そんなお前が好きだった

chatetlune

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そんなお前が好きだった 49

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「喚くな! 叫ぶな! クールダウンしろ!」
 電話の向こうで大きく息をつく気配がした。
「今度は、少しずつ間を詰めて、絶対ポカしないつもりだったんだ。でも、あの金髪野郎が現れて、俺、頭に血が昇っちまって、つい、告るの早まったのかも」
 井原はどうやら響しか見えていないらしい。
「お前さ、外野のことも少しは考えた方がいいんじゃね?」
「外野? 外野って何だよ?」
「だから、今のお前の立ち位置とか、立場とか、曲がりなりにも先生やってるわけだろ?」
「俺は響さんが高校で先生やってるって聞いたから、飛んで帰って校長のつてでごり押しで俺も教師に潜り込ませてもらっただけだ」
 井原はえらそうに言い放つ。
「はあ?」
 おいおいそんなことかよ。
 元気は脱力する。
「それに、響さんがこの街に戻って先生やってるって言ったのお前だろうが!」
「え?」
 そういえば、去年の十二月頃、井原がラインしてきたので、響さんが高校で先生をしているなどと知らせた覚えが、元気にはあった。
「そもそも俺のせいかよ」
 元気は大きな溜息をついた。
 納得もした。
「フン、よくもまあグッドタイミングに現れたと思ってたが」
「俺にははっきり言って外野とか、どうでもいいんだ」
 井原はボソリと言った。
「けどさ、お前がどう考えようと、外野はなくならないし、響さんにとってどうなのかとかも考えろよ」
 元気の言葉に井原は口を噤んだ。
「……そう、だな。明日、店行くから」
 そう言うと電話は切れた。
「くっそ、また俺は狂言回しかよ」
 元気は携帯に向かって呟いた。
 まあ、俺が知らせたせいでこの二人の時間がまた動き出したということなら、俺にも何らかの責任があるかもだが。
 元気は膝の上の響を見降ろした。
 響は熟睡しているようだ。
 もどして、喉に詰まらせたりを心配した元気だが、いずれにしても今は動けず、仕方なく朝を待つ覚悟を決めた。
 いつの間にかにゃー助が響の横にくっついて眠っている。
「さあて、どうしたもんかな」
 元気はまたぽつりと呟いた。
 響は月末には生徒を引率してコンクールに出向くことになっているし、指導者がこんな精神状態ではやはりまずいだろう。
 そんなことを考えているうちに元気もいつの間にか眠ってしまったらしい。
「うわっ!」
「…へっ!」
 同時に声を上げたのは明け方だった。
「元気? なんで…………?」
 響は眠そうな眼を瞬かせて元気を見つめた。
「覚えてないって………まあ、あれだけ飲んでたらな……」
「ごめ……ちょっとトイレ………」
 響が立ち上がると、驚いたにゃー助が飛び降りた。
「わ……大丈夫?」
 元気はよろよろ歩く響に心配して声をかけた。
「何か、胃が……重い……俺、夕べそんな飲んだっけ……」
 トイレから出てきた響は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してゴクゴク飲んだ。
「響さん、案外酒強いんだ」
 元気は感心したように言うと、「珈琲いれますね」と立ち上がった。
「強くはないだろ、すぐ眠っちまう。え、もう六時? はあ、頭もドーンと重い………」
 響はまたソファに座り直して息をついた。
「ピアノがある優雅な住まいかと思ったら、リビング、ピアノでぎっしり」
 グランドピアノ二台とアップライトが二台、計四台のピアノがひしめいている。
「日本のうちなんか、こんなもんだろ。大学の同期なんか、八畳間にグランドピアノが鎮座して隅っこにソファベッドだけってやついたぞ」
「その道を極めるって何か犠牲にしないとってことか」
 元気は頷いた。
 洗ったマグカップにコーヒーフィルターをセットし、お湯が沸くと、元気はゆっくりと湯を注ぐ。
「キッチンとバスルーム、増築して正解でしたね」
「まあ、そっちも狭いけど」
「そりゃ、ヨーロッパ辺りと比べるとウサギ小屋かもだけど、俺からすれば十分広い」
 香しいコーヒーを響に渡し、元気もその横に座った。
「ああ、いい香り……五臓六腑に染みわたる」
 一口飲んで響は「入れる人間が違うだけでこんな美味くなるんだ」と呟いた。
「五臓六腑って………。ま、一応、その道のプロなんで」
 元気は微笑んだ。
「じいさんの口癖。ひょっとして夕べ、俺、元気に何か言った?」
 記憶が断片的に響の脳裏をかすめる。
「まあ。断崖が呼んでるとかって、電話してくるから来てみれば、いい調子で高い酒ゴクゴク飲んでるし」
 響は小さなテーブルの上に置いてある酒の瓶をチラリと見た。
「高いのか? ………ううう………どうでもいいけど当分もう酒は見たくない………」
「外野なんか気にするとロクなことないですよ」
「は?」
 響は元気の横顔を見た。
「響さんに何の非もないのに理不尽なことを言われて、引き下がっちゃダメですよ」
「……元気……俺……」
 酔っぱらってどうやら昨日のことを元気に話してしまったらしいと、響はうなだれた。
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