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そんなお前が好きだった 6
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「どこ見て蹴ってんだよ! 部長のくせに」
三島寛斗はこの春三年生になるが、開業医の息子の宿命で理系クラスにいる。
お調子者的なところがあるが、陽気で人気者だ。
「んなこと言ったってさ、こっち飛んじゃったんだもーん」
「何が、もーん、だ。とっととこの惨状、片付けろよ? 音楽部員きたら怖えぞ」
「へーい、おい、皆、とっとときて片付けろってよ」
すると音楽室の前で待っていたらしいサッカー部員がわらわらと掃除用具を持って入ってきて、片付け始めた。
「おい、ガラス、気をつけろよ」
一応非常勤とはいえ、響も教師の端くれなので、生徒がケガなどしないように監督しなくてはならない。
「ヒロ、ガラス弁償、きっついな。ご愁傷様」
同学年の唐沢功が寛斗を揶揄した。
しょっちゅうつるんでいる寛斗の相棒といったところか。
「部活中だからサッカー部の連帯責任に決まってるだろ」
「バカ言え、弱小サッカー部にそんな予算あるわきゃないだろ?」
かつては強かったこともあったが、ここ数年、地区大会でも散々な成績で部の存続すら危ういこともあった。
以前はコーチもいたのだが、今はコーチを雇う余裕もなく、サッカーのこともよく知らない化学教師が顧問だ。
「キョーちゃあん!」
でかい図体の寛斗がすがるような目を響に向けた。
「俺を見たって、何の解決にもならないぞ」
「そこを何とか! にゃー助が取り持つ仲じゃん、俺たち」
今度は両手を合わせて拝み始める。
「やめろ! 俺は仏様じゃない!」
にゃー助が取り持つ関係は事実でもあった。
「あ、こら! 猫、猫、捕まえて!」
昨年秋祖父の葬儀が終わってから、響が久々街をブラついていた時のことだ。
通りかかった店から猫が飛び出してきた。
猫を追いかけて女性も一人飛び出してきた。
響は思わずコートで猫が駆けだそうとしたところを阻んだ。
猫はぎゃぎゃっと暴れたが、運よく爪がコートに引っかかったので、響はコートごと猫を捕まえた。
「あああ、よかった! すみません、この子、元気過ぎて、前にもうっかり飛び出しちゃって、探すのに半日かかったこともあったりしたんですよ」
髪を振り乱した女性は化粧っ気もないが、元の造作がいいのか、笑顔がきれいな美人だった。
「おーっと田吾作、連行されたか!? たすかったあ」
奥からぬっと現れて猫を受け取った大柄な青年は、まだ幼さの残る顔をしていた。
「あ、よかったら、休んでいかれません? お礼にお茶を入れますから」
「あ、いや、俺は……」
といっているうちに、「遠慮せずに、どうぞどうぞ」と女性は半強制的に響を店内に押し入れた。
入り口は二重ドアになっていて、中に入ると色々な猫たちが思い思いの場所で寛いでいたり、おもちゃで遊んでいたりした。
さらに奥のドアを開けると、そこは喫茶店になっていた。
「ありがとうございました」
香しい紅茶を出してくれた女性は塚本朱莉と名乗り、大柄の青年は弟の寛斗だと紹介された。
「この子たち、保護猫なんです。猫と親しんでもらってあわよくば里親になってもらおうという目論みでこの店を開いたんですけど」
猫たちがいるスペースはガラス張りになっていて、外からも、喫茶室の方からも猫の様子が見えるようになっている。
そういえば母親も庭に来る猫にキャットフードをあげてたな、と響は子供の頃のことを思い出した。
祖母が生き物が嫌いで飼うことができなかったが、響も庭で遊ぶ猫たちとは馴染みになっていた。
ふと見ると、先ほど脱走を試みた猫がガラス越しにこちらを見ていた。
短毛でもなく長毛というまでもない、グレータービーの雑種らしいが、くりくりした目が可愛いかった。
「あいつ、お客さんのこと気に入ったんじゃないすか? どうです? あいつの里親になりませんか?」
いきなり寛斗が傍に来て言った。
「は?」
「ヒロってば、失礼でしょ、藪から棒に!」
「ほら、ゴマスリアウモタショウノエンとかいうじゃないですか」
寛斗は、そう言ったかと思うと、先ほどの猫を抱いて戻ってきた。
「ちょっとお、ゴマスリとかって、ヒロ、慣用句もまともに言えないで、マジで医学部なんか目指すつもりなの?」
「まあまあ、固いこと言いっこなし」
はい、と唐突に猫を差し出された響はついその子を抱いてしまった。
「あら、おとなしい」
「おっ、田吾作、この人に決めたか?」
朱莉がちょっと驚いたように見つめ、寛斗はニヤニヤと笑った。
祖父の葬儀に乗じて帰郷した響は、また袖すり合ったのを機に猫を飼うことになってしまった。
朱莉の夫は近くでペットクリニックを開業していて、猫たちの健康管理は怠らないのだと説明された。
寛斗は高二で、三島医院の息子だということもわかった。
三島医院といえば代々医師の家系で、響もよく知っていた。
