そんなお前が好きだった

chatetlune

文字の大きさ
上 下
21 / 67

そんなお前が好きだった 21

しおりを挟む
 ただし、有言実行で行動力があるところは、響にはマネができないかもしれないが。
 それにしても井原は全く昔と変わらずたったか勝手に約束を取り付けるし。
 まあ週末の飲み会も、今日の新任の懇親会と同様、旧交を温めるくらいのものなのだろう。
 元気や東と一緒だし、何を俺はそんなに構えているんだ。
 自分の中に、古い思いがあるだけに、現在の井原に対してまで挙動不審な態度を取ってしまうことを響は嗤う。
 寛斗の言うように、もうとっくに腐った思いなのかもしれないが、俺にとっては大切な記憶なんだよ。
 今の俺があるのはあの思いがあったからだが、もう取り出してどうこうするものでもないのだ。
 そのはずなのに、何だろう、さっき、荒川に返事をしている井原を見ていた時、ざらりとした感情が胸の中を逆なでした。
 響はそれが何なのかを追求するのをやめた。
 ステージには上がれないんだから。
 それこそ時空がゆがむ。
 ふう、と響は大きく息をついた。
 そうだ、にゃー助のおもちゃを何か買っていくか。
 響は帰りに朱莉の店に寄ることにして、音楽室を出ると鍵をかけた。
 大小のグラウンドに挟まれて校門へと続く道の両側に並ぶ桜並木を見上げると、井原が言ったように蕾がもうついているようだ。
 昨年末から今年にかけての冬はかなり厳しく、雪もそれなりに降ったが、案外早く雪解けを迎えたことからも温かいのだろう。
 サッカー部やテニス部が練習をしているのを見ると、高校生活真っ盛りだな、などと感慨深くなる。
 響は幼い頃からピアノだけをやってきたので運動部には縁がなかったが、頑なにならずに例えば寛斗のように柔軟に行動できていたら、また違った人生が待っていたかも知れない。
 もしなんて考えるだけ無駄だとわかってはいるが、眩しい高校生たちを目の当たりにしていると、つい考えてしまうのだ。
 おそらく自分の決めた道を突き進んできただろう井原なんかにしてみればきっとバカげたことに違いないが、響のように悔いが残るような人生を歩んできた者にとってはもしあの時に戻れたらと非現実的なことを思ったりする。
「あら、キョウセンセイ、いらっしゃい」
 保護猫カフェ「チョビ」を覗くとやんちゃ盛りの仔猫を抱いた朱莉が笑顔で出迎えた。
「何かぐるぐるまわるおもちゃとかありましたよね」
「ああ、こんなの?」
 重なった大中小のわっかにボールが挟まっていて、猫が手で触るとぐるぐる回る。
 ちょうどさび猫が一生懸命それで遊んでいた。
「それそれ。にゃー助が留守番してる時退屈かと思って」
「あ、最後の一つありました」
 ほかにも何かないかと見ていると、ドアが開いて寛斗が入ってきた。
「あら、寛斗。どうしたの、今日は」
「クラスに猫欲しいってやつがいて、にゃじら、まだいる?」
「変な名前つけないでよ。いるわよ」
「週末見に来るっていってたから」
 姉弟の会話を横で聞きながら、響は縦型の爪とぎを一つ手に取った。
「にゃー助、甘やかされてるな」
 寛斗が響の買い物を見て言った。
「猫は甘やかしてなんぼだろ」
 実際は前に買ったおもちゃはもう飽きてしまったらしく、ご機嫌を取るのはなかなか難しい。
「そういやお前、何か最近俺に何か怒ってる?」
「はあ?」
「ここんとこぶすっつらしか見てないぞ」
 すると寛斗は途端にぶすっつらになる。
「別にあんたに怒ってるわけじゃないよ」
「そんな顔して言われてもな」
 朱莉はおもちゃや爪とぎの入った袋を響に渡しながら、「気にしなくても大丈夫です。ちょっとしたことですぐ拗ねる子だから」と笑う。
「朱莉みたいな能天気にはわからねぇ、いろいろがあるの」
「誰が能天気よ!」
 いつもの言い争いを始めた姉弟を見て、響は「じゃ、また寄ります」と袋を抱えて店を出た。
 可愛い猫たちが思い思いに遊んでいるのが外からも見えるが、猫はただ見ていた時より飼ってみるともっと可愛く見えてしまうから不思議だ。
 日中留守の時もう一匹いればにゃー助も寂しくないかもなどと考えて、まあそれは自分の仕事が落ち着いてから考えようと、響は踵を返す。
 離れのドアを開けると、ペットゲートの向こうににゃー助がちょこなんと座って待っていた。
 ペットゲートはいつぞやにゃー助が飛び出して真夜中探し回ったのを機に、レッスンの生徒も出入りするので、朱莉の店で頼んで寛斗が取り付けてくれたものだ。
「お腹すいたろ、今ごはんやるからな」
 自分の食事はどうでも猫にはきっちり食べさせている。
 寝室のドアにはペットドアも取り付けた。
 冬にドアを開けておくのは寒すぎるし、なるべくにゃー助の動き回れる範囲を狭めたくはない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

