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そんなお前が好きだった 37
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「また、来てたのかよ、あいつ、暇だな」
演奏が終わってサッカー部に向かう寛斗が、響の横を通りすがりに面白くなさそうな顔で言った。
「井原のことか? 気になるんだろ、元音楽部長としては」
「気になるのはあんたのことだろ?」
響の説明に寛斗は少し声を荒げた。
「何言ってるんだよ。とっとと練習行け! せめて一回戦くらい突破しろよ!」
「うっせえよ!!」
笑いながら響が振り返ると、不意に寛斗の背中をじっと追うような瀬戸川の視線に出くわした。
響に気づくと、瀬戸川は我に返ったように、新一年生に向かった。
「今日の演奏で気づいたことなどあったら、遠慮なく意見言ってください。来年は皆さんが主体になるので、その時の参考にもなると思います」
心なしか、切ない目をしていた。
普段しっかりしている瀬戸川の、不意の脆さを垣間見た気がして、響は思い切り自分の昔がオーバーラップした。
やはり、瀬戸川は寛斗が好きなんだ。
瀬戸川が寛斗に告ったとしたら、俺にバカみたいなことを言っている寛斗も目が覚めて、瀬戸川を見るようになるだろうか。
瀬戸川はどうするのだろう。
俺のように腐らせてほしくはないとは思うのだが、俺がしゃしゃり出ることもできないしな。
「ガリレオ先生って、なんか、表情がくるくる変わるんだよね」
「そうそう、すごくきりっとして物理学博士って感じで専門用語まき散らしてたのに、昼休み、携帯でニャンコの動画見てほんとに泣いちゃうし」
「きゃ、ウソ、可愛い~、ギャップ萌え!」
ガリレオというキーワードが耳に引っかかって、響は部活が終わったあときゃぴきゃぴ騒いでいる女子三人を見た。
「井原先生がどうしたの?」
一年女子よりも先に井原ファンであると言いたげな瀬戸川が口を挟んだ。
「後ろ脚がマヒしてた仔猫がリハビリで動くようになったって動画」
「お昼にあたしたちが見てたら、ガリレオ先生がどれどれって」
「見たらポロって泣いちゃったんです、先生」
瀬戸川は笑顔で、「涙もろい人は優しいのよ」と言う。
「喜怒哀楽がはっきりしてて、何か少年のままって感じですよね~」
「オッサン臭くないし」
「柿下センセのが、ずっと上みたいじゃない?」
女子三人のおしゃべりと笑い声は音楽室を出た廊下からも聞こえていて、響はついクスリと笑う。
「若いわ~、あの子たち見てるとオバサンになったって気がする」
チェロをケースにしまった瀬戸川がぽつりと言った。
「十七歳でオバサンとか、やめてほしいけど」
響は軽く抗議した。
「感覚的なものです。あたしも一年の頃はあんなだったかなとか」
「俺なんか君らを見てて、俺の高校時代はもっとガキっぽかったかなとかいつも思ってるけどね」
瀬戸川は笑った。
「キョー先生は井原先生よりなんか年齢超えてるって感じ」
「ええ?」
「だって、制服着てそこにいてもおかしくないっていうか」
「何、俺ってオッサンになってもガキっぽいってこと?」
くすくす笑いながら瀬戸川は、「顔立ちがごつくないから、キョー先生みたいな感じの人は年を取らないんですよ」と言う。
「でも、先生の高校時代って、線の細い美少年って感じ、あ、今も!」
「何だよ、それ」
「アルバム見ましたよ、井原先生と一緒に文化祭の時の写真、すごく楽しそう」
響は苦笑する。
「井原先生って昔から涙もろかったんですか?」
ああ、と響は思い起こす。
「そうだな。何かって言うといっつもぎゃあぎゃあ喚いてた気がする。俺は真逆で、いつも何考えてるかわからない奴って言われてた」
井原が声をかけてくれなければ、学年も違うし、理系の井原と文系の響ではまるで接点はなかったから、今思えば不思議な縁かも知れない。
井原がいなければ、響は無味乾燥な高校時代を送っていたに違いない。
「あいつ、犬猫その他動物全般好きでさ、いつだったか拾った仔猫段ボールに入れて、音楽室でしばらく面倒見てた」
そういえばそんなことがあったな。
「ああ、やってそうですね」
瀬戸川も思わず笑顔で頷いた。
「あいつんち、でかい犬三匹と、猫と、鳥と、魚と、何かいろいろいてさ。仔猫五匹もいたから、面倒見るの難しいとかって、準備室にペットゲージ置いて」
「田村先生、それOKしたんですか?」
さすがに瀬戸川も胡乱気な顔をした。
「井原だぞ? 人類の横暴のせいで小さな命が危機にさらされているとか自論をまくしたてて、田村先生もうんて言わざるを得なくて」
「その仔猫どうなったんですか?」
瀬戸川はキャラキャラ笑ってから聞き返す。
演奏が終わってサッカー部に向かう寛斗が、響の横を通りすがりに面白くなさそうな顔で言った。
「井原のことか? 気になるんだろ、元音楽部長としては」
「気になるのはあんたのことだろ?」
響の説明に寛斗は少し声を荒げた。
「何言ってるんだよ。とっとと練習行け! せめて一回戦くらい突破しろよ!」
「うっせえよ!!」
笑いながら響が振り返ると、不意に寛斗の背中をじっと追うような瀬戸川の視線に出くわした。
響に気づくと、瀬戸川は我に返ったように、新一年生に向かった。
「今日の演奏で気づいたことなどあったら、遠慮なく意見言ってください。来年は皆さんが主体になるので、その時の参考にもなると思います」
心なしか、切ない目をしていた。
普段しっかりしている瀬戸川の、不意の脆さを垣間見た気がして、響は思い切り自分の昔がオーバーラップした。
やはり、瀬戸川は寛斗が好きなんだ。
瀬戸川が寛斗に告ったとしたら、俺にバカみたいなことを言っている寛斗も目が覚めて、瀬戸川を見るようになるだろうか。
瀬戸川はどうするのだろう。
俺のように腐らせてほしくはないとは思うのだが、俺がしゃしゃり出ることもできないしな。
「ガリレオ先生って、なんか、表情がくるくる変わるんだよね」
「そうそう、すごくきりっとして物理学博士って感じで専門用語まき散らしてたのに、昼休み、携帯でニャンコの動画見てほんとに泣いちゃうし」
「きゃ、ウソ、可愛い~、ギャップ萌え!」
ガリレオというキーワードが耳に引っかかって、響は部活が終わったあときゃぴきゃぴ騒いでいる女子三人を見た。
「井原先生がどうしたの?」
一年女子よりも先に井原ファンであると言いたげな瀬戸川が口を挟んだ。
「後ろ脚がマヒしてた仔猫がリハビリで動くようになったって動画」
「お昼にあたしたちが見てたら、ガリレオ先生がどれどれって」
「見たらポロって泣いちゃったんです、先生」
瀬戸川は笑顔で、「涙もろい人は優しいのよ」と言う。
「喜怒哀楽がはっきりしてて、何か少年のままって感じですよね~」
「オッサン臭くないし」
「柿下センセのが、ずっと上みたいじゃない?」
女子三人のおしゃべりと笑い声は音楽室を出た廊下からも聞こえていて、響はついクスリと笑う。
「若いわ~、あの子たち見てるとオバサンになったって気がする」
チェロをケースにしまった瀬戸川がぽつりと言った。
「十七歳でオバサンとか、やめてほしいけど」
響は軽く抗議した。
「感覚的なものです。あたしも一年の頃はあんなだったかなとか」
「俺なんか君らを見てて、俺の高校時代はもっとガキっぽかったかなとかいつも思ってるけどね」
瀬戸川は笑った。
「キョー先生は井原先生よりなんか年齢超えてるって感じ」
「ええ?」
「だって、制服着てそこにいてもおかしくないっていうか」
「何、俺ってオッサンになってもガキっぽいってこと?」
くすくす笑いながら瀬戸川は、「顔立ちがごつくないから、キョー先生みたいな感じの人は年を取らないんですよ」と言う。
「でも、先生の高校時代って、線の細い美少年って感じ、あ、今も!」
「何だよ、それ」
「アルバム見ましたよ、井原先生と一緒に文化祭の時の写真、すごく楽しそう」
響は苦笑する。
「井原先生って昔から涙もろかったんですか?」
ああ、と響は思い起こす。
「そうだな。何かって言うといっつもぎゃあぎゃあ喚いてた気がする。俺は真逆で、いつも何考えてるかわからない奴って言われてた」
井原が声をかけてくれなければ、学年も違うし、理系の井原と文系の響ではまるで接点はなかったから、今思えば不思議な縁かも知れない。
井原がいなければ、響は無味乾燥な高校時代を送っていたに違いない。
「あいつ、犬猫その他動物全般好きでさ、いつだったか拾った仔猫段ボールに入れて、音楽室でしばらく面倒見てた」
そういえばそんなことがあったな。
「ああ、やってそうですね」
瀬戸川も思わず笑顔で頷いた。
「あいつんち、でかい犬三匹と、猫と、鳥と、魚と、何かいろいろいてさ。仔猫五匹もいたから、面倒見るの難しいとかって、準備室にペットゲージ置いて」
「田村先生、それOKしたんですか?」
さすがに瀬戸川も胡乱気な顔をした。
「井原だぞ? 人類の横暴のせいで小さな命が危機にさらされているとか自論をまくしたてて、田村先生もうんて言わざるを得なくて」
「その仔猫どうなったんですか?」
瀬戸川はキャラキャラ笑ってから聞き返す。
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