25 / 67
そんなお前が好きだった 25
しおりを挟む
「携帯、ワンコかよ?」
呆れる井原に、響も携帯を突き付ける。
「にゃー助? 可愛いな」
「発言に差別がある」
井原の言葉に元気が文句をつけた。
「ってか、俺の言いたいのはだ、お前の彼女はよ? 東京在住とか?」
思い出したように井原が元気に突っ込んだ。
「いんや、この街在住」
答えたのは東だ。
「東京から元気追っかけてきて、この街に移り住んだ」
元気は渋い顔を東に向ける。
「え、じゃ、ライブの時、来てたのかよ?」
「残念ながら、仕事で東京にとんぼ返り」
井原の追求にはまた東が答える。
「お前、ちゃんと紹介しろよな、俺に」
腕組みをして何も言わない元気に井原は不服そうに言った。
「そのうちな」
元気は適当に答えてビールのジョッキを傾ける。
既に響は元気の恋人である坂之上豪には顔を合わせているが、豪は頑丈そうで気さくで明るい男で、元気にメチャ惚れしているのを隠そうともしていない。
ところが紀子の説明によると、それは元気やここの仲間たちの中だけで、世の中では無口なイケメンカメラマンとして知られているらしい。
あっけらかんとではなくとも、元気も今更隠そうという気もないのは確かだが、わざわざ公言して回ることでもないだろう。
相手がそれをどうとるかでも変わってくる。
ただでさえジェンダーギャップ指数なども低い日本で、いくら表面上はマイノリティ差別をなくそうみたいな動きがあるとしても、受け入れられるかどうかは別の話だ。
特に田舎で、父親のような頭の固い高齢者にはそれこそ異次元の話だろう。
口では差別はよくないと言っていたとしても、まさか自分の家族や子供がとかは考えていない。
以前祖父がヨーロッパ旅行のついでに響を訪ねて来てくれた時に、響はたまたまクラウスがいたので紹介したが、二人になった時、クラウスと付き合っていることを祖父には告げた。
祖父は案の定、それをきちんと受け入れてくれた。
しかし、父親にも話してくれと言うと、クラウスとこの先ずっとパートナーとして生きていくのかと逆に祖父に問われ、わからないと響は答えた。
まだわからないのなら、父親にわざわざ話すことはないだろうと祖父は言った。
だがその時、何かこみ上げてくるものがあって、響は本当はずっと井原が好きだったのだと祖父にぶちまけた。
でももう会えないのだと泣いた。
そんなに好きならいつか会えるさ、そう言って、祖父は驚きもせず、響の想いを受け止めてくれた。
父親に話すことはなくても、祖父には話したいことはまだまだあったのに。
高齢だが新しい携帯などもすぐに馴染むような人で、よくビデオ電話では話していた。
優しく思慮深く、柔軟な考えを持つ人だった。
東や紀子は何も違和感なく受け入れているようだが、井原は元気の相手が豪だと知ったら、どう思うのだろう。
いやおそらく、井原のことだ、それもありと受け入れるに違いない。
でも井原自身はどうだ?