キミの次に愛してる

Motoki
BL
社会人×高校生。 たった1人の家族である姉の由美を亡くした浩次は、姉の結婚相手、裕文と同居を続けている。 裕文の世話になり続ける事に遠慮する浩次は、大学受験を諦めて就職しようとするが……。 姉への愛と義兄への想いに悩む、ちょっぴり切ないほのぼのBL。

好きか?嫌いか?

秋元智也
BL
ある日、女子に振られてやけくそになって自分の運命の相手を 怪しげな老婆に占ってもらう。 そこで身近にいると宣言されて、虹色の玉を渡された。 眺めていると、後ろからぶつけられ慌てて掴むつもりが飲み込んでしまう。 翌朝、目覚めると触れた人の心の声が聞こえるようになっていた! クラスでいつもつっかかってくる奴の声を悪戯するつもりで聞いてみると なんと…!! そして、運命の人とは…!?

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

始まりの、バレンタイン

茉莉花 香乃
BL
幼馴染の智子に、バレンタインのチョコを渡す時一緒に来てと頼まれた。その相手は俺の好きな人だった。目の前で自分の好きな相手に告白するなんて…… 他サイトにも公開しています

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

記憶喪失のふりをしたら後輩が恋人を名乗り出た

キトー
BL
【BLです】 「俺と秋さんは恋人同士です!」「そうなの!?」  無気力でめんどくさがり屋な大学生、露田秋は交通事故に遭い一時的に記憶喪失になったがすぐに記憶を取り戻す。  そんな最中、大学の後輩である天杉夏から見舞いに来ると連絡があり、秋はほんの悪戯心で夏に記憶喪失のふりを続けたら、突然夏が手を握り「俺と秋さんは恋人同士です」と言ってきた。  もちろんそんな事実は無く、何の冗談だと啞然としている間にあれよあれよと話が進められてしまう。  記憶喪失が嘘だと明かすタイミングを逃してしまった秋は、流れ流され夏と同棲まで始めてしまうが案外夏との恋人生活は居心地が良い。  一方では、夏も秋を騙している罪悪感を抱えて悩むものの、一度手に入れた大切な人を手放す気はなくてあの手この手で秋を甘やかす。  あまり深く考えずにまぁ良いかと騙され続ける受けと、騙している事に罪悪感を持ちながらも必死に受けを繋ぎ止めようとする攻めのコメディ寄りの話です。 【主人公にだけ甘い後輩✕無気力な流され大学生】  反応いただけるととても喜びます!誤字報告もありがたいです。  ノベルアップ+、小説家になろうにも掲載中。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

噛痕に思う

阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。 ✿オメガバースもの掌編二本作。 (『ride』は2021年3月28日に追加します)

処理中です...