夢のつづき

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夢のつづき 4

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 ACT  2


 ANAの最終便で札幌には何とか着いたものの、すぐに吹雪になった。
「まったく、三月だぞ! 気象庁は何してるんだ!」
 ついこの間もイラつきながらこの空港を歩いた記憶までが蘇えり、この際、どうしようもないことだとわかってはいてもどこかに怒りをぶつけたくもなるというものだ。
 MBCテレビと大手広告代理店が絡んだドラマだが、昔の工藤ならとっくに降ろしているだろう下手糞な若手タレントを主役に置いたろくでもないものだ、と工藤は心の中では思っていた。
 本来なら引き受けないであろう仕事を工藤は古い知り合いのディレクターのつてであえて受けたのだ。
 引き受けた以上、ヒットさせる。
 それが工藤の局時代からのやり方だ。
 この際、文句は言っていられない。
 猪野の二の舞を出すのはごめんなのだ。
 工藤に仕事の依頼を受けた事務所の中には、電話口で涙ながらに頭を下げているだろうようすが伝わってくるところもあった。
 自分はそんな頭を下げてもらうような聖人君子でも何でもないが、できることはやりたい。
 それだけだ。
 ホテルの部屋に入ったときは既に夜中の三時を過ぎていた。
 予約を忘れていたので、適当なビジネスに部屋を取った。
 狭い部屋に辿り着くと、工藤はそのままベッドにひっくり返る。
 フライトの途中から、少しからだが熱っぽい気がしていた。
 良太が聞いたらそれみたことかと言いそうだ。
 まったく、あんなことを言うつもりはなかったのだが。
 オフィスのドア越しに藤堂と笑っている良太を見て、つい苛ついたのだ。
 俺はガキか。
 工藤はひとつ大きく息をつくと、ロビーあたりにドリンク剤でもないかとエレベータで降りる。
 自販機でドリンク剤を買った時、ちょうどフロントマンがいたので、何か薬はないかと聞くと、案外親切に薬を探してくれた。
 ドリンク剤と薬が効いたのか、朝起きて汗をシャワーで流すと少しすっきりした。
『ちゃんとまともに食事しないからだ』
 良太の声が聞こえてきそうで、工藤はホテルで無理やり朝食を取った。
 ロケ地に赴くと、凍えるような寒さの中、撮影が始まった。
「ど素人を使うなら、せめて台詞の丸暗記くらいさせておけ!」
 こき下ろされたマネージャは思わず首を竦める。
「ど素人にリテイクなしでやれとは言わない。リテイクってのは前より良くなるってのが前提だ。前より後退するってのはどういう了見だ! 周りの先輩俳優に学芸会の片棒を担がせるくらいならちょっとでもおつむを使って考えたらどうだ!」
 主役に据えられた若手タレントは、工藤が頭ごなしに怒鳴りつけるのを、唇を噛んで神妙に聞いていた。
 そんな工藤を何様だというように反発するスタッフもいたが、次のカットで即OKが出ると、何も言えなくなるのだ。
 工藤にしてもここのところのイライラが積み重なっていた上に、あり得ない芝居を目の当たりにして、つい雷を落としてしまった。
 昔と違って今の若者は打たれ弱いから、追い詰めるようなやり方はどうたらという考え方が蔓延しているが、工藤の中では、その程度で追いつめられるくらいなら俳優なんぞできないからやめてしまえ、なのは今も昔も変わらない。
 お願いしてやってもらうような代物ではないのだ。
 良太に未だに坂口なんかまでが役者をやらないかなどと言っていたが、良太ならやらせればそこそこやっただろうことは、工藤にはよくわかっている。
 さらにこのぽっとでの役者の下手糞さを見せられた日には、坂口でなくとも良太がもしここにいたら、お前がやれとでも言いたくなるというものだ。
 それでもど素人はど素人なりに若干気合も入ったのか、午前中のカットは何とか撮り終えた。
 ディレクターの石田とは周知の仲だが、工藤より少し若い、前へ前へとチャレンジしていくタイプの男で、昼は近くの喫茶店に入り、撮影シーンについて意見をやり取りしながら石田が勝手に頼んだ大盛りカレーを工藤も食べる羽目になった。
 無理にでもカレーを食べてよかったと思ったのは、夕刻に近くなるにつれて半端ない寒さに見舞われたからだ。
 さすがに北海道だと、思い直すまでもなく辺りは吹雪いてきた。
 そんな寒さも後押ししたのか、午後はリテイクも少なく陽が落ちる寸前に撮影は何とか終了した。
「今日はありがとうございました。大丈夫ですか? 工藤さん、なんか目が潤んでるし、風邪でしょう? 俺の移したかも」
 やっと終わったかと思いつつ、しばしぼんやり突っ立っていた工藤は、目の前にハイ、と風邪用のドリンク剤を差し出されて少し面食らう。
 ドリンク剤をくれたのは、今日一日、ああでもないこうでもないと怒鳴りつけたその本人で、本谷和正、今人気上昇中の有名プロダクション所属タレントだった。
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