「もううちは上の姉貴が医学部行ってるから、ついでに行くだけだから」
などと寛斗はへらっと笑う。
三島寛斗はこの春三年生になるが、開業医の息子の宿命で理系クラスにいる。
お調子者的なところがあるが、陽気で人気者だ。
「んなこと言ったってさ、こっち飛んじゃったんだもーん」
「何が、もーん、だ。とっととこの惨状、片付けろよ? 音楽部員きたら怖えぞ」
「へーい、おい、皆、とっとときて片付けろってよ」
すると音楽室の前で待っていたらしいサッカー部員がわらわらと掃除用具を持って入ってきて、片付け始めた。
「おい、ガラス、気をつけろよ」
一応非常勤とはいえ、響も教師の端くれなので、生徒がケガなどしないように監督しなくてはならない。
「ヒロ、ガラス弁償、きっついな。ご愁傷様」
同学年の唐沢功が寛斗を揶揄した。
しょっちゅうつるんでいる寛斗の相棒といったところか。
「部活中だからサッカー部の連帯責任に決まってるだろ」
「バカ言え、弱小サッカー部にそんな予算あるわきゃないだろ?」
かつては強かったこともあったが、ここ数年、地区大会でも散々な成績で部の存続すら危ういこともあった。
以前はコーチもいたのだが、今はコーチを雇う余裕もなく、サッカーのこともよく知らない化学教師が顧問だ。
「キョーちゃあん!」
でかい図体の寛斗がすがるような目を響に向けた。
「俺を見たって、何の解決にもならないぞ」
「そこを何とか! にゃー助が取り持つ仲じゃん、俺たち」
今度は両手を合わせて拝み始める。
「やめろ! 俺は仏様じゃない!」
にゃー助が取り持つ関係は事実でもあった。
「あ、こら! 猫、猫、捕まえて!」
昨年秋祖父の葬儀が終わってから、響が久々街をブラついていた時のことだ。
通りかかった店から猫が飛び出してきた。
猫を追いかけて女性も一人飛び出してきた。
響は思わずコートで猫が駆けだそうとしたところを阻んだ。
猫はぎゃぎゃっと暴れたが、運よく爪がコートに引っかかったので、響はコートごと猫を捕まえた。
「あああ、よかった! すみません、この子、元気過ぎて、前にもうっかり飛び出しちゃって、探すのに半日かかったこともあったりしたんですよ」
髪を振り乱した女性は化粧っ気もないが、元の造作がいいのか、笑顔がきれいな美人だった。
「おーっと田吾作、連行されたか!? たすかったあ」
奥からぬっと現れて猫を受け取った大柄な青年は、まだ幼さの残る顔をしていた。
「あ、よかったら、休んでいかれません? お礼にお茶を入れますから」
「あ、いや、俺は……」
といっているうちに、「遠慮せずに、どうぞどうぞ」と女性は半強制的に響を店内に押し入れた。
入り口は二重ドアになっていて、中に入ると色々な猫たちが思い思いの場所で寛いでいたり、おもちゃで遊んでいたりした。
さらに奥のドアを開けると、そこは喫茶店になっていた。
「ありがとうございました」
香しい紅茶を出してくれた女性は塚本朱莉と名乗り、大柄の青年は弟の寛斗だと紹介された。
「この子たち、保護猫なんです。猫と親しんでもらってあわよくば里親になってもらおうという目論みでこの店を開いたんですけど」
猫たちがいるスペースはガラス張りになっていて、外からも、喫茶室の方からも猫の様子が見えるようになっている。
そういえば母親も庭に来る猫にキャットフードをあげてたな、と響は子供の頃のことを思い出した。
祖母が生き物が嫌いで飼うことができなかったが、響も庭で遊ぶ猫たちとは馴染みになっていた。
ふと見ると、先ほど脱走を試みた猫がガラス越しにこちらを見ていた。
短毛でもなく長毛というまでもない、グレータービーの雑種らしいが、くりくりした目が可愛いかった。
「あいつ、お客さんのこと気に入ったんじゃないすか? どうです? あいつの里親になりませんか?」
いきなり寛斗が傍に来て言った。
「は?」
「ヒロってば、失礼でしょ、藪から棒に!」
「ほら、ゴマスリアウモタショウノエンとかいうじゃないですか」
寛斗は、そう言ったかと思うと、先ほどの猫を抱いて戻ってきた。
「ちょっとお、ゴマスリとかって、ヒロ、慣用句もまともに言えないで、マジで医学部なんか目指すつもりなの?」
「まあまあ、固いこと言いっこなし」
はい、と唐突に猫を差し出された響はついその子を抱いてしまった。
「あら、おとなしい」
「おっ、田吾作、この人に決めたか?」
朱莉がちょっと驚いたように見つめ、寛斗はニヤニヤと笑った。
祖父の葬儀に乗じて帰郷した響は、また袖すり合ったのを機に猫を飼うことになってしまった。
朱莉の夫は近くでペットクリニックを開業していて、猫たちの健康管理は怠らないのだと説明された。
寛斗は高二で、三島医院の息子だということもわかった。
三島医院といえば代々医師の家系で、響もよく知っていた。
「もううちは上の姉貴が医学部行ってるから、ついでに行くだけだから」
などと寛斗はへらっと笑う。
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