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そんなお前が好きだった 54
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「……じゃあ、響さんがダメ出ししたのは………」
希望のかけらを見出したような表情で、井原が口走った。
「荒川先生に言われたからとは限らないけどな」
そのかけらを打ち砕くかのように、元気の言葉が容赦なく刺さる。
「え、でも……」
「元気ぃ! お前、冷たすぎるぞ!」
東が何か言いかけたのを遮って、井原が情けなく喚く。
「だから言っただろうが。お前の感情だけで突っ走るなって。周りもちゃんと見ろって」
井原はガタンとまた座りなおした。
「響さんが荒川先生に理不尽なことを言われているのをたまたま瀬戸川と青山が聞いて、怒った彼女たちが寛斗も巻き込んでクラスでウエーブやらせて、荒川先生をとっちめたんだよ、響さんのために」
元気は淡々と続けた。
「響さんは荒川先生の言ったことを真に受けて、お前にごめんなさいしたのかもしれないが、お前は自分のことで手一杯で、ウエーブのことも荒川先生のことも考えなかったわけだ」
井原はまたぞろガタガタと立ち上がった。
「お前さ、だからって、直に荒川先生に談判しようとか思うなよ? ことを余計に荒立てるだけだ」
元気は井原のためにコーヒーを入れると、空になったグラスの代わりに井原の前に置いた。
「荒川先生が響さんを脅すような真似をしたことは俺としても許せないが、それもこれもお前の気を引こうとしてるのに、お前の眼中にないからついってこともあったんだろう」
元気の言葉に、またぞろ腰を下ろした井原は、はあ、と大きなため息しか出てこない。
「まあ、なんで私を見ないのよ的な、自意識過剰肉食系女子は、俺でも願い下げだけどな」
元気が言うと、東が、「ちぇ、じゃあ荒川先生に目を奪われていた俺らがバカみたいじゃないかよ」とぶーたれる。
「お前は女の経験不足ってだけだろ?」
「ちぇ、女がより取り見取りとかの人気バンドなんかやってたやつに言われたかない!」
元気にからかわれて東がガブリと残りのコーヒーを飲み干した。
「井原さ、響さんに再度告りなおすつもりなら、外野のことも踏まえて響さんの不安要素を払拭してからにしろよ」
元気に諭すように言われた井原は、ようやくコーヒーに口をつける。
「有難いご意見いたみいるわ。しかし、そのウエーブとか、ちょっとまずくないか? 職員室もざわざわしてたみたいだし」
「ああ、いや、それはだな、ほぼ片がついた」
東が音楽室に乗り込んできた荒川と瀬戸川たちの丁丁発止を話して聞かせると、井原は「すげえな、瀬戸川って」と感嘆の声を上げる。
「そうなんだよ、T大医学部合格圏内の瀬戸川に学年一番で入学してきた青山が正攻法でまくしたてて、悪知恵だけは働く寛斗がダメ押しで荒川先生の退路を断ったんで、結局、荒川先生は校長に呼ばれたけど、ただのいたずらで問題はないって言うしかなかったと」
「しかし今年の音楽部すげえな。瀬戸川ってさ、実際、医学部志望が惜しいくらい、実力つけてきてて、音大も合格圏内レベルだって、響さん言ってたし」
「瀬戸川は今度のコンクールには全力で向かってるんだろ?」
東と井原の話に元気も割り込んだ。
「あの熱量には頭が下がるわ。青春真っ只中、すばらしい!」
「負けんなよ、井原、青春のやり直しなんだろ?」
「引っ越し、明後日、約束したけど、響さん、来てくれるんかな…」
元気に茶化された井原はまた気弱な台詞を吐く。
「ある意味、そこで答えが出るかも」
またしても元気の言葉が井原の胸に刺さりまくる。
「っ…くっそ、恋愛も順風満帆ってか? 元気、いい加減彼女紹介しろよ」
「ああ、引っ越し、連れてくわ、役に立つぞ、きっと」
笑う元気を、井原はフンと睨みつけた。
「じゃ、明後日、よろしく」
井原は元気の店を出てから携帯を握りしめて歩きながら、引っ越しに響が来るかどうか確かめるのに、直接声を聴くのが怖くなり、ラインを送った。
十分ほどドキドキしながら立ちどまって返事を待っていた井原の携帯からラインの通知音が聞こえた。
十時に行きます。
たった一行の返事に、井原は人通りも気にせず小躍りして喜んだ。
元気のきつい言葉は井原の身に染みたが、響のお断りが、荒川のせいだと思いたかった。
今度こそ、失敗はしない。
第一、引っ越しにしても、要は響と二人で会いたいという単純な目的のためといっても過言ではなかった。
それを言ったら、元気に鼻で笑われそうなので、口にはしなかったのだが。
それに実家の自分の部屋は本で埋まるほどだし、独立しないで親のうちにいつまでも居候をするわけにはいかない、というのは、アメリカ生活で嫌というほど周りから言われて、井原もそれには同意だったからだ。
この街もそうだが、田舎ほど、親の家に同居するのが当たり前のような風潮があるが、一人で十年を暮らしてきた井原からすると、依存家族のような気がして、誰の人生を生きているのかわからない。
まあ、東のような仕事を選ぶのなら、手っ取り早く親にスポンサーになってもらうのが妥当かも知れないが。
それができるのは東の家が裕福で恵まれているからでもある。
「あいつ、だから痩せられないんだ」
気がいいメタボの絵描きを思い浮かべて井原は笑う。
希望のかけらを見出したような表情で、井原が口走った。
「荒川先生に言われたからとは限らないけどな」
そのかけらを打ち砕くかのように、元気の言葉が容赦なく刺さる。
「え、でも……」
「元気ぃ! お前、冷たすぎるぞ!」
東が何か言いかけたのを遮って、井原が情けなく喚く。
「だから言っただろうが。お前の感情だけで突っ走るなって。周りもちゃんと見ろって」
井原はガタンとまた座りなおした。
「響さんが荒川先生に理不尽なことを言われているのをたまたま瀬戸川と青山が聞いて、怒った彼女たちが寛斗も巻き込んでクラスでウエーブやらせて、荒川先生をとっちめたんだよ、響さんのために」
元気は淡々と続けた。
「響さんは荒川先生の言ったことを真に受けて、お前にごめんなさいしたのかもしれないが、お前は自分のことで手一杯で、ウエーブのことも荒川先生のことも考えなかったわけだ」
井原はまたぞろガタガタと立ち上がった。
「お前さ、だからって、直に荒川先生に談判しようとか思うなよ? ことを余計に荒立てるだけだ」
元気は井原のためにコーヒーを入れると、空になったグラスの代わりに井原の前に置いた。
「荒川先生が響さんを脅すような真似をしたことは俺としても許せないが、それもこれもお前の気を引こうとしてるのに、お前の眼中にないからついってこともあったんだろう」
元気の言葉に、またぞろ腰を下ろした井原は、はあ、と大きなため息しか出てこない。
「まあ、なんで私を見ないのよ的な、自意識過剰肉食系女子は、俺でも願い下げだけどな」
元気が言うと、東が、「ちぇ、じゃあ荒川先生に目を奪われていた俺らがバカみたいじゃないかよ」とぶーたれる。
「お前は女の経験不足ってだけだろ?」
「ちぇ、女がより取り見取りとかの人気バンドなんかやってたやつに言われたかない!」
元気にからかわれて東がガブリと残りのコーヒーを飲み干した。
「井原さ、響さんに再度告りなおすつもりなら、外野のことも踏まえて響さんの不安要素を払拭してからにしろよ」
元気に諭すように言われた井原は、ようやくコーヒーに口をつける。
「有難いご意見いたみいるわ。しかし、そのウエーブとか、ちょっとまずくないか? 職員室もざわざわしてたみたいだし」
「ああ、いや、それはだな、ほぼ片がついた」
東が音楽室に乗り込んできた荒川と瀬戸川たちの丁丁発止を話して聞かせると、井原は「すげえな、瀬戸川って」と感嘆の声を上げる。
「そうなんだよ、T大医学部合格圏内の瀬戸川に学年一番で入学してきた青山が正攻法でまくしたてて、悪知恵だけは働く寛斗がダメ押しで荒川先生の退路を断ったんで、結局、荒川先生は校長に呼ばれたけど、ただのいたずらで問題はないって言うしかなかったと」
「しかし今年の音楽部すげえな。瀬戸川ってさ、実際、医学部志望が惜しいくらい、実力つけてきてて、音大も合格圏内レベルだって、響さん言ってたし」
「瀬戸川は今度のコンクールには全力で向かってるんだろ?」
東と井原の話に元気も割り込んだ。
「あの熱量には頭が下がるわ。青春真っ只中、すばらしい!」
「負けんなよ、井原、青春のやり直しなんだろ?」
「引っ越し、明後日、約束したけど、響さん、来てくれるんかな…」
元気に茶化された井原はまた気弱な台詞を吐く。
「ある意味、そこで答えが出るかも」
またしても元気の言葉が井原の胸に刺さりまくる。
「っ…くっそ、恋愛も順風満帆ってか? 元気、いい加減彼女紹介しろよ」
「ああ、引っ越し、連れてくわ、役に立つぞ、きっと」
笑う元気を、井原はフンと睨みつけた。
「じゃ、明後日、よろしく」
井原は元気の店を出てから携帯を握りしめて歩きながら、引っ越しに響が来るかどうか確かめるのに、直接声を聴くのが怖くなり、ラインを送った。
十分ほどドキドキしながら立ちどまって返事を待っていた井原の携帯からラインの通知音が聞こえた。
十時に行きます。
たった一行の返事に、井原は人通りも気にせず小躍りして喜んだ。
元気のきつい言葉は井原の身に染みたが、響のお断りが、荒川のせいだと思いたかった。
今度こそ、失敗はしない。
第一、引っ越しにしても、要は響と二人で会いたいという単純な目的のためといっても過言ではなかった。
それを言ったら、元気に鼻で笑われそうなので、口にはしなかったのだが。
それに実家の自分の部屋は本で埋まるほどだし、独立しないで親のうちにいつまでも居候をするわけにはいかない、というのは、アメリカ生活で嫌というほど周りから言われて、井原もそれには同意だったからだ。
この街もそうだが、田舎ほど、親の家に同居するのが当たり前のような風潮があるが、一人で十年を暮らしてきた井原からすると、依存家族のような気がして、誰の人生を生きているのかわからない。
まあ、東のような仕事を選ぶのなら、手っ取り早く親にスポンサーになってもらうのが妥当かも知れないが。
それができるのは東の家が裕福で恵まれているからでもある。
「あいつ、だから痩せられないんだ」
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