30 / 67
そんなお前が好きだった 30
しおりを挟む
「そうだな。ちょっと天井が低い気がするけど」
井原は上を見上げて言った。
確かに井原の身長だと、天井が近いかも知れないが。
「日本の住宅なんて普通こんなもんだろ。天井のことをいえば、自分ちの方がいいんじゃないか?」
井原の家は、父親が建てた築二十年ほどの吹き抜けのある居心地のよさそうな家だ。
ただ、井原の部屋は六畳ほどだから、手狭と言えばそうかも知れない。
「本が山積みでさ、俺の部屋、今」
とりあえずもう一軒見ることになっていた。
不動産屋の案内で次に向かったのは、方向的には街の逆側になるが、高校から車で約五分ほどのところに建つ、平屋の一軒家だった。
裏は細い道を挟んでなだらかな山になっており、前と横は田畑だ。
隣との距離がある。
三LDKで六万、敷地は結構広く車なら余裕で三台くらいは置けるだろう破格な物件だ。
「事故物件とか?」
井原がダイレクトに不動産屋に聞いた。
「いや、まさか。要は駅からかなり遠いし、周りが何もない、スーパーも車で何分という事情からですよ」
「ちょっとした庭もあるし、ここならそれこそ結婚しても住めるんじゃね?」
響が言うと、井原は少し考え込むような顔をした。
「まさしく、ファミリーでももちろんOKです。リビング十六畳、洋室が三つ、ロフトつきです」
不動産屋はまだ築五年ほどだと説明した。
「ちなみにペット可です?」
「たしかOKですよ。周りに何もないから、ワンちゃんが鳴いてもOK」
しきりとOKを繰り返す不動産屋に、井原が、「じゃあ、ここにします」とあっさり言った。
「じゃあランチ行きましょう! お礼に奢ります!」
不動産屋に戻り、契約金を支払い、大家に簡易ガレージ設置のことを確認してもらい、OKが出たところで、井原の提案に響も、「そういえば、腹減った」と頷いた。
「やっぱ土曜日は混んでるな」
車をパーキングに停め、観光客がそぞろ歩く街並みをたったか歩く井原に響はついていく。
「ここ、バーガーショップなんですけど地元の牛肉使ってて、旨いって口コミ見て一度来たかったんですよ」
元気の店と同じで外観は古い作りだが、店内はアメリカナイズされ、流れるのはどうやらAFNインターネットラジオからの音楽だ。
「何だよ、アメリカが懐かしいわけ?」
響はちょっとからかい気味に聞いた。
「そういうんでもないんですけどね、なんか慣れてしまってて、まあそのうちこの国のいろいろにも慣れますよ。響さんはそういうのない?」
にこにこと井原は答える。
「うーん、まあ、向こうのやたらめったら広い空間に慣れてたから、こっちに戻ってウサギ小屋的な狭さに最初は圧迫感みたいなものがあったけど、そろそろ落ち着いてきたよ」
「だって、あの離れ、結構天井高いし、広いでしょう」
「あれな。祖父も昔ロンドンに留学してたことがあったみたいで、うちを建て直す時にちょっと離れを向こうっぽくしたとか言ってた」
祖父は粋なところがある紳士だったが、父親は見事なくらい堅物で考え方が偏っていて、二人は性格も人となりも違っていた。
もうそんな祖父がいないことを再確認すると、響の胸中に寂しさが去来する。
「おじいさん、残念でしたね」
井原がしみじみと言う。
「祖父は父が大学に入る頃まで、横浜で商社をやっていたらしくて、やはり親が亡くなってこちらに戻ってきたらしい。こっちに来てからは何か、東京の知人に頼まれて翻訳みたいなことをやっていたようだけど、生涯悠々自適で生きたみたいな人だったよ」
残してくれたのはモノばかりではない。
今でも祖父の温かい言葉が響の中にある。
「音大なんぞとバカにしていた父親に金出してもらうの嫌だった俺の想いを察して、祖父がサッサと入学金も授業料も払い込んでくれて、四年間充分に暮らせる生活費も用意してくれた。俺はそんな祖父に報いるために奨学金もらってたし」
そんなことを話しているうちにランチのバーガーセットが運ばれた。
「げ、でかくない?」
目の前のハンバーガーに響は気後れすら覚える。
「これしき、大丈夫ですよ」
井原はすぐさま大きなハンバーガーにかぶりついた。
響も一瞬迷いながらも何とかほおばった。
ボリューム満点のポテトやサラダまで井原はガツガツと見事に平らげた。
ソースを口元につけながら笑う井原は高校生の頃と変わりなく屈託がない。
「美味かった~」
口に出して満足げな井原に、周りに座っていた女性陣がくすくす笑う。
「さすがにこっちのが本家より美味いっすよ、パテが違う」
「うん、確かに美味かったな」
響も遅ればせながらセットを食べきった。
「さあて、腹ごなしにちょっとドライブしません?」
「ドライブ? どこへ?」
響は思いもよらない展開に聞き返す。
「いやあ、もう何年振りかだから、どこへでも」
そう言った井原は、車に乗り込むと北アルプスへと続く道を上っていく。
「おい、この車、スタッドレス履いてるのか?」
「そりゃもちろん。まだまだ上の方は雪があったりしますからね」
さらに上がると、断崖絶壁の道を走った先に温泉がある。
「今日はちょっと時間もないけど、今度温泉巡りしましょうよ。この辺り結構たくさんありますよね」
井原は道中、ニューヘイブンの街での生活やユニークな大学教授の話、ジャズ仲間とのライブの話などをかいつまんで話してくれた。
井原は上を見上げて言った。
確かに井原の身長だと、天井が近いかも知れないが。
「日本の住宅なんて普通こんなもんだろ。天井のことをいえば、自分ちの方がいいんじゃないか?」
井原の家は、父親が建てた築二十年ほどの吹き抜けのある居心地のよさそうな家だ。
ただ、井原の部屋は六畳ほどだから、手狭と言えばそうかも知れない。
「本が山積みでさ、俺の部屋、今」
とりあえずもう一軒見ることになっていた。
不動産屋の案内で次に向かったのは、方向的には街の逆側になるが、高校から車で約五分ほどのところに建つ、平屋の一軒家だった。
裏は細い道を挟んでなだらかな山になっており、前と横は田畑だ。
隣との距離がある。
三LDKで六万、敷地は結構広く車なら余裕で三台くらいは置けるだろう破格な物件だ。
「事故物件とか?」
井原がダイレクトに不動産屋に聞いた。
「いや、まさか。要は駅からかなり遠いし、周りが何もない、スーパーも車で何分という事情からですよ」
「ちょっとした庭もあるし、ここならそれこそ結婚しても住めるんじゃね?」
響が言うと、井原は少し考え込むような顔をした。
「まさしく、ファミリーでももちろんOKです。リビング十六畳、洋室が三つ、ロフトつきです」
不動産屋はまだ築五年ほどだと説明した。
「ちなみにペット可です?」
「たしかOKですよ。周りに何もないから、ワンちゃんが鳴いてもOK」
しきりとOKを繰り返す不動産屋に、井原が、「じゃあ、ここにします」とあっさり言った。
「じゃあランチ行きましょう! お礼に奢ります!」
不動産屋に戻り、契約金を支払い、大家に簡易ガレージ設置のことを確認してもらい、OKが出たところで、井原の提案に響も、「そういえば、腹減った」と頷いた。
「やっぱ土曜日は混んでるな」
車をパーキングに停め、観光客がそぞろ歩く街並みをたったか歩く井原に響はついていく。
「ここ、バーガーショップなんですけど地元の牛肉使ってて、旨いって口コミ見て一度来たかったんですよ」
元気の店と同じで外観は古い作りだが、店内はアメリカナイズされ、流れるのはどうやらAFNインターネットラジオからの音楽だ。
「何だよ、アメリカが懐かしいわけ?」
響はちょっとからかい気味に聞いた。
「そういうんでもないんですけどね、なんか慣れてしまってて、まあそのうちこの国のいろいろにも慣れますよ。響さんはそういうのない?」
にこにこと井原は答える。
「うーん、まあ、向こうのやたらめったら広い空間に慣れてたから、こっちに戻ってウサギ小屋的な狭さに最初は圧迫感みたいなものがあったけど、そろそろ落ち着いてきたよ」
「だって、あの離れ、結構天井高いし、広いでしょう」
「あれな。祖父も昔ロンドンに留学してたことがあったみたいで、うちを建て直す時にちょっと離れを向こうっぽくしたとか言ってた」
祖父は粋なところがある紳士だったが、父親は見事なくらい堅物で考え方が偏っていて、二人は性格も人となりも違っていた。
もうそんな祖父がいないことを再確認すると、響の胸中に寂しさが去来する。
「おじいさん、残念でしたね」
井原がしみじみと言う。
「祖父は父が大学に入る頃まで、横浜で商社をやっていたらしくて、やはり親が亡くなってこちらに戻ってきたらしい。こっちに来てからは何か、東京の知人に頼まれて翻訳みたいなことをやっていたようだけど、生涯悠々自適で生きたみたいな人だったよ」
残してくれたのはモノばかりではない。
今でも祖父の温かい言葉が響の中にある。
「音大なんぞとバカにしていた父親に金出してもらうの嫌だった俺の想いを察して、祖父がサッサと入学金も授業料も払い込んでくれて、四年間充分に暮らせる生活費も用意してくれた。俺はそんな祖父に報いるために奨学金もらってたし」
そんなことを話しているうちにランチのバーガーセットが運ばれた。
「げ、でかくない?」
目の前のハンバーガーに響は気後れすら覚える。
「これしき、大丈夫ですよ」
井原はすぐさま大きなハンバーガーにかぶりついた。
響も一瞬迷いながらも何とかほおばった。
ボリューム満点のポテトやサラダまで井原はガツガツと見事に平らげた。
ソースを口元につけながら笑う井原は高校生の頃と変わりなく屈託がない。
「美味かった~」
口に出して満足げな井原に、周りに座っていた女性陣がくすくす笑う。
「さすがにこっちのが本家より美味いっすよ、パテが違う」
「うん、確かに美味かったな」
響も遅ればせながらセットを食べきった。
「さあて、腹ごなしにちょっとドライブしません?」
「ドライブ? どこへ?」
響は思いもよらない展開に聞き返す。
「いやあ、もう何年振りかだから、どこへでも」
そう言った井原は、車に乗り込むと北アルプスへと続く道を上っていく。
「おい、この車、スタッドレス履いてるのか?」
「そりゃもちろん。まだまだ上の方は雪があったりしますからね」
さらに上がると、断崖絶壁の道を走った先に温泉がある。
「今日はちょっと時間もないけど、今度温泉巡りしましょうよ。この辺り結構たくさんありますよね」
井原は道中、ニューヘイブンの街での生活やユニークな大学教授の話、ジャズ仲間とのライブの話などをかいつまんで話してくれた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

闇を照らす愛
モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。
与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。
どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。
抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。
六日の菖蒲
あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。
落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。
▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。
▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず)
▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。
▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。
▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。
▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる