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そんなお前が好きだった 34
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「カウンター壊すな!」
すかさず元気に叱責されつつも井原はグラスを差し出した。
「もう一杯くれ」
「ドイツ語がどうしたって?」
とりあえずグラスに酒を注ぎ、元気は聞いた。
「あの金髪男! 俺がわからないと思ってドイツ語なんかで話しやがって! 」
「ドイツ人だったら仕方ないだろう」
「くっそおおおお!」
「喚くな!」
井原は怒鳴りつける元気もなんのそので、またグラスをゴクゴクと飲み干した。
「もう晩飯の時間だろう、家に帰らなくていいのか?」
「あ、元気、何気に俺のことウザがってるな!」
ちょっと酔いが回っているらしい。
「もう、店閉めようと思ってたんだよ」
「あ、そういやなんか、さっきの豪ってやつと約束してたよな? 飲み行くのか? クソ、お前らばっか、俺も混ぜろよ!」
迷ったものの、ここで粘られても困ると思った元気はタクシーを呼ぶと、井原連れで路傍に向かった。
豪の住む町への道路沿いにある路傍は、古民家を改造した隠れ家的居酒屋だが、元気や豪の行きつけで、友人を連れてくるならここと決めている。
旬の素材を活かした料理と美味い酒がメインではあるが、頼めば家庭料理なども作ってくれるのでそっち目当てで通う常連も多い。
「あれ、井原さん?」
豪はもう店に来ていて、元気の連れてきた井原に気づいた。
店主は気を利かせて三人を座敷の個室に案内してくれた。
春とはいえ夜になるとまだ肌寒い日もあり、今夜も割と冷え込んできたので、部屋は暖房が少しきいている。
「井原さん、もうできあがってるんすか?」
豪が聞いたが、少し赤ら顔の井原は、「元気がケチ臭くて、二杯にしか飲ませてくれないしさ」などと言って笑う。
「店閉めようとしたら飲ませろとか言って来てさ」
「何かあったのか?」
「うーん、まあ、何か、ちょっとあったみたいだな」
こそっと聞いてくる豪に元気は煮え切らない言い方をした。
「ドイツ語の問題なんだ!」
すると井原はまた声を張り上げた。
「ドイツ語? 井原さんしゃべれるんすか?」
豪は向かいの元気の横に座った井原に聞いた。
「何で、俺はドイツ語をやらなかったんだって話!」
井原が喚く。
「は?」
豪は元気を見たが、元気は首を横に振った。
「支離滅裂」
元気は店長お任せの料理ととりあえず日本酒を頼むと、テーブルに頬杖をついてぼんやりしている隣の井原を見た。
「響さんは何か隠してる」
井原はまた唐突に口にする。
「響さんがどうかしたんですか?」
「おい、お前、響さん、響さんて気安そうに! どういう了見だ?」
何気なく聞いた豪に、井原が突っかかる。
「いや別にどういう了見も何も………」
意味が分からず豪は元気に救いを求めたが、元気は、「さあ」というばかりだ。
料理や酒が運ばれると、元気がさり気に高校時代の話に切り替えたので、井原も少し機嫌を戻したらしく、ひとしきり昔話になって饒舌になった。
「え、江藤先生、結婚すんの?」
井原は気になる名前を耳にして、元気に聞き返した。
江藤先生とは母校出身で現在母校の司書教諭だが、K大大学院まで行った才媛で、気さくな人柄が生徒受けがよく、長い黒髪をいつも後ろできっちり束ねている、真面目な教師だ。
井原や元気が卒業する頃には二十八歳、独身だった。
「結婚っていうか、再婚?」
「え、再婚って、江藤先生、『丸一』の秀喜と結婚して別れたってこと?」
井原がそう聞くのも仕方がないかもしれない。
何せ、一時、江藤先生と『丸一』の秀喜が付き合っていると学校で噂になっていた。
『丸一』の秀喜とは、井原や元気の同級生であり、年に数回のバンド、昇り龍のドラムスで、実家は老舗旅館でその跡取り息子だが、三年の時、江藤先生に告って振られたものの、何度目かのトライでOKをもらった云々がまことしやかに広まって、江藤は校長に呼び出されて真相を聞かれたらしい。
「いや、大学行ってから秀喜と江藤先生、公にも付き合ったんだが、結局秀喜の親の反対もあって、江藤先生が見合いで結婚してから、秀喜も大学卒業してこっち戻ってきてから親の進める人と結婚したんだ」
元気の説明に、井原は少し落胆した。
「そっか、現実ってのはやっぱそううまくはいかないよな。俺ら、二人がこっそり付き合っているの応援してたのにな。ん? でも江藤先生が結婚て?」
「いや、それが、江藤先生、流産したのが原因で離婚したんだよ、一年ちょっとで」
