17 / 19
Tea Time 17
しおりを挟む
「幸也さん……」
セキュリティチェックを通過していたらもう遅い。
「幸也さん…!」
もう一度知らず知らずに声に出したとき、ふっと目を上げたそこに振り返った