そんなお前が好きだった

chatetlune

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そんなお前が好きだった 30

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「そうだな。ちょっと天井が低い気がするけど」
 井原は上を見上げて言った。
 確かに井原の身長だと、天井が近いかも知れないが。
「日本の住宅なんて普通こんなもんだろ。天井のことをいえば、自分ちの方がいいんじゃないか?」
 井原の家は、父親が建てた築二十年ほどの吹き抜けのある居心地のよさそうな家だ。
 ただ、井原の部屋は六畳ほどだから、手狭と言えばそうかも知れない。
「本が山積みでさ、俺の部屋、今」
 とりあえずもう一軒見ることになっていた。
 不動産屋の案内で次に向かったのは、方向的には街の逆側になるが、高校から車で約五分ほどのところに建つ、平屋の一軒家だった。
 裏は細い道を挟んでなだらかな山になっており、前と横は田畑だ。
 隣との距離がある。
 三LDKで六万、敷地は結構広く車なら余裕で三台くらいは置けるだろう破格な物件だ。
「事故物件とか?」
 井原がダイレクトに不動産屋に聞いた。
「いや、まさか。要は駅からかなり遠いし、周りが何もない、スーパーも車で何分という事情からですよ」
「ちょっとした庭もあるし、ここならそれこそ結婚しても住めるんじゃね?」
 響が言うと、井原は少し考え込むような顔をした。
「まさしく、ファミリーでももちろんOKです。リビング十六畳、洋室が三つ、ロフトつきです」
 不動産屋はまだ築五年ほどだと説明した。
「ちなみにペット可です?」
「たしかOKですよ。周りに何もないから、ワンちゃんが鳴いてもOK」
 しきりとOKを繰り返す不動産屋に、井原が、「じゃあ、ここにします」とあっさり言った。
「じゃあランチ行きましょう! お礼に奢ります!」
 不動産屋に戻り、契約金を支払い、大家に簡易ガレージ設置のことを確認してもらい、OKが出たところで、井原の提案に響も、「そういえば、腹減った」と頷いた。
「やっぱ土曜日は混んでるな」
 車をパーキングに停め、観光客がそぞろ歩く街並みをたったか歩く井原に響はついていく。
「ここ、バーガーショップなんですけど地元の牛肉使ってて、旨いって口コミ見て一度来たかったんですよ」
 元気の店と同じで外観は古い作りだが、店内はアメリカナイズされ、流れるのはどうやらAFNインターネットラジオからの音楽だ。
「何だよ、アメリカが懐かしいわけ?」
 響はちょっとからかい気味に聞いた。
「そういうんでもないんですけどね、なんか慣れてしまってて、まあそのうちこの国のいろいろにも慣れますよ。響さんはそういうのない?」
 にこにこと井原は答える。
「うーん、まあ、向こうのやたらめったら広い空間に慣れてたから、こっちに戻ってウサギ小屋的な狭さに最初は圧迫感みたいなものがあったけど、そろそろ落ち着いてきたよ」
「だって、あの離れ、結構天井高いし、広いでしょう」
「あれな。祖父も昔ロンドンに留学してたことがあったみたいで、うちを建て直す時にちょっと離れを向こうっぽくしたとか言ってた」
 祖父は粋なところがある紳士だったが、父親は見事なくらい堅物で考え方が偏っていて、二人は性格も人となりも違っていた。
 もうそんな祖父がいないことを再確認すると、響の胸中に寂しさが去来する。
「おじいさん、残念でしたね」
 井原がしみじみと言う。
「祖父は父が大学に入る頃まで、横浜で商社をやっていたらしくて、やはり親が亡くなってこちらに戻ってきたらしい。こっちに来てからは何か、東京の知人に頼まれて翻訳みたいなことをやっていたようだけど、生涯悠々自適で生きたみたいな人だったよ」
 残してくれたのはモノばかりではない。
 今でも祖父の温かい言葉が響の中にある。
「音大なんぞとバカにしていた父親に金出してもらうの嫌だった俺の想いを察して、祖父がサッサと入学金も授業料も払い込んでくれて、四年間充分に暮らせる生活費も用意してくれた。俺はそんな祖父に報いるために奨学金もらってたし」
 そんなことを話しているうちにランチのバーガーセットが運ばれた。
「げ、でかくない?」
 目の前のハンバーガーに響は気後れすら覚える。
「これしき、大丈夫ですよ」
 井原はすぐさま大きなハンバーガーにかぶりついた。
 響も一瞬迷いながらも何とかほおばった。
 ボリューム満点のポテトやサラダまで井原はガツガツと見事に平らげた。
 ソースを口元につけながら笑う井原は高校生の頃と変わりなく屈託がない。
「美味かった~」
 口に出して満足げな井原に、周りに座っていた女性陣がくすくす笑う。
「さすがにこっちのが本家より美味いっすよ、パテが違う」
「うん、確かに美味かったな」
 響も遅ればせながらセットを食べきった。
「さあて、腹ごなしにちょっとドライブしません?」
「ドライブ? どこへ?」
 響は思いもよらない展開に聞き返す。
「いやあ、もう何年振りかだから、どこへでも」
 そう言った井原は、車に乗り込むと北アルプスへと続く道を上っていく。
「おい、この車、スタッドレス履いてるのか?」
「そりゃもちろん。まだまだ上の方は雪があったりしますからね」
 さらに上がると、断崖絶壁の道を走った先に温泉がある。
「今日はちょっと時間もないけど、今度温泉巡りしましょうよ。この辺り結構たくさんありますよね」
 井原は道中、ニューヘイブンの街での生活やユニークな大学教授の話、ジャズ仲間とのライブの話などをかいつまんで話してくれた。
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