そんなお前が好きだった

chatetlune

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そんなお前が好きだった 28

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 桜の開花とともに心浮き立つ日々が続いていた。
 新一年生の授業については、響も少し気合を入れて臨んだ。
 田村先生にはあれこれとレクチャーを受けていたものの、途中からバトンタッチしたクラスはなめられないようにということだけを考えていただけなのだが、存外生徒たちもすんなり馴染んでくれた。
 だが、高校生活も授業も何もかもが新鮮に映るだろう新一年生の目には、最初の授業で響の印象が決まってしまうに違いない。
 そこは先輩である東に意見を聞いたりして臨んだが、響は少しばかり緊張していた。
「なめられないように、でいんじゃないっすか? 響さん、ロンティボーで優勝したのと比べたら、なんのこっちゃないですって。あ、いや、ロンティボーなんて比べられるべくもないけど」
 どうせ芸術科目とかは、単位取得のためだけって考えてる子がほとんどだし。
 確かに、進学校では癒しの時間くらいにしか考えていない生徒が多い。
 実際響自身、一応音楽はとっていたが、高校時代も授業で音大進学に役に立つようなことはあまりないと考えていたし、田村先生には悪いが授業は自分にとっても休息のひと時でしかなかったな、と思い起こす。
 それならそれで、と肩の力を抜いて迎えた最初の授業では、年間を通してどういう授業をしていくのかをざっと説明したあと半分は、リクエストを取って、ピアノで弾いて楽しませることに費やした。
 それが功を奏したか、生徒たちには割と早く顔を覚えてもらえたと、一年生クラスの二回目の授業を終えた昼休み、響は美術室を訪ねた。
「ああ、音楽っていいですよね~、そういう手段っていうか、もちろん、響先生の手腕があってこそだけど。俺なんか、キュビズムとか説明してても後ろの方のやつら、寝てるかだべってるかで、そこで怒ったりすると拗ねて授業自体成り立たないなんてことになりかねないし」
 東は石膏像をいくつかテーブルに置きながら美術の授業の面倒くささをひとしきり語った。
「これだれ? いかついオッサン」
「ブルータス。そっちはマルス、ヘルメス、ミケランジェロ」
 次の授業に使うらしい石膏像は割と大きなものばかりで、美術室には縁がなかった響にはどれも目新しく思える。
「どこかの美術館で見たこともあるような気もするけど、これ描くの、結構大変そう」
 響は髭をたくわえたミケランジェロの像を見上げた。
「まあ、髭とかにとらわれると全体がわからなくなったりするからな」
「はあ。俺には三次元を二次元の画面に三次元に見えるように描くなんて芸当できないから。それこそセンスとか才能?」
「いやあ、描いていくうちに目を養えばある程度はできるようになりますよ。まあ、中には才能? みたいなもん持ってる子もいますけどね。残念ながら、理系志望だったり」
 東はハハハと笑う。
「そういえば、井原のヤツ、聞きました?」
 井原という名前だけで、響の中でざわめくものがある。
「何?」
「ほんとに新任かって疑われるような授業、三年相手にやって、一気に名を挙げたみたいですよ? 早速ガリレオ先生とか呼ばれちゃって」
「ガリレオ? まあ、あいつ、天文学専攻だったみたいだし」
 響は笑う。
「いや、本家ガリレオも込みかもだけど、ほら、ドラマあったでしょ? ガリレオって呼ばれてる教授が謎を解くみたいな。推理小説が原作の、人気イケメン俳優がやったやつ」
 東にそう言われても、ドラマとか小説とかには縁がなかった響にはわからない。
 歴史やそれこそ本家のガリレオについての知識なら結構あるのだが。
「わり、ドラマとか、芸能人とかはわからないな」
「いや、いいんですけどね、とにかく、イケメンで物理学ってとこが、生徒のツボにはまったみたいで」
 はあ、と東の大きな溜息の意味を響は察して苦笑する。
「そうなんだ。でもあいつ、高校時代から何かって言うと騒がれてたし、やっぱりなってとこ?」
「ですよね~、ま、俺たちはそれなりに、って、ひとくくりにしたら響先生に失礼か」
「いや、まさしくその通り。俺たちは芸術科目の講師だもんな」
 二人は力なく笑い、次の授業に備えて響もそろそろ音楽室に戻ろうとドアへ向かう。
「あ、何だよ、こんなとこにいた、響さん!」
 勢いよくドアが開いて、今まさに話していた噂の主が現れた。
「今度の土曜日、OKって言ってましたよね? 部屋見に行くの、不動産屋にアポ取ったんで」
 意気揚々と井原は宣言した。
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