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そんなお前が好きだった 42
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「あたしも聴きたい! 本物のピアノ!」
紀子が言った。
「アップライトなら、入らないか?」
「え、ここにか?」
井原の発言に元気は考え込んだ。
「お前無茶なこと言うなよ」
響は呆れたが、元気はうーんと唸ってから、「何とかなるかも」と言う。
「けどどっから誰が運ぶんだ?」
率直な疑問を響は口にした。
「こないだみたいに、お前の持ってるキーボードでいいんじゃないか?」
「いや、やっぱ本物のピアノとは音が違いますって」
響の提案も拒否って、井原は断固として言った。
「俺ちょっとつてがあるんで、そっちは任せて下さい。とりあえず、選曲ですよね。秀喜や江藤先生のリクエスト以外に、響さん、考えておいてください」
「え、俺?」
得意げに井原が言うのに響は聞き返す。
「もちろん。俺らは軽い系、響さんはガチ系」
「何だよ、それ」
響は笑う。
「だって、二人、ここまでやっとたどり着いたんだから、幸せになってほしいじゃないですか」
井原は笑顔で言った。
「それは、そうだな」
それには響も素直にほほ笑んだ。
井原たちが高校一年の時、江藤は二十六歳、明るくてチャーミングな江藤に憧れを抱く生徒は多かった。
だが、秀喜は憧れを飛び越えて恋をした。
学年の中でも少し大人びた秀喜が図書委員になったのがきっかけで、二人は近づいた。
秀喜が江藤に告白したのを誰かが見ていて、あっという間に噂になった。
先生と生徒、だけでもちょっとセンセーショナルだった上に、十歳差と言うのが取りざたされた。
人と違うことをすると、奇異の目で見られるんだよな。
特にこんな田舎だと。
響は二年生だったが、二人の噂を耳にして、よくやるな、と秀喜をある意味尊敬の眼差しでみたものだ。
卒業した響には結局二人がどうなったか真相はわからずじまいだったが、二人が本当に愛し合って結婚することになろうとは、思いもよらなかった。
結婚、か。
井原も考えているのかな、結婚。
そうだよな、いい歳だし、出会いがあれば。
荒川先生とか。
「羨ましそうじゃん、井原。お前も結婚したくなったんだろ?」
響が考えていたようなことを、カウンターの中の元気がスパッと切り込んだ。
「何で俺が結婚だよ!」
井原は言葉を荒げた。
「井原は荒川先生と付き合ってるらしいし」
響はさり気に言った
「え、何それ?」
井原は驚いて響を見つめた。
「学校で噂になってるし。こないだ二人でデートしてたって」
どうせなら、たったか認めさせれば、俺もすっきりする。
響は心の中で呟いた。
「元気、そろそろ、東の絵、換えてもいい? こないだ売りつけられたやつに」
ちょうどその時、紀子が奥から、絵を抱えて出てきた。
「売りつけられたやつ?」
響が笑いながらすぐ反応した。
「そう。壁の絵、元気がこっち戻ってきた時からだから、三年は経ってるし、本来なら季節ごとに絵も換えるべきだとか言っちゃってさ」
「へえ、どんな絵?」
響は紀子が絵を大テーブルの上に置いたのを機に席を立った。
「こっちはベネチアの絵、こっちはひまわり」
八号に描かれたベネチアはゆったりとした海やベネチアの街並みが明るい。
三号に描かれたのはひまわりで、この店では初めて風景画以外の絵となるが、他の風景画と空気感が同じである。
「いいなあ、これベネチアの匂いがする」
「さすが、響さん、感覚的! これどの絵と取り替えたらいいと思います? これ以上飾ると窮屈そうだし」
「そうだね、せっかくだから、メインに飾ったらどうかな、その二枚と取り替えてみたら」
響が紀子と絵の飾りつけに行ったのを見計らって、井原は元気に、「何であんなこと言ったんだよ」と突っかかる。
「お前が秀喜の十年愛を羨ましそうに話してるからさ。なんだ、着々とお前も結婚準備体勢に入ってるんだ? 荒川ってあの美人先生だろ? だから引っ越しか」
元気はフンっと鼻で笑いながらしれっと言った。
「なわけないだろ! 大いなる勘違いだ!」
井原は拳でカウンターを叩く。
「だからカウンター壊すなって」
井原は後ろで紀子と絵の位置がどうとか話している響をチラリと見た。
「あああ」
深くため息をついて、井原はぼそぼそと続けた。
「一度振られてるんだよ、今度こそと思って外堀から埋めようと……」
「そんな悠長なことやってると、横からかっさらわれるぞ」
元気に脅された井原はウっと言葉に詰まる。
「くっそ! 冗談じゃない」
また井原は拳でカウンターをドンと叩く。