モラトリアムの中の疑似恋愛みたいなものではなく、実際にそういった感情を男から向けられることに違和感を持たないだろうか。
明るい家族だった。
お姉さんも井原を女性にしたような、明るくて優しい感じだった。
きっと次の世代を望み、生まれる命を喜ぶだろう家族。
そんな一点の曇りもない清々しいほどの青に、ダークな鼠色を落としたくはない。
高校時代の井原が響に向けてくれた親愛の情を壊したくはなかった。
響にとって井原が初恋の相手であったとしても、それを告げて井原の笑顔がゆがむのを見たくはなかった。
だからきっぱりと響が断ち切る以外にはなかったのだ。
ブロマンスイコールラブではない。
まあまさか十年物の腐った初恋の蓋が開くとは思ってもみなかった響だが、どれだけ今の井原はあの頃の井原ではないと自分に言い聞かせても、顔を合わせているといつの間にかあの時と同じ目で今の井原を見てしまう。
いっそ早いとこ、荒川女史でも誰でもいいからくっついてくれたらいいのに。
思考がよそに飛んでいた響は、井原の笑い声で我に返った。
「東、それ、もうやめた方がいいんちゃう? お前が描いた絵をあげた途端、相手がどっか行っちまうとか、最悪じゃん。相手が今も後生大事に絵を持っているとは限らないしな」
「うるさいよ、お前みたいなモテ男に俺の苦労がわかってたまるか」
「それさ、好きでもない子に手編みのセーター贈られた男と同じじゃね? 相手の気持ちが入り込み過ぎて重いとかさ」
井原が言うと、東がウっと言葉に詰まる。
「あ、それ、俺も経験あるわ。高校ん時。バレンタインにあんまり知らない子に手編みのセーターもらっちゃって」
元気が話に割り込んだ。
「それどしたよ?」
「いや、その子の名前とか忘れたけど、それがどっかで買ったのかってくらい温かくて着心地よかったから、大学ン時まで愛用してたわ」
井原がはあと一息つく。
「お前らしいよ」
「お前こそ、いろいろもらったんじゃね?」
元気が突っ込むと、井原は、それはない、ときっぱりと否定する。
呆れる井原に、響も携帯を突き付ける。
「にゃー助? 可愛いな」
「発言に差別がある」
井原の言葉に元気が文句をつけた。
「ってか、俺の言いたいのはだ、お前の彼女はよ? 東京在住とか?」
思い出したように井原が元気に突っ込んだ。
「いんや、この街在住」
答えたのは東だ。
「東京から元気追っかけてきて、この街に移り住んだ」
元気は渋い顔を東に向ける。
「え、じゃ、ライブの時、来てたのかよ?」
「残念ながら、仕事で東京にとんぼ返り」
井原の追求にはまた東が答える。
「お前、ちゃんと紹介しろよな、俺に」
腕組みをして何も言わない元気に井原は不服そうに言った。
「そのうちな」
元気は適当に答えてビールのジョッキを傾ける。
既に響は元気の恋人である坂之上豪には顔を合わせているが、豪は頑丈そうで気さくで明るい男で、元気にメチャ惚れしているのを隠そうともしていない。
ところが紀子の説明によると、それは元気やここの仲間たちの中だけで、世の中では無口なイケメンカメラマンとして知られているらしい。
あっけらかんとではなくとも、元気も今更隠そうという気もないのは確かだが、わざわざ公言して回ることでもないだろう。
相手がそれをどうとるかでも変わってくる。
ただでさえジェンダーギャップ指数なども低い日本で、いくら表面上はマイノリティ差別をなくそうみたいな動きがあるとしても、受け入れられるかどうかは別の話だ。
特に田舎で、父親のような頭の固い高齢者にはそれこそ異次元の話だろう。
口では差別はよくないと言っていたとしても、まさか自分の家族や子供がとかは考えていない。
以前祖父がヨーロッパ旅行のついでに響を訪ねて来てくれた時に、響はたまたまクラウスがいたので紹介したが、二人になった時、クラウスと付き合っていることを祖父には告げた。
祖父は案の定、それをきちんと受け入れてくれた。
しかし、父親にも話してくれと言うと、クラウスとこの先ずっとパートナーとして生きていくのかと逆に祖父に問われ、わからないと響は答えた。
まだわからないのなら、父親にわざわざ話すことはないだろうと祖父は言った。
だがその時、何かこみ上げてくるものがあって、響は本当はずっと井原が好きだったのだと祖父にぶちまけた。
でももう会えないのだと泣いた。
そんなに好きならいつか会えるさ、そう言って、祖父は驚きもせず、響の想いを受け止めてくれた。
父親に話すことはなくても、祖父には話したいことはまだまだあったのに。
高齢だが新しい携帯などもすぐに馴染むような人で、よくビデオ電話では話していた。
優しく思慮深く、柔軟な考えを持つ人だった。
東や紀子は何も違和感なく受け入れているようだが、井原は元気の相手が豪だと知ったら、どう思うのだろう。
いやおそらく、井原のことだ、それもありと受け入れるに違いない。
でも井原自身はどうだ?
