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そんなお前が好きだった 51
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ウエーブとは、この高校に随分昔からあった、伝統の授業ボイコットのことだ。
発端は、ベトナム反戦運動が起きた昭和の時代には、この田舎街の高校にも反戦運動に同調する生徒らがムーブメントを巻き起こした時期もあり、意見も聞かずに抑え込もうとする教師らに対して、抗議を表する手段として、一斉に本やノートをしまい、端から徐々に机の上で腕を組んで寝る態勢を取って授業をボイコットした、という事例だった。
以後、たまに嫌な教師の授業でウエーブをやった、などということもあったようだが、クラスの一体感が必要だし、ここ数年は何ごともなく、進学することのみが目標となっている生徒たちにあっては、そんなくだらないことで授業を潰すような事件は起きていなかった。
響や東の在学時にもウエーブの伝説は伝えられていたが、もどきをやったクラス数名がいたくらいで、それもサボりたいだけの動機だったから、相手にもされなかった。
「ウエーブって、マジで?」
意外過ぎる出来事に響も唖然となった。
「らしいです。ちょっと職員室でも問題になってるみたいで。教室で何せ荒川先生の言葉に全く反応せずで、荒川先生パニクって半狂乱で職員室に駆け込んだとか何とか」
「何で? 荒川先生、男子にはかなり人気高いって聞いてるぞ」
いくら響にとっては魔法使いとも思われた荒川だが、さすがにわけがわからない。
「そうなんすよね、美人でエロいとか、肉食系とかって、……いや、俺もよくわからないんだけど、三年のほら、T大医学部合格圏内の瀬戸川と寛斗のクラスと、入学早々美少女伝説作った一年の青山のクラス?」
「………………はあ?」
この符号は何だ?
瀬戸川と寛斗のクラス?
青山?
どちらも音楽部員で響もよく知っているメンツだ。
響は胸騒ぎがした。
「それがどうも、三年、言い出しっぺは寛斗らしいとかって話で、もうSNSでも飛び交ってるって」
「寛斗が?」
さらに寛斗は怪訝な表情を隠せなかった。
なんで寛斗がそんなこと………。
午後の授業中も時たま気になって気もそぞろになるのをどうにか堪え、とにかく放課後を待って、響は音楽室にやってきた寛斗に問い詰めた。
「ちょっと聞くが、荒川先生の授業で、お前がウエーブしかけたって本当か?」
「ありゃ、すげえ最近情報伝達スピードの速いこと!」
お茶らかす寛斗に、「何だってそんなことしたんだ?」とさらに突っ込んだ。
「キョーちゃん、怒った顔も可愛い!!」
「ざけるなよ!」
ちょうどその時、瀬戸川や榎、それに青山ら一年グループもやってきた。
「下手すると職員会議で問題になって、お前、呼び出されるかもなんだぞ!」
「まあ、そん時はそん時で」
相変わらずへらへらと寛斗には反省の色などまるでない。
「私なんです」
そこへ割り込んだのは瀬戸川だ。
「私が寛斗に話したもんだから、寛斗がクラスでウエーブやろうぜみたいなことを言ったために、男子がノリでやろうとか言いだしたんです」
「瀬戸川さん……」
響はいつものように毅然とした言い回しで説明する瀬戸川を見つめた。
「話したって、何を?」
瀬戸川は一瞬口を噤んだが、チラリと青山の方を見た。
「実は、聞いてしまったんです。荒川先生がキョー先生に話しているのを」
「私も一緒でした」
青山が追随した。
「マイノリティに対する脅迫染みた発言は、はっきり言って教員として許せないと思いました」
まさしくはっきりと青山は言った。
「教育者である前に人間として荒川先生は、私の中では最低ラインまで降格しました」
美人な上にこうまでクールに断罪の言葉を口にされると、された方は心が折れそうだと響はつい同情した。
「別に荒川先生を苛めようとかってつもりはなくてさ、ちょっとした懲らしめバージョン?」
寛斗もあくまでもコケにしたような言い草だ。
「確かに、青山の言いたいことはわかる。わかるが、お前らのやったことは、パワハラだぞ」
溜息をついて、響は静かに戒める。
「そうですね、それは思いました」
整然と瀬戸川が言った。
「でも、寛斗に話したら、じゃあ、ウエーブやろうぜって言うのに、咄嗟にそれ以外思いつかなくて、賛同しました」
「あ、俺はさ、クラスのみんなに、キョーちゃんがどうのとか話したわけじゃなくて、荒川って、マイノリティのやつ脅してんの、っつったら、皆が何だよそれってことになってさ」
寛斗は瀬戸川を庇うように砕けた物言いで説明した。
「ご自分をアピールされるのはいいんですが、あからさまに井原先生に、生徒の前でもそれこそ教育の場で何をするためにいらしているのかというようなことを口にされたりするのは目に余りますし、数年留学されていたということや、都会育ちということで妙に田舎の高校生である我々を小ばかにしている態度をされますし、荒川先生の言葉が正しいアメリカ英語だとか強調されると少し辟易してしまいます。私も中学に上がるまでニューヨークに居ましたけど、自慢されすぎじゃないかと思うレベルです。それ以上に差別発言と脅しは看過できかねます。クラスでもそう言って、ウエーブのことを持ち出すと、皆が賛同しました」
