そんなお前が好きだった

chatetlune

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そんなお前が好きだった 17

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 響はふと、そうだった、あいつの周りっていつも笑いが絶えなかったな、などと井原を見つめて思う。
「キョーちゃん! 今夜、にゃー助の爪、切りに行くから」
 唐突に寛斗は立ち上がってそういうと、レジで紀子にコーヒー代を払い、ドアを開けた。
 そしておもむろに振り返り、井原を睨み付けてから出て行った。
「何だ、あいつ。にゃー助の爪とか、今夜じゃなくても………」
 響がつぶやくと、「何か寛斗ってば感じワル! やたら井原先生にからんで、マウントとか百年早いわよ!」と琴美が出て行った寛斗に向かって怒る。
「にゃー助って? 猫、いるの?」
 すかさず井原が響に聞いてくる。
「あ、ああ。寛斗のお姉さんがやってる保護猫カフェでもらってきた」
「かわいいよね~!」
 琴美がテーブルの上の響の携帯を取って、にゃー助の写真を井原に見せる。
「お、可愛い! さわりてえ、もふもふ!」
「長毛じゃないんだけど、微妙に毛が長くて手触りはいいぞ」
 にゃー助のことになると、響もつい顔をほころばせてしまう。
 今では猫がいなかった時が信じられないくらい、にゃー助中心に人生がまわっている。
「井原先生も猫好きなんですか?」
「俺は犬派かつ猫派かつウサギ派かつハム派!」
「やだ何それ~」
「今までうちにいたやつら全部派」
 井原はワハハと笑う。
 琴美も元気や東も紀子も笑っている。
 響もつられて笑う。
 そうだった。
 そんな笑顔が好きだった。
 お前の思い切りのいい笑顔は、晴天の空のように清々しかった。
 変わらないんだな、そんなところは。
 何だか、あの頃に戻ったような気がして、響はふわりと胸に温かいものを感じた。
「にしたって、寛斗、大丈夫なんでしょうね。なんか上の空で聴いてたけど。ピアノがちゃんと合わせてくれないと、成り立たないんだけど」
 不安そうな琴美の声に、響は現実に舞い戻る。
「あいつ、そこそこ器用に弾くんだけど、気分屋だからな」
 サッカー部長としての部活紹介はここ数年と変わらず、一人ひとり紹介していくだけで、武骨なだけのものなので、部員数が圧倒的に足りない音楽部に片足を突っ込んでいる寛斗がピアノが弾けるというだけで、先日一度合わせたきりだ。
 それでもリズム感もあるし指も動いているので、他のパーツとしっかり合わせてくれれば問題ないはずだ。
 だが、今日の寛斗は妙にイラついているようで、話もそこそこにしか聞いていない感じだった。
「あいつ、キョーちゃんフリークだから、キョーちゃんがいればちゃんとやってくれると思ったのに」
 琴美が口を尖らせる。
「何だよ、それは」
 さほど意味はないのだろうが。
「今夜、にゃー助の爪切りに行った時、キョーセンセ、あいつにガツンと言ってやってよ。やる気がないんなら来なくていいって。あいつ、キョーちゃんに見放されたら大変だと思って、きっちりやると思うから」
 さらに琴美は微妙なニュアンスの発言をする。
「あ、まあ、ちゃんと言っておくよ。そんな大仰な話じゃないと思うけど」
 すると琴美は、はあ、と一つ溜息をついた。
「やっぱ、キョーセンセと寛斗じゃ、温度差があるよね。とりあえず、今夜、お願いします! あたしにとっては高校生活最後の音楽部なんで」
 琴美は拳を握って一つ頷くと、お先に失礼します、と店を出て行った。
「彼女、気合入っているっつうか、熱量がこっちまで来てたよ。音大志望なの?」
 井原が聞いてきた。
「瀬戸川? いや、医学部志望」
「いがくぶ? んで、音楽部に精魂込めてて大丈夫なのかよ?」
「さっきのナマイキな寛斗も彼女も親が医者で、寛斗はまあ、浪人覚悟だけど、瀬戸川は全国模試でも大抵上位入ってるから盤石なんだよ」
 響の説明に井原は思わず出口を振り返った。
「え、すげ」
「勉強の合間にチェロを弾くのが気分転換になって、効率的なんだと。ま、俺にはそんなマネ到底できない」
 感心しきりで響が口にすると井原が笑った。
「響さん、何だか雰囲気柔らかくなった?」
「は?」
 いきなりそんなことを言われて井原が見つめてくると、響は軌道修正が効かなくなって、頬が赤らんでしまった。
「急に変なこと言うなよ」
「変なことなんか言ってないっしょ? 前はなんかヤマアラシみたいに尖ってたから」
「誰がヤマアラシだよ」
 だが、昔は誰も寄せ付けない感じでいたのは確かだ。
 だから誰も近づいてこなかったのに、こいつだけ別だった。
 変なヤツ。
「いんじゃないっすか? 生徒にも慕われて、俺も負けてられないな」
 真面目な顔で言う井原に響は苦笑いする。
「音楽部は今、絶滅寸前だから瀬戸川も必至なだけだろ。非常勤講師だから担任とかないし、気楽なもんだ」
 変わったと言えばそうかもしれない。
 ヨハンのバカのお陰でコンクールに出損ねて、何か、全てがバカらしくなってしまった。
 音楽が嫌いになるとかではないけれど、コンクールに命燃やすとかはもういいやと思ったのだ。
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