興味津々で聞いてくる井原に、元気はちょっと眉根を寄せる。
すかさず元気に叱責されつつも井原はグラスを差し出した。
「もう一杯くれ」
「ドイツ語がどうしたって?」
とりあえずグラスに酒を注ぎ、元気は聞いた。
「あの金髪男! 俺がわからないと思ってドイツ語なんかで話しやがって! 」
「ドイツ人だったら仕方ないだろう」
「くっそおおおお!」
「喚くな!」
井原は怒鳴りつける元気もなんのそので、またグラスをゴクゴクと飲み干した。
「もう晩飯の時間だろう、家に帰らなくていいのか?」
「あ、元気、何気に俺のことウザがってるな!」
ちょっと酔いが回っているらしい。
「もう、店閉めようと思ってたんだよ」
「あ、そういやなんか、さっきの豪ってやつと約束してたよな? 飲み行くのか? クソ、お前らばっか、俺も混ぜろよ!」
迷ったものの、ここで粘られても困ると思った元気はタクシーを呼ぶと、井原連れで路傍に向かった。
豪の住む町への道路沿いにある路傍は、古民家を改造した隠れ家的居酒屋だが、元気や豪の行きつけで、友人を連れてくるならここと決めている。
旬の素材を活かした料理と美味い酒がメインではあるが、頼めば家庭料理なども作ってくれるのでそっち目当てで通う常連も多い。
「あれ、井原さん?」
豪はもう店に来ていて、元気の連れてきた井原に気づいた。
店主は気を利かせて三人を座敷の個室に案内してくれた。
春とはいえ夜になるとまだ肌寒い日もあり、今夜も割と冷え込んできたので、部屋は暖房が少しきいている。
「井原さん、もうできあがってるんすか?」
豪が聞いたが、少し赤ら顔の井原は、「元気がケチ臭くて、二杯にしか飲ませてくれないしさ」などと言って笑う。
「店閉めようとしたら飲ませろとか言って来てさ」
「何かあったのか?」
「うーん、まあ、何か、ちょっとあったみたいだな」
こそっと聞いてくる豪に元気は煮え切らない言い方をした。
「ドイツ語の問題なんだ!」
すると井原はまた声を張り上げた。
「ドイツ語? 井原さんしゃべれるんすか?」
豪は向かいの元気の横に座った井原に聞いた。
「何で、俺はドイツ語をやらなかったんだって話!」
井原が喚く。
「は?」
豪は元気を見たが、元気は首を横に振った。
「支離滅裂」
元気は店長お任せの料理ととりあえず日本酒を頼むと、テーブルに頬杖をついてぼんやりしている隣の井原を見た。
「響さんは何か隠してる」
井原はまた唐突に口にする。
「響さんがどうかしたんですか?」
「おい、お前、響さん、響さんて気安そうに! どういう了見だ?」
何気なく聞いた豪に、井原が突っかかる。
「いや別にどういう了見も何も………」
意味が分からず豪は元気に救いを求めたが、元気は、「さあ」というばかりだ。
料理や酒が運ばれると、元気がさり気に高校時代の話に切り替えたので、井原も少し機嫌を戻したらしく、ひとしきり昔話になって饒舌になった。
「え、江藤先生、結婚すんの?」
井原は気になる名前を耳にして、元気に聞き返した。
江藤先生とは母校出身で現在母校の司書教諭だが、K大大学院まで行った才媛で、気さくな人柄が生徒受けがよく、長い黒髪をいつも後ろできっちり束ねている、真面目な教師だ。
井原や元気が卒業する頃には二十八歳、独身だった。
「結婚っていうか、再婚?」
「え、再婚って、江藤先生、『丸一』の秀喜と結婚して別れたってこと?」
井原がそう聞くのも仕方がないかもしれない。
何せ、一時、江藤先生と『丸一』の秀喜が付き合っていると学校で噂になっていた。
『丸一』の秀喜とは、井原や元気の同級生であり、年に数回のバンド、昇り龍のドラムスで、実家は老舗旅館でその跡取り息子だが、三年の時、江藤先生に告って振られたものの、何度目かのトライでOKをもらった云々がまことしやかに広まって、江藤は校長に呼び出されて真相を聞かれたらしい。
「いや、大学行ってから秀喜と江藤先生、公にも付き合ったんだが、結局秀喜の親の反対もあって、江藤先生が見合いで結婚してから、秀喜も大学卒業してこっち戻ってきてから親の進める人と結婚したんだ」
元気の説明に、井原は少し落胆した。
「そっか、現実ってのはやっぱそううまくはいかないよな。俺ら、二人がこっそり付き合っているの応援してたのにな。ん? でも江藤先生が結婚て?」
「いや、それが、江藤先生、流産したのが原因で離婚したんだよ、一年ちょっとで」
興味津々で聞いてくる井原に、元気はちょっと眉根を寄せる。
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