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そんなお前が好きだった 19
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薄曇りの空の下、上級生と新入生の対面式や生徒会からの報告や注意事項が行われたあと、今年も講堂で行われた部活紹介は盛況に終わった。
「桜、そろそろ蕾がついてきてるね」
ピアノの鍵盤をポンポンといじっていた井原が立ち上がって窓辺に立った。
「今年はなんか温かいから、開花も早そうだ」
部活紹介の日から一週間ほど経ち、今日は音楽部のミーティングがある日なので、掃除が終わったら瀬戸川をはじめ部員たちがやってくる。
響は、早速音楽コンクールに申し込みを決めた音楽部の演目のスコアを確認していた。
「よかったよな、音楽部ダントツで。新入生五人も確保したって? ヴァイオリンの子は本格的だし、チェロの瀬戸川も堂に入ってるし、ピアノとフルートはそこそこでも、アニメ曲とクラシックの選曲もなかなかよかった」
井原は携帯の画面を響に見せながら、部活紹介の際の音楽部はコンサートのようだったと終わってすぐからわがことのように毎日よかったよかったと繰り返していた。
音楽部のコンサートの模様はいつの間にかSNSで拡散している。
「五人って言ったって、男子二人は他の部とかけもちでどうみても瀬戸川目当て、後の三人の女子は寛斗目当て。果たして本腰入れて続ける気があるのかどうか」
響は腕組みをしてうーんと口にする。
「医学部志望が二人いてしかも合格間違いなしの瀬戸川が看板だからな。瀬戸川なかなかきりっとした美人だし」
うんうんと井原が隣で頷いた。
「ってか、井原センセ、こんなとこいていいのかよ。天文部の顧問になったんだろ? 今日部活あるんじゃないのか?」
「ああ、いいのいいの。天文部なんて最近できたはいいけど、部員数三名のインテリ集団だから、任せておけば大丈夫。あとでちょこっと顔出しすれば」
入学式以来、暇を見てはしょっちゅう音楽室にやってくる井原の顔を響は怪訝な顔で見上げた。
元気の店で再会して、井原とはまるであの高校時代の続きのように言葉を交わし、一緒の時間を共有している。
先週末に井原の歓迎ライブとばかりに元気の店はライブハウスさながらに、ロックにジャズにジャンルを問わず大盛り上がりだった。
元気が「昇り龍」と称して年末に行うライブのメンツで、元気のギターに合わせて井原がロックをシャウトすれば、井原の割と本格的なジャズボーカルに無理やり響がキーボードをやらされたりと、どの曲もプロはだしで観客は大満足で何度もアンコールがかかった。
観客といってもほとんどが仲間たちや、元気のファンらが中心だったが、寛斗や瀬戸川、志田、榎ら音楽部の生徒の他に、荒川や田中といった赴任したばかりの教員の姿もあって、狭い店内は一杯になった。
中でも生まれはサンフランシスコで、大学時代に二年ほどまた同じ町に留学していたという、美人でネイティブな英語を話す荒川希美は男子生徒の間でもたちまち注目の人となっていた。
ただし彼女は雰囲気も行動も積極的で井原に取り入ろうとするのを隠そうともしていなかった。
男子にはもてはやされていたが、ライブの夜、そんな荒川をあまりよく思っていなかったのが紀子と瀬戸川だ。
「あたしを見なさいよって感じの女、好きじゃないのよね、あたし」
「同意です」
しきりと英語交じりで井原に話しかけている荒川に目をやりながら、紀子の発言に瀬戸川が大きく頷いた。
たまたま傍にいた響はくすりと笑う。
「でも気になる人がいたらアピールして近づくんじゃないの? 今時の子は」
「やだ、キョーセンセ、今時の子はとか、年より臭いこと言わないでください」
響がボソリと言った途端、瀬戸川に突っ込まれた。
いや充分年寄りなんじゃないのか、君らより十も上だし。
だが、井原が音楽室に来ると、井原を追いかけるように荒川がやってきたことがあった。
「音楽部の活動中なんですけど」と瀬戸川が睨み付けた。
「先生、お邪魔しちゃダメみたいですよ」
荒川は瀬戸川を軽くいなすと、井原の腕を掴んで音楽室を出て行った。
音楽部の活動は毎日というわけではなく火曜日と木曜日と決まっているのだが、それ以外の日も個人で自由に練習できることになっていた。
非常勤の響だが、授業は月曜から金曜まで一コマか二コマくらいずつ毎日あるため、結局毎日来ていた。
音楽準備室に講師の机があるので、基本そこに詰めている。
また準備室には、アプリを使った演奏や曲作りができるように高性能のパソコンも置いてある。
自分の仕事は自分のタブレットを広げてやっているが、たまにそちらのパソコンでアプリを使うこともある。
「こんなの、昔はなかったよな」
そう言って井原も早速そのパソコンをいじっていた。
「井原先生、あんた、天文部の顧問だろ?」
