そんなお前が好きだった

chatetlune

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そんなお前が好きだった 14

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「ほお? 向こうでそんなバリバリやってたのに、何だってこんな田舎町に戻って教員だよ」
 香しい香りを漂わせるコーヒーを、元気は響の隣に陣取った井原の前に置いた。
「この年になると、やっぱ親のこともな。姉貴が結婚して北海道行っちまったし、オヤジがちょっと入院したりでさ」
「え、どうなんだよ、オヤジさん」
「いやもう、退院したし。帰ってみれば元気なもんで、騙されたって感じ」
「フン、もう遅いわ、全校生徒の前でタンカきってきたんだろ?」
「タンカ切るかよ!」
 同級生の元気と井原は、今も変わらず気の置けない仲間という雰囲気だ。
 響は井原の横で何やら浮足立って、とっととこの場を離れたかった。
 ただ、井原がいきなり隣に座るから、店を出るタイミングを逃してしまったのだ。
「響さん、珈琲お代わりいかがです?」
 元気に聞かれて、「ああ、もう俺は……」帰ろう、と言おうとした響を遮るように、「そうだ、あれ、ハーブティ、めっちゃうまいんですよ」とまた唐突に井原が響の顔を覗き込む。
「ああ、響さん、なんかお疲れのようだから、俺の自慢のカモミールティ、飲んでみてくださいよ」
「え………」
 いらないとも言えず、また流されているのを感じながらも、響はやはりどうも落ち着かない。
 そうだよ、こいつのお陰でもう十年分の疲れがどっと出ちまったじゃないか。
「それで? 親のことも考えて戻ってきたってからには、もしかアメリカ人女子連れてきたとか?」
 響としてはあまり聞きたくもない、だがやはり避けては通れない話題を元気は井原にふった。
「残念ながら、んなもんいねえよ。俺は親のためにとかで決めるつもりはないし」
「ほお?? 向こうに残してきたってか? 彼女の一人や二人いたんだろ?」
「お前には負けるけどな。大学ン時のお前の携帯、どんだけ女の名前が並んでたよ?」
 だよな。
 いないわけないだろ。
 今更、俺、何を期待してんだか。
 響は自分を嗤う。
 そうか、大学時代も二人は付き合いがあったんだな。
「響さんも笑ってるぞ。お前の無節操さを」
 井原は響が笑ったのを曲解して元気にあてこすった。
「俺はこっちに戻ってきてからすっぱり足洗ったから」
 すまして言う元気に「ほんとかよ」と井原は疑惑の目を向ける。
「まあ一応、今は一人に絞ってるみたいですよ?」
 紀子が口を挟んだ。
「へえ? 何だそうなのか? 紹介しろよな」
「まあ、ぼちぼちな」
 元気は何食わぬ顔でカモミールティを響に差し出した。
「響さんも知ってる? 元気の相手」
 カップから立ち上る少し甘いようなまろやかな香りを楽しんでいた響を、井原がまた急に振り返った。
「え、ああ、まあ」
 響は曖昧に答える。
「ふーん、何か悔しいぞ!」
 腕組みをして眉を顰める井原を見て元気が笑う。
「響さんも、親のことを考えて戻ってきたくち?」
 さり気なく、井原は響に問いかけた。
「いや、俺は、祖父の葬儀を機に一端戻ってきただけで、そしたら田村先生が俺がいるのを嗅ぎ付けて、講師やれとかって。先生、しばらく病気療養中だし、成り行きで引き受けさせられて」
 まったくもって、流される人生だな。
「お前のとこと違って、俺、父親とは昔から折り合い悪いし」
「ああ……」
 井原はそれ以上聞かなかった。
 あれは高校二年の冬だった。
 母がこっそりご飯を上げていた庭に来る野良猫に、石を投げている祖母を見て、響は咄嗟にその腕を捩じ上げた。
 途端、祖母はバランスを崩して縁側に倒れ込んだ。
 たまたま日曜日だったために家にいて、その様子を見ていた父親が、響を殴り倒した。
 言葉ではきついことを言う父親だが、手を挙げたのはその時が初めてだった。
 だが、響は一層この二人に憎悪の念を抱いた。
「あんたたちが結託してお母さんをこのうちから追い出したんだ。俺のことも追い出したいんだろ? 言われなくても出て行ってやるよ!」
 それこそタンカを切って、後先考えずに響は家を飛び出した。
 カッカきて飛び出したので、財布ももたず、セーターだけでコートも羽織っていないのに、外は雪が強くなり始めていた。
 しばらく歩いているうちに頭も冷やされ、腹も減り、行く当てすらなく途方にくれていた。
 携帯だけはポケットに入っていたが、生憎、泊めてくれなどと言えるような友人の一人もいないのだ。
 どうしよう、と思いつつもとぼとぼ歩いていると、向こうから知った顔がやってくる。
「あれ、響さん、今、俺、映画借りてきたから響さんとこちょうど行こうと思ってたんですよ」
 時々井原は、響の家の、響が使っている離れへ勝手にやってきて、一緒に映画を見たりしていたのだが、その時はどれほど井原が頼もしく思えたことか。
 だが、井原は響の顔を見て、何か察したようだ。
「今日は俺ンち、行きませんか?」
 井原の両親は、まさしく井原の親、という感じの終始ニコニコしている穏やかな人たちだった。
 初めて井原が連れてきた響に興味津々で、ケーキやお菓子やコーヒーなどを持って井原の部屋に来て、響の頬の腫れを氷で冷やしたりと、かいがいしく世話を焼いてくれたのが結婚して北海道に行ったという井原の姉だった。
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