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そんなお前が好きだった 21
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ただし、有言実行で行動力があるところは、響にはマネができないかもしれないが。
それにしても井原は全く昔と変わらずたったか勝手に約束を取り付けるし。
まあ週末の飲み会も、今日の新任の懇親会と同様、旧交を温めるくらいのものなのだろう。
元気や東と一緒だし、何を俺はそんなに構えているんだ。
自分の中に、古い思いがあるだけに、現在の井原に対してまで挙動不審な態度を取ってしまうことを響は嗤う。
寛斗の言うように、もうとっくに腐った思いなのかもしれないが、俺にとっては大切な記憶なんだよ。
今の俺があるのはあの思いがあったからだが、もう取り出してどうこうするものでもないのだ。
そのはずなのに、何だろう、さっき、荒川に返事をしている井原を見ていた時、ざらりとした感情が胸の中を逆なでした。
響はそれが何なのかを追求するのをやめた。
ステージには上がれないんだから。
それこそ時空がゆがむ。
ふう、と響は大きく息をついた。
そうだ、にゃー助のおもちゃを何か買っていくか。
響は帰りに朱莉の店に寄ることにして、音楽室を出ると鍵をかけた。
大小のグラウンドに挟まれて校門へと続く道の両側に並ぶ桜並木を見上げると、井原が言ったように蕾がもうついているようだ。
昨年末から今年にかけての冬はかなり厳しく、雪もそれなりに降ったが、案外早く雪解けを迎えたことからも温かいのだろう。
サッカー部やテニス部が練習をしているのを見ると、高校生活真っ盛りだな、などと感慨深くなる。
響は幼い頃からピアノだけをやってきたので運動部には縁がなかったが、頑なにならずに例えば寛斗のように柔軟に行動できていたら、また違った人生が待っていたかも知れない。
もしなんて考えるだけ無駄だとわかってはいるが、眩しい高校生たちを目の当たりにしていると、つい考えてしまうのだ。
おそらく自分の決めた道を突き進んできただろう井原なんかにしてみればきっとバカげたことに違いないが、響のように悔いが残るような人生を歩んできた者にとってはもしあの時に戻れたらと非現実的なことを思ったりする。
「あら、キョウセンセイ、いらっしゃい」
保護猫カフェ「チョビ」を覗くとやんちゃ盛りの仔猫を抱いた朱莉が笑顔で出迎えた。
「何かぐるぐるまわるおもちゃとかありましたよね」
「ああ、こんなの?」
重なった大中小のわっかにボールが挟まっていて、猫が手で触るとぐるぐる回る。
ちょうどさび猫が一生懸命それで遊んでいた。
「それそれ。にゃー助が留守番してる時退屈かと思って」
「あ、最後の一つありました」
ほかにも何かないかと見ていると、ドアが開いて寛斗が入ってきた。
「あら、寛斗。どうしたの、今日は」
「クラスに猫欲しいってやつがいて、にゃじら、まだいる?」
「変な名前つけないでよ。いるわよ」
「週末見に来るっていってたから」
姉弟の会話を横で聞きながら、響は縦型の爪とぎを一つ手に取った。
「にゃー助、甘やかされてるな」
寛斗が響の買い物を見て言った。
「猫は甘やかしてなんぼだろ」
実際は前に買ったおもちゃはもう飽きてしまったらしく、ご機嫌を取るのはなかなか難しい。
「そういやお前、何か最近俺に何か怒ってる?」
「はあ?」
「ここんとこぶすっつらしか見てないぞ」
すると寛斗は途端にぶすっつらになる。
「別にあんたに怒ってるわけじゃないよ」
「そんな顔して言われてもな」
朱莉はおもちゃや爪とぎの入った袋を響に渡しながら、「気にしなくても大丈夫です。ちょっとしたことですぐ拗ねる子だから」と笑う。
「朱莉みたいな能天気にはわからねぇ、いろいろがあるの」
「誰が能天気よ!」
いつもの言い争いを始めた姉弟を見て、響は「じゃ、また寄ります」と袋を抱えて店を出た。
可愛い猫たちが思い思いに遊んでいるのが外からも見えるが、猫はただ見ていた時より飼ってみるともっと可愛く見えてしまうから不思議だ。
日中留守の時もう一匹いればにゃー助も寂しくないかもなどと考えて、まあそれは自分の仕事が落ち着いてから考えようと、響は踵を返す。
離れのドアを開けると、ペットゲートの向こうににゃー助がちょこなんと座って待っていた。
ペットゲートはいつぞやにゃー助が飛び出して真夜中探し回ったのを機に、レッスンの生徒も出入りするので、朱莉の店で頼んで寛斗が取り付けてくれたものだ。
「お腹すいたろ、今ごはんやるからな」
自分の食事はどうでも猫にはきっちり食べさせている。
寝室のドアにはペットドアも取り付けた。
