そんなお前が好きだった

chatetlune

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そんなお前が好きだった 15

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 結局一晩井原の家に厄介になったのだが、知らぬうちに井原の母親が響の家に連絡を入れてくれていて、携帯には祖父から、明日ちゃんと戻っておいで、とラインが入っていた。
 そんなこともあったな。
 井原の家で、響が散々、クソババアとこき下ろした祖母は、音大に進学した年の冬に亡くなった。
 響にとってはあまり可愛がってもらった記憶もなく、涙するような感慨もない祖母ではあったが、母親であり妻であった父親や祖父にとっては大事な存在だったのだろうと、今となっては思うこともある。
 響にとって祖父がとても大切な存在であったように。
 要はガキだったんだろう、俺が。
 妙なことを思い出してしまった。
「まあ、祖父が離れに防音対策取ってくれたから、父親とは多少折り合い悪くてもゲンキンに実家にいるよ。おまけにちょっと増築なんかしたから、元を取るまではいないとな。晩飯の時間ずらしてるからほぼ顔を合わせることもないし」
「へえ……」
 続けて何か井原が言おうとしたのを遮るように、「この店も防音にしてるって?」と響は元気に話の矛先を向けた。
「ああそう。オヤジが亡くなって、俺が店をやることにした時、ライブとかやるのにやっぱ防音措置しとかないと右隣り近いし。結構な出費だったけど、母親がオヤジの保険金ポンと出してくれたから、それこそ元取るまで店やらないとな」
 元気は一人真面目な顔で頷く。
「そうか。俺んち、周り畑や雑木林だから、楽器鳴らしても周りは平気なんだけどさ、夜中にガンガンやったら、オヤジおふくろ姉貴が怒鳴り込んできた」
 井原がハハハと苦笑いする。
「バアカ、一番ヤバいだろ、それ。家ではヘッドホンでやれ」
 呆れた顔で元気はカップやソーサを拭いている。
「そうだ、週末、皆でライブやるんですよ。響さんももちろん参加しますよね?」
 隣から断定的な物言いで、井原が響を見つめた。
「え、いや………」
 土曜の夜は自分のための時間を取りたいと、基本レッスンは入れないようにしている。
 そのことは元気にも話してあるし、狙ったように土曜の夜だ、言い訳のしようがない。
「こいつのジャズボーカル、聞いて損はないですよ」
 元気が念を押した。
 そんなことを言われると、断ることもできなくなる。
 流されやすい典型だな、俺って。
「ああ、こんなとこにいた、キョーセンセ! 井原先生もいる!」
 声を大にして入ってきた琴美の後ろから、ひょろっと背の高さを強調するように頭を下げて寛斗まで店に入ってきた。
「何度も電話したのに! 明後日の部活紹介の演奏のことで」
「わり……、式の時、携帯切ったまんまだったわ」
 響はポケットから携帯を取り出して電源を入れると、何度か琴美からと寛斗から電話が入っていた。
 それにあと、知らない番号が三回鳴らしている。
「ん? 誰だろ、これ」
「あ、それ、俺です。瀬戸川から響さんの番号聞いて。式終わって探しても響さんいないし」
 口に出した響に答えたのは井原だった。
 響は顔を上げて井原を見たが、「あ、そ……」としか言葉が出てこなかった。
 井原はあの、約束のことを忘れたか、或いは対して気にしていなかったか、どちらかなのだ。
「響さん、大学卒業したら、この大銀杏の下で逢おうよ。きっかり四年後の今」
 響の卒業式で井原は勝手にそんな約束を取り付けた。
 約束を破った響の方が、いつまでもグチグチと覚えていただけなのだ。
 それにしたって、井原の電話もシャットアウトして、しつこくくれていた手紙にも一切返事も書かなかった響に、どうして何でもなかったみたいに、話しかけるんだ。
 いや、やっぱもうとっくの昔のことなんだし、井原も今更そんなガキの頃のことなんか蒸し返したりしないだろう。
 教師として戻ってきた母校で、たまたま俺が講師なんかしてたから、同僚としてとりあえず付き合っていきましょう、ということだ。
 井原からの手紙がどんなに響を勇気づけ、むしろ響の支えになっていたかなど、井原は知る由もない。
 今でも大切にしまってあるとか、そんなこと知ったらきっと引くぞ。
「キョーセンセってば! 聞いてる?」
 かなり怒り心頭の琴美が響の顔を覗き込んだ。
「ああ、もちろん」
 他へ意識をとばしていた響は、慌てて取り繕った。
 先日志田のヴァイオリンをみんなで聴かせてもらったが、音大を目指しているだけあって技術もしっかりしているし、高校の部活とはレベルが違うが、志田は皆と一緒に演奏するのが高校での醍醐味だとか達観していて逆に面白い。
 結局、ピアノとヴァイオリン、チェロとフルートのアンサンブルを演目に選んだ。
 クラリネットの榎はフルートもやっているので任せたのだが、音はまあ出ている。
 意外なのは、前任者田村に懇願され田村がまた復帰するまで続ければというつもりで引き受けた講師だが、こうして生徒たちと音楽に携わっていることが楽しいと感じていることだ。
 教えているというより一緒に音楽をつくっているという感覚が響には新鮮だ。
「どうしたんだ、寛斗」
 瀬戸川や寛斗と大テーブルの方に移り、スコアを広げてさっきから瀬戸川の意見を聞いていたのだが、みんながおおよそ納得したところで響は寛斗をみた。
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