やがて生徒たちがやってきたが、井原をみとめた寛斗が文句を言った。
「固いこと言わないの。俺もと音楽部長だったんだぞ」
井原はとっておきの笑顔を見せる。
「桜、そろそろ蕾がついてきてるね」
ピアノの鍵盤をポンポンといじっていた井原が立ち上がって窓辺に立った。
「今年はなんか温かいから、開花も早そうだ」
部活紹介の日から一週間ほど経ち、今日は音楽部のミーティングがある日なので、掃除が終わったら瀬戸川をはじめ部員たちがやってくる。
響は、早速音楽コンクールに申し込みを決めた音楽部の演目のスコアを確認していた。
「よかったよな、音楽部ダントツで。新入生五人も確保したって? ヴァイオリンの子は本格的だし、チェロの瀬戸川も堂に入ってるし、ピアノとフルートはそこそこでも、アニメ曲とクラシックの選曲もなかなかよかった」
井原は携帯の画面を響に見せながら、部活紹介の際の音楽部はコンサートのようだったと終わってすぐからわがことのように毎日よかったよかったと繰り返していた。
音楽部のコンサートの模様はいつの間にかSNSで拡散している。
「五人って言ったって、男子二人は他の部とかけもちでどうみても瀬戸川目当て、後の三人の女子は寛斗目当て。果たして本腰入れて続ける気があるのかどうか」
響は腕組みをしてうーんと口にする。
「医学部志望が二人いてしかも合格間違いなしの瀬戸川が看板だからな。瀬戸川なかなかきりっとした美人だし」
うんうんと井原が隣で頷いた。
「ってか、井原センセ、こんなとこいていいのかよ。天文部の顧問になったんだろ? 今日部活あるんじゃないのか?」
「ああ、いいのいいの。天文部なんて最近できたはいいけど、部員数三名のインテリ集団だから、任せておけば大丈夫。あとでちょこっと顔出しすれば」
入学式以来、暇を見てはしょっちゅう音楽室にやってくる井原の顔を響は怪訝な顔で見上げた。
元気の店で再会して、井原とはまるであの高校時代の続きのように言葉を交わし、一緒の時間を共有している。
先週末に井原の歓迎ライブとばかりに元気の店はライブハウスさながらに、ロックにジャズにジャンルを問わず大盛り上がりだった。
元気が「昇り龍」と称して年末に行うライブのメンツで、元気のギターに合わせて井原がロックをシャウトすれば、井原の割と本格的なジャズボーカルに無理やり響がキーボードをやらされたりと、どの曲もプロはだしで観客は大満足で何度もアンコールがかかった。
観客といってもほとんどが仲間たちや、元気のファンらが中心だったが、寛斗や瀬戸川、志田、榎ら音楽部の生徒の他に、荒川や田中といった赴任したばかりの教員の姿もあって、狭い店内は一杯になった。
中でも生まれはサンフランシスコで、大学時代に二年ほどまた同じ町に留学していたという、美人でネイティブな英語を話す荒川希美は男子生徒の間でもたちまち注目の人となっていた。
ただし彼女は雰囲気も行動も積極的で井原に取り入ろうとするのを隠そうともしていなかった。
男子にはもてはやされていたが、ライブの夜、そんな荒川をあまりよく思っていなかったのが紀子と瀬戸川だ。
「あたしを見なさいよって感じの女、好きじゃないのよね、あたし」
「同意です」
しきりと英語交じりで井原に話しかけている荒川に目をやりながら、紀子の発言に瀬戸川が大きく頷いた。
たまたま傍にいた響はくすりと笑う。
「でも気になる人がいたらアピールして近づくんじゃないの? 今時の子は」
「やだ、キョーセンセ、今時の子はとか、年より臭いこと言わないでください」
響がボソリと言った途端、瀬戸川に突っ込まれた。
いや充分年寄りなんじゃないのか、君らより十も上だし。
だが、井原が音楽室に来ると、井原を追いかけるように荒川がやってきたことがあった。
「音楽部の活動中なんですけど」と瀬戸川が睨み付けた。
「先生、お邪魔しちゃダメみたいですよ」
荒川は瀬戸川を軽くいなすと、井原の腕を掴んで音楽室を出て行った。
音楽部の活動は毎日というわけではなく火曜日と木曜日と決まっているのだが、それ以外の日も個人で自由に練習できることになっていた。
非常勤の響だが、授業は月曜から金曜まで一コマか二コマくらいずつ毎日あるため、結局毎日来ていた。
音楽準備室に講師の机があるので、基本そこに詰めている。
また準備室には、アプリを使った演奏や曲作りができるように高性能のパソコンも置いてある。
自分の仕事は自分のタブレットを広げてやっているが、たまにそちらのパソコンでアプリを使うこともある。
「こんなの、昔はなかったよな」
そう言って井原も早速そのパソコンをいじっていた。
「井原先生、あんた、天文部の顧問だろ?」
やがて生徒たちがやってきたが、井原をみとめた寛斗が文句を言った。
「固いこと言わないの。俺もと音楽部長だったんだぞ」
井原はとっておきの笑顔を見せる。
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