「だから、カウンター壊すな」
そんな井原の葛藤も知らぬげに響は絵を飾るのに専念している。
紀子が言った。
「アップライトなら、入らないか?」
「え、ここにか?」
井原の発言に元気は考え込んだ。
「お前無茶なこと言うなよ」
響は呆れたが、元気はうーんと唸ってから、「何とかなるかも」と言う。
「けどどっから誰が運ぶんだ?」
率直な疑問を響は口にした。
「こないだみたいに、お前の持ってるキーボードでいいんじゃないか?」
「いや、やっぱ本物のピアノとは音が違いますって」
響の提案も拒否って、井原は断固として言った。
「俺ちょっとつてがあるんで、そっちは任せて下さい。とりあえず、選曲ですよね。秀喜や江藤先生のリクエスト以外に、響さん、考えておいてください」
「え、俺?」
得意げに井原が言うのに響は聞き返す。
「もちろん。俺らは軽い系、響さんはガチ系」
「何だよ、それ」
響は笑う。
「だって、二人、ここまでやっとたどり着いたんだから、幸せになってほしいじゃないですか」
井原は笑顔で言った。
「それは、そうだな」
それには響も素直にほほ笑んだ。
井原たちが高校一年の時、江藤は二十六歳、明るくてチャーミングな江藤に憧れを抱く生徒は多かった。
だが、秀喜は憧れを飛び越えて恋をした。
学年の中でも少し大人びた秀喜が図書委員になったのがきっかけで、二人は近づいた。
秀喜が江藤に告白したのを誰かが見ていて、あっという間に噂になった。
先生と生徒、だけでもちょっとセンセーショナルだった上に、十歳差と言うのが取りざたされた。
人と違うことをすると、奇異の目で見られるんだよな。
特にこんな田舎だと。
響は二年生だったが、二人の噂を耳にして、よくやるな、と秀喜をある意味尊敬の眼差しでみたものだ。
卒業した響には結局二人がどうなったか真相はわからずじまいだったが、二人が本当に愛し合って結婚することになろうとは、思いもよらなかった。
結婚、か。
井原も考えているのかな、結婚。
そうだよな、いい歳だし、出会いがあれば。
荒川先生とか。
「羨ましそうじゃん、井原。お前も結婚したくなったんだろ?」
響が考えていたようなことを、カウンターの中の元気がスパッと切り込んだ。
「何で俺が結婚だよ!」
井原は言葉を荒げた。
「井原は荒川先生と付き合ってるらしいし」
響はさり気に言った
「え、何それ?」
井原は驚いて響を見つめた。
「学校で噂になってるし。こないだ二人でデートしてたって」
どうせなら、たったか認めさせれば、俺もすっきりする。
響は心の中で呟いた。
「元気、そろそろ、東の絵、換えてもいい? こないだ売りつけられたやつに」
ちょうどその時、紀子が奥から、絵を抱えて出てきた。
「売りつけられたやつ?」
響が笑いながらすぐ反応した。
「そう。壁の絵、元気がこっち戻ってきた時からだから、三年は経ってるし、本来なら季節ごとに絵も換えるべきだとか言っちゃってさ」
「へえ、どんな絵?」
響は紀子が絵を大テーブルの上に置いたのを機に席を立った。
「こっちはベネチアの絵、こっちはひまわり」
八号に描かれたベネチアはゆったりとした海やベネチアの街並みが明るい。
三号に描かれたのはひまわりで、この店では初めて風景画以外の絵となるが、他の風景画と空気感が同じである。
「いいなあ、これベネチアの匂いがする」
「さすが、響さん、感覚的! これどの絵と取り替えたらいいと思います? これ以上飾ると窮屈そうだし」
「そうだね、せっかくだから、メインに飾ったらどうかな、その二枚と取り替えてみたら」
響が紀子と絵の飾りつけに行ったのを見計らって、井原は元気に、「何であんなこと言ったんだよ」と突っかかる。
「お前が秀喜の十年愛を羨ましそうに話してるからさ。なんだ、着々とお前も結婚準備体勢に入ってるんだ? 荒川ってあの美人先生だろ? だから引っ越しか」
元気はフンっと鼻で笑いながらしれっと言った。
「なわけないだろ! 大いなる勘違いだ!」
井原は拳でカウンターを叩く。
「だからカウンター壊すなって」
井原は後ろで紀子と絵の位置がどうとか話している響をチラリと見た。
「あああ」
深くため息をついて、井原はぼそぼそと続けた。
「一度振られてるんだよ、今度こそと思って外堀から埋めようと……」
「そんな悠長なことやってると、横からかっさらわれるぞ」
元気に脅された井原はウっと言葉に詰まる。
「くっそ! 冗談じゃない」
また井原は拳でカウンターをドンと叩く。
「だから、カウンター壊すな」
そんな井原の葛藤も知らぬげに響は絵を飾るのに専念している。
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