へらっと寛斗が話す横で、青山がしごく丁寧に明快に荒川を糾弾した。
発端は、ベトナム反戦運動が起きた昭和の時代には、この田舎街の高校にも反戦運動に同調する生徒らがムーブメントを巻き起こした時期もあり、意見も聞かずに抑え込もうとする教師らに対して、抗議を表する手段として、一斉に本やノートをしまい、端から徐々に机の上で腕を組んで寝る態勢を取って授業をボイコットした、という事例だった。
以後、たまに嫌な教師の授業でウエーブをやった、などということもあったようだが、クラスの一体感が必要だし、ここ数年は何ごともなく、進学することのみが目標となっている生徒たちにあっては、そんなくだらないことで授業を潰すような事件は起きていなかった。
響や東の在学時にもウエーブの伝説は伝えられていたが、もどきをやったクラス数名がいたくらいで、それもサボりたいだけの動機だったから、相手にもされなかった。
「ウエーブって、マジで?」
意外過ぎる出来事に響も唖然となった。
「らしいです。ちょっと職員室でも問題になってるみたいで。教室で何せ荒川先生の言葉に全く反応せずで、荒川先生パニクって半狂乱で職員室に駆け込んだとか何とか」
「何で? 荒川先生、男子にはかなり人気高いって聞いてるぞ」
いくら響にとっては魔法使いとも思われた荒川だが、さすがにわけがわからない。
「そうなんすよね、美人でエロいとか、肉食系とかって、……いや、俺もよくわからないんだけど、三年のほら、T大医学部合格圏内の瀬戸川と寛斗のクラスと、入学早々美少女伝説作った一年の青山のクラス?」
「………………はあ?」
この符号は何だ?
瀬戸川と寛斗のクラス?
青山?
どちらも音楽部員で響もよく知っているメンツだ。
響は胸騒ぎがした。
「それがどうも、三年、言い出しっぺは寛斗らしいとかって話で、もうSNSでも飛び交ってるって」
「寛斗が?」
さらに寛斗は怪訝な表情を隠せなかった。
なんで寛斗がそんなこと………。
午後の授業中も時たま気になって気もそぞろになるのをどうにか堪え、とにかく放課後を待って、響は音楽室にやってきた寛斗に問い詰めた。
「ちょっと聞くが、荒川先生の授業で、お前がウエーブしかけたって本当か?」
「ありゃ、すげえ最近情報伝達スピードの速いこと!」
お茶らかす寛斗に、「何だってそんなことしたんだ?」とさらに突っ込んだ。
「キョーちゃん、怒った顔も可愛い!!」
「ざけるなよ!」
ちょうどその時、瀬戸川や榎、それに青山ら一年グループもやってきた。
「下手すると職員会議で問題になって、お前、呼び出されるかもなんだぞ!」
「まあ、そん時はそん時で」
相変わらずへらへらと寛斗には反省の色などまるでない。
「私なんです」
そこへ割り込んだのは瀬戸川だ。
「私が寛斗に話したもんだから、寛斗がクラスでウエーブやろうぜみたいなことを言ったために、男子がノリでやろうとか言いだしたんです」
「瀬戸川さん……」
響はいつものように毅然とした言い回しで説明する瀬戸川を見つめた。
「話したって、何を?」
瀬戸川は一瞬口を噤んだが、チラリと青山の方を見た。
「実は、聞いてしまったんです。荒川先生がキョー先生に話しているのを」
「私も一緒でした」
青山が追随した。
「マイノリティに対する脅迫染みた発言は、はっきり言って教員として許せないと思いました」
まさしくはっきりと青山は言った。
「教育者である前に人間として荒川先生は、私の中では最低ラインまで降格しました」
美人な上にこうまでクールに断罪の言葉を口にされると、された方は心が折れそうだと響はつい同情した。
「別に荒川先生を苛めようとかってつもりはなくてさ、ちょっとした懲らしめバージョン?」
寛斗もあくまでもコケにしたような言い草だ。
「確かに、青山の言いたいことはわかる。わかるが、お前らのやったことは、パワハラだぞ」
溜息をついて、響は静かに戒める。
「そうですね、それは思いました」
整然と瀬戸川が言った。
「でも、寛斗に話したら、じゃあ、ウエーブやろうぜって言うのに、咄嗟にそれ以外思いつかなくて、賛同しました」
「あ、俺はさ、クラスのみんなに、キョーちゃんがどうのとか話したわけじゃなくて、荒川って、マイノリティのやつ脅してんの、っつったら、皆が何だよそれってことになってさ」
寛斗は瀬戸川を庇うように砕けた物言いで説明した。
「ご自分をアピールされるのはいいんですが、あからさまに井原先生に、生徒の前でもそれこそ教育の場で何をするためにいらしているのかというようなことを口にされたりするのは目に余りますし、数年留学されていたということや、都会育ちということで妙に田舎の高校生である我々を小ばかにしている態度をされますし、荒川先生の言葉が正しいアメリカ英語だとか強調されると少し辟易してしまいます。私も中学に上がるまでニューヨークに居ましたけど、自慢されすぎじゃないかと思うレベルです。それ以上に差別発言と脅しは看過できかねます。クラスでもそう言って、ウエーブのことを持ち出すと、皆が賛同しました」
へらっと寛斗が話す横で、青山がしごく丁寧に明快に荒川を糾弾した。
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