう。
井原のことになるとどうしてこうなのか。
井原が関係していなければ、荒川にどうこう言われたところで、いくらでも言い返せたはずだ。
そうしたら生徒にあんなことをさせるような心配をかけないで済んだかもしれない。
それに、瀬戸川にしても青山にしても、俺には井原に対してどうなのか、などと聞いてもこない。
ったくでき過ぎの生徒たちだと、響は改めて思う。
またああだこうだ考えこんでいるうちにもう時間は九時半になろうとしていた。
「いけね、もう行かなきゃ」
響は慌ててカップや皿をシンクに置いて、にゃー助を撫でてやってからペットゲートを閉めて家を出た。
車を飛ばして井原の新居に着くと、黒のランドクルーザー一台だけが停まっていた。
「おはよう、響さん」
響が車を停めてドアチャイムを押すと元気が顔を出した。
「あれ、元気だけ?」
「東と井原と豪は井原ンとこに荷物取りに行ってる。まあ、どうぞどうぞ」
沓脱は今風というのか段差がないのもそういえばいいかもと思ったんだ、と響はスニーカーを脱いであがる。
「俺もモップ掛けしようか」
「モップが一つっきゃないから、そっちのクルクルワイパー使って」
元気はシートを脱着させて使うタイプを示した。
「あいつ、こういう用具とか準備してないんだよな。うちから持って来てよかったよ」
「げ、俺、何も用意してこなかった」
モップで床を擦りながら文句を言う元気に、響は言った。
「ああ、いいのいいの。俺、大抵のもの持ってきたから。あとは上拭きするシートとか買ってこないと」
「だったら、あとで俺行ってこようか?」
「うーん、様子を見てでいんじゃね? 何か、ソファとかデスクとかでかいもんが今日届くらしいし、それまでに床だけやっとけば」
響の提案に元気がスパッと答える。
「わかった」
この際なので、ベッドや寝具、冷蔵庫、洗濯機、テレビなど最低限の電気用品は届けてもらっているし、エアコンも取り付け済みだ。
東にはリビングに飾る絵を頼んでいるが、間に合うかどうかわからないと言っていた。
リビングに置くソファセットや書斎にする部屋の書棚やデスクが当日届くことになっていて、手伝ってくれる友人が数人いるのは有難い。
「元気が恋人を連れてくると言っていたが、女性に重いものを運ばせたりするわけにはいかないから、書棚に本を入れてもらうとか。あ、それに響さんも、指でもケガさせたら大変だし」
そういえば響はピアニストならよほど神経をとがらせるだろう手指にも無頓着で、こっちが気にしてしまう。
「まあ、響さんは来てくれるだけでいいんだけど」
響が来ないとなったら、もう何も手につかないところだった。
ということはでかい家具を動かせるのは元気と東と俺か。
それでも三人もいれば十分だろう。
「天気悪そうだよな。うちから荷物を運ぶのは早めにやらないとな」
もうこの日に済ませないと、手伝いを頼んでいる皆のスケジュールもあるので、延期するわけにもいかない。
何とか部屋に運び入れるまでは雨が降り出すのを待ってくれればいいのだが。
窓から夜空を仰ぐと、雲に隠れがちな月がかすかに光を放っていた。
井原が引っ越しを予定していた土曜日当日は朝から雲行きが怪しかった。
キッチンに置いているテレビでは、太平洋側の沿岸を低気圧が急速に発達しながら進んでいて、各地で大荒れになると、天気予報士が難しい顔で説明している。
響はのんびりとコーヒーにトーストの朝食を取っていたが、それを聞くと俄かに心配になった。
瀬戸川たちが響のために起こしてくれたともいえるウエーブ事件は、瀬戸川たち自身で解決してくれたことは瞼が熱くなるほど嬉しかった。
実際荒川をものの見事にぎゃふんといわせた弁舌鮮やかな瀬戸川や青山には響も胸のすく思いがした。
寛斗の口が巧いのには感心もした。
だが、響の中では、井原とあれから、断りの電話を入れてからというもの顔も合わせていないから言葉も交わしていないことの方が重要で、このまま本当に井原と疎遠になってしまったらと思うと息さえ止まりそうなくらいで、レッスンを見ていても思考が上の空になりがちでため息の数が尋常ではなく、にゃー助までが心配そう顔で響を見上げている気がした。
だから、井原のラインが届いた時は、心底胸を撫でおろした。
面と向かってどんな顔をすればいいのだろうとは思うのだが、それ以上に会えるかどうかが気がかりだったのだ。
多少ぎくしゃくするかもしれないが、少なくとも仲間としては付き合っていってくれると考えていいのだろうか。
元気には泣きついて、いい加減決着をつけろとかはっぱをかけられたものの、とりあえず井原に会えればなどと思ってしまう。
「決着ったって………」
でないと断崖絶壁ですよ!
元気のそれこそ脅し文句がまた耳に聞こえてきそうな気がする。
だが今更、あの時はNOと言ったけどほんとは違うんだ、なんて………。
またしてもグダグダと考えてしまう。
井原のことになるとどうしてこうなのか。
井原が関係していなければ、荒川にどうこう言われたところで、いくらでも言い返せたはずだ。
そうしたら生徒にあんなことをさせるような心配をかけないで済んだかもしれない。
それに、瀬戸川にしても青山にしても、俺には井原に対してどうなのか、などと聞いてもこない。
ったくでき過ぎの生徒たちだと、響は改めて思う。
またああだこうだ考えこんでいるうちにもう時間は九時半になろうとしていた。
「いけね、もう行かなきゃ」
響は慌ててカップや皿をシンクに置いて、にゃー助を撫でてやってからペットゲートを閉めて家を出た。
車を飛ばして井原の新居に着くと、黒のランドクルーザー一台だけが停まっていた。
「おはよう、響さん」
響が車を停めてドアチャイムを押すと元気が顔を出した。
「あれ、元気だけ?」
「東と井原と豪は井原ンとこに荷物取りに行ってる。まあ、どうぞどうぞ」
沓脱は今風というのか段差がないのもそういえばいいかもと思ったんだ、と響はスニーカーを脱いであがる。
「俺もモップ掛けしようか」
「モップが一つっきゃないから、そっちのクルクルワイパー使って」
元気はシートを脱着させて使うタイプを示した。
「あいつ、こういう用具とか準備してないんだよな。うちから持って来てよかったよ」
「げ、俺、何も用意してこなかった」
モップで床を擦りながら文句を言う元気に、響は言った。
「ああ、いいのいいの。俺、大抵のもの持ってきたから。あとは上拭きするシートとか買ってこないと」
「だったら、あとで俺行ってこようか?」
「うーん、様子を見てでいんじゃね? 何か、ソファとかデスクとかでかいもんが今日届くらしいし、それまでに床だけやっとけば」
響の提案に元気がスパッと答える。
「わかった」
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