夢のつづき

chatetlune

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夢のつづき 7

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 思案に余る良太にその答えがもたらされたのは数日後のことだった。
「せっかく、スケジュールあいたから旅行行こうと思ってたのに、工藤さんが入れたんだって、わけのわからない小さい仕事いろいろ。それも、地方まわりみたいな仕事ばっか」
 疲れたぁ、とアスカは入ってくるなり早速文句を言う。
 中川アスカ、青山プロダクションの看板俳優である。
 社長の工藤が、例え縁を切っているにせよ、広域指定暴力団中山会会長の甥という出自の関係もあって、青山プロダクションに自ら席を置くとすれば、社員もタレントも、わけあり、な人間がほとんどだ。
 何せいくら社員募集をかけたところで、工藤の事情を聞くと九十九%回れ右で帰っていくわけで。
 そこへいくと、テレビ局と合同でオーディションをかけた南沢奈々以外では、ただミステリー作家小林千雪が好きで、その原作を映画化したという理由だけで事務所に入るなどというのは、このアスカくらいだろう。
 ツワモノといっていいかもしれない。
 かつては業界で鬼の工藤と呼ばれて恐れられた工藤がどんな雷を落とそうが、さほど身にしみたためしがない。
「賢次郎? さあ、知らないわよ。何? それ」
 ひょっとしてアスカなら知っているかもと、良太は「賢次郎」という名前に心あたりはないかとたずねてみた。
「いえ、別に。いいんです。忘れてください」
「賢次郎って……どっかで……なんか、そう、芽久の元彼の名前がそんなんじゃなかったっけ」
 さすが、カンのいいアスカである。
 良太が口にするなら、芽久に関係した男の名前だと、記憶に照らし合わせたのだろう。
「岸賢次郎。昔アクトプロモーションに所属していた俳優だよ。障害沙汰で事務所を首になった後、しばらく音沙汰なかったが、近年小さい演劇集団に加わっていたらしい」
 そばから詳細な答えを返したのは、アスカのマネージャーを務める秋山である。
「さすが、業界の歩くコンピューターね、秋山さん。そうそう、戦隊物かなんかで確かイケメン俳優とかって騒がれてたこともあったっけ。その頃、ちょこっと芽久つきあってたみたいだけど、芽久は工藤さんに夢中になっちゃって、その彼はお払い箱。障害沙汰って、確か芽久に振られて酔ってどっかの店で暴れたってやつでしょ。馬鹿なヤツよねぇ、せっかく波に乗りかけてたってのに」
 良太の中で、賢次郎という男がなぜ二人につきまとっているのかという、疑問が簡単に解消した。
「その岸賢次郎がどうかした?」
 こっちもさすがに鋭い秋山だ。
 良太がなぜそんな男の話を持ち出したのか気になったのだろう。
「いや、芽久さんの噂でちょっと小耳に挟んだので」
 何かあるんだろう、という目で秋山は良太を睨んだが、良太はあえてそらした。
 おそらく工藤は内々に自分で方をつけるつもりに違いない。
 多分、芽久のことも考えて。
「でもまたやばいことになったらどうすんだよ」
 良太は小田に相談する決心をした。
 工藤に知れたら勝手なことをするなと怒るだろうけど。

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