冬にドアを開けておくのは寒すぎるし、なるべくにゃー助の動き回れる範囲を狭めたくはない。
それにしても井原は全く昔と変わらずたったか勝手に約束を取り付けるし。
まあ週末の飲み会も、今日の新任の懇親会と同様、旧交を温めるくらいのものなのだろう。
元気や東と一緒だし、何を俺はそんなに構えているんだ。
自分の中に、古い思いがあるだけに、現在の井原に対してまで挙動不審な態度を取ってしまうことを響は嗤う。
寛斗の言うように、もうとっくに腐った思いなのかもしれないが、俺にとっては大切な記憶なんだよ。
今の俺があるのはあの思いがあったからだが、もう取り出してどうこうするものでもないのだ。
そのはずなのに、何だろう、さっき、荒川に返事をしている井原を見ていた時、ざらりとした感情が胸の中を逆なでした。
響はそれが何なのかを追求するのをやめた。
ステージには上がれないんだから。
それこそ時空がゆがむ。
ふう、と響は大きく息をついた。
そうだ、にゃー助のおもちゃを何か買っていくか。
響は帰りに朱莉の店に寄ることにして、音楽室を出ると鍵をかけた。
大小のグラウンドに挟まれて校門へと続く道の両側に並ぶ桜並木を見上げると、井原が言ったように蕾がもうついているようだ。
昨年末から今年にかけての冬はかなり厳しく、雪もそれなりに降ったが、案外早く雪解けを迎えたことからも温かいのだろう。
サッカー部やテニス部が練習をしているのを見ると、高校生活真っ盛りだな、などと感慨深くなる。
響は幼い頃からピアノだけをやってきたので運動部には縁がなかったが、頑なにならずに例えば寛斗のように柔軟に行動できていたら、また違った人生が待っていたかも知れない。
もしなんて考えるだけ無駄だとわかってはいるが、眩しい高校生たちを目の当たりにしていると、つい考えてしまうのだ。
おそらく自分の決めた道を突き進んできただろう井原なんかにしてみればきっとバカげたことに違いないが、響のように悔いが残るような人生を歩んできた者にとってはもしあの時に戻れたらと非現実的なことを思ったりする。
「あら、キョウセンセイ、いらっしゃい」
保護猫カフェ「チョビ」を覗くとやんちゃ盛りの仔猫を抱いた朱莉が笑顔で出迎えた。
「何かぐるぐるまわるおもちゃとかありましたよね」
「ああ、こんなの?」
重なった大中小のわっかにボールが挟まっていて、猫が手で触るとぐるぐる回る。
ちょうどさび猫が一生懸命それで遊んでいた。
「それそれ。にゃー助が留守番してる時退屈かと思って」
「あ、最後の一つありました」
ほかにも何かないかと見ていると、ドアが開いて寛斗が入ってきた。
「あら、寛斗。どうしたの、今日は」
「クラスに猫欲しいってやつがいて、にゃじら、まだいる?」
「変な名前つけないでよ。いるわよ」
「週末見に来るっていってたから」
姉弟の会話を横で聞きながら、響は縦型の爪とぎを一つ手に取った。
「にゃー助、甘やかされてるな」
寛斗が響の買い物を見て言った。
「猫は甘やかしてなんぼだろ」
実際は前に買ったおもちゃはもう飽きてしまったらしく、ご機嫌を取るのはなかなか難しい。
「そういやお前、何か最近俺に何か怒ってる?」
「はあ?」
「ここんとこぶすっつらしか見てないぞ」
すると寛斗は途端にぶすっつらになる。
「別にあんたに怒ってるわけじゃないよ」
「そんな顔して言われてもな」
朱莉はおもちゃや爪とぎの入った袋を響に渡しながら、「気にしなくても大丈夫です。ちょっとしたことですぐ拗ねる子だから」と笑う。
「朱莉みたいな能天気にはわからねぇ、いろいろがあるの」
「誰が能天気よ!」
いつもの言い争いを始めた姉弟を見て、響は「じゃ、また寄ります」と袋を抱えて店を出た。
可愛い猫たちが思い思いに遊んでいるのが外からも見えるが、猫はただ見ていた時より飼ってみるともっと可愛く見えてしまうから不思議だ。
日中留守の時もう一匹いればにゃー助も寂しくないかもなどと考えて、まあそれは自分の仕事が落ち着いてから考えようと、響は踵を返す。
離れのドアを開けると、ペットゲートの向こうににゃー助がちょこなんと座って待っていた。
ペットゲートはいつぞやにゃー助が飛び出して真夜中探し回ったのを機に、レッスンの生徒も出入りするので、朱莉の店で頼んで寛斗が取り付けてくれたものだ。
「お腹すいたろ、今ごはんやるからな」
自分の食事はどうでも猫にはきっちり食べさせている。
寝室のドアにはペットドアも取り付けた。
冬にドアを開けておくのは寒すぎるし、なるべくにゃー助の動き回れる範囲を狭めたくはない。
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