そんなお前が好きだった

chatetlune

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そんなお前が好きだった 45

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 井原と触れ合うとか、考えただけでも飛び上がりそうになってしまう。
 身体のつきあいをしたがったやつらなら、いくらもいた。
 何だか知らないが響を抱きたがるやつらがよくいて、さすがに相手かまわずとかはなかったが、少なくとも三人、いや二人半とはつきあったつもりだった。
 いずれも押しの強いやつらばかりで、響を階段から突き落としたヨハンの馬鹿とはキスプラスアルファどまりだったからまだよかったと言える。
 ヘンリエッテも押し切られて付き合ったものの、響が煮え切らないことで離れて行ったし、クラウスも半ば強引に身体のつきあいに持っていかれたが、心が熱くなることなんかなかった。
 クラウスに騙されたとはいえ、なし崩し的に否とも言わずにそんな関係になってしまった響にも責任がなかったとは言えないのかもしれない。
 響に他のアーティストが近づいて妙にべたべたしていたりすると、血相を変えてクラウスは嫉妬した。
 可愛い、愛してるを連発していたクラウスを、俺が可愛いとか目がくらむってこういうことだな、などと響は冷ややかにしか見られなかった。
 その報いなのか、井原となんて、怖ろしくてそんなつきあいができるとは思えない。
 キスとかだって………。
 考えただけで沸騰しそうになる。
 ああ、もうやめてくれ。
「これ以上俺をおかしくさせないでくれ」
 響は両手で顔を覆う。
 壁の時計は既に夜中の二時を指している。
 このままでは眠れそうにないと、響は高校時代に読んでいた本が並ぶ棚に置いていたコニャックを取って、マグカップに半分ほどそのまま注ぐ。
 ゴクゴクと飲み干して、響はふううっと大きく息をついた。
 ベルリンを離れる時にクラウスがくれたものだが、当時はクラウスが自分を騙していたことに怒り心頭で、捨ててしまおうかとさえ思ったものの、思いとどまったのがここにきて役にたってくれそうな気がした。



「キョー先生、大丈夫? 何かすごいお疲れみたい」
 気がつくと目の前に榎が立っていて、心配そうな顔をしている。
「あ、ああ、平気」
 何とか一日をやり過ごした響だが、コンクールが刻一刻と近づいてくる中、放課後の音楽室は少し殺気立っていた。 
「でもキョーちゃん、目の下クマができてる」
 すかさず妙に細かいところに気がつく寛斗がピアノの向こうから言った。
「夕べ、授業の準備でちょっとな」
 響は適当なことを言ってごまかした。
 昨夜は酒を飲んで横になってからもあれこれ考えて、酒のお陰で何とか三時過ぎには眠ってしまったようだが、寝起きも最悪だった。
「いい年なんだからお肌に差し障るような夜更かしはしない方がいいぞ」
 からかう寛斗を、「寛斗、真面目にやって」といつにないきつい声で瀬戸川が注意した。
「へいへい。なんかこうこの部屋息が詰まりそうだから、ちょっと緊張をほぐそうとしただけじゃん」
 それを聞くと、響もこれは一息ついた方がいいかと立ち上がった。
「ようし、ちょっと休憩しよう。肩に力入り過ぎてる気もするから、寛斗、お前、自転車でひとっ走りコンビニでなんかおやつ調達してこい」
「うおっし! やた! さすがキョーちゃん、オーラが違う!」
 寛斗が伸びをしながら立ち上がった。
 こういうところがゲンキンだと思う響だが、素直と言えば素直なやはり高校生だ。
 響が一万円札を渡すと、「太っ腹!」と喚く寛斗に、「釣りは返せよ」と釘を刺す。
 みんなからリクエストを預かって、寛斗は意気揚々走り出した。
「こら、走るな!」
「へーい」
 遠くから聞こえた返事に、皆が笑った。
「ああ、何かきりきりしてましたね、部長失格ぅ!」
 瀬戸川が自分の頭を軽く叩いた。
「いや俺こそぼんやりしてた。でもコンクール近いし、気になるところがあると、イラつくよな。俺も経験ある」
 響は失笑する。
「本番で上がらない方法ってありますか?」
 志田がぽつりと言った。
「去年初めて学生音楽コンクールに出たんです。でも面白いくらい舞い上がっちゃって、何やってんだかわからないまま終わっちゃって」
「初めてを突破したんだから次は大丈夫って思えばいいよ」
 響が言うと、へへへと志田は肩を竦めた。
「志田さんは音大目指してるんですよね。東京とかレッスン行かれてるんですか?」
 一年生の青山が聞いてきた。
「うん、その予定で、師事している先生に探してもらってるんだけど」
「そうなんですか、田舎ってそこ、大変ですよね」
 悪気もなく、青山はスパッと言った。
「キョー先生、この辺りに、キョー先生のバイオリンバージョンみたいな先生、いないんですか?」
「へ? 俺のバイオリンバージョン?」
「そう、何かコンクールで優勝経験とかあって、プロで、バイオリニストだけど、この辺りに住んでるみたいな」
 瀬戸川も志田もそれを聞いて笑った。
 青山は真面目に志田のために考えているらしい。
「いやあ、音大とか芸大行きたいって話になると、そういうんじゃなくて、やっぱ受験に有利かどうかってのも左右するから、やっぱ東京あたり行った方がいいと思うぞ」
 響は言った。
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