モラトリアムの中の疑似恋愛みたいなものではなく、実際にそういった感情を男から向けられることに違和感を持たないだろうか。
明るい家族だった。
お姉さんも井原を女性にしたような、明るくて優しい感じだった。
きっと次の世代を望み、生まれる命を喜ぶだろう家族。
そんな一点の曇りもない清々しいほどの青に、ダークな鼠色を落としたくはない。
高校時代の井原が響に向けてくれた親愛の情を壊したくはなかった。
響にとって井原が初恋の相手であったとしても、それを告げて井原の笑顔がゆがむのを見たくはなかった。
だからきっぱりと響が断ち切る以外にはなかったのだ。
ブロマンスイコールラブではない。
まあまさか十年物の腐った初恋の蓋が開くとは思ってもみなかった響だが、どれだけ今の井原はあの頃の井原ではないと自分に言い聞かせても、顔を合わせているといつの間にかあの時と同じ目で今の井原を見てしまう。
いっそ早いとこ、荒川女史でも誰でもいいからくっついてくれたらいいのに。
思考がよそに飛んでいた響は、井原の笑い声で我に返った。
「東、それ、もうやめた方がいいんちゃう? お前が描いた絵をあげた途端、相手がどっか行っちまうとか、最悪じゃん。相手が今も後生大事に絵を持っているとは限らないしな」
「うるさいよ、お前みたいなモテ男に俺の苦労がわかってたまるか」
「それさ、好きでもない子に手編みのセーター贈られた男と同じじゃね? 相手の気持ちが入り込み過ぎて重いとかさ」
井原が言うと、東がウっと言葉に詰まる。
「あ、それ、俺も経験あるわ。高校ん時。バレンタインにあんまり知らない子に手編みのセーターもらっちゃって」
元気が話に割り込んだ。
「それどしたよ?」
「いや、その子の名前とか忘れたけど、それがどっかで買ったのかってくらい温かくて着心地よかったから、大学ン時まで愛用してたわ」
井原がはあと一息つく。
「お前らしいよ」
「お前こそ、いろいろもらったんじゃね?」
元気が突っ込むと、井原は、それはない、ときっぱりと否定する。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
好きになるつもりなんてなかった
いちみやりょう
BL
高校から外部生として入学した学校で石平 龍介は生徒会長の親衛隊長をお願いされてしまう。
龍介はおじさんの教えで“情けは人のためならず”を思い出して引き受けてしまった。
ゲイやバイを嫌っているという噂の生徒会長。
親衛隊もさることながら親衛隊長ともなればさらに嫌われると言われたが、
人を好きになったことがない龍介は、会長のことを好きにならなければ問題ないと思っていた……。
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
【完結】終わりとはじまりの間
ビーバー父さん
BL
ノンフィクションとは言えない、フィクションです。
プロローグ的なお話として完結しました。
一生のパートナーと思っていた亮介に、子供がいると分かって別れることになった桂。
別れる理由も奇想天外なことながら、その行動も考えもおかしい亮介に心身ともに疲れるころ、
桂のクライアントである若狭に、亮介がおかしいということを同意してもらえたところから、始まりそうな関係に戸惑う桂。
この先があるのか、それとも……。
こんな思考回路と関係の奴らが実在するんですよ。
欠陥αは運命を追う
豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」
従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。
けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。
※自己解釈・自己設定有り
※R指定はほぼ無し
※アルファ(攻め)視点
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
ハッピーエンド
藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。
レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。
ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。
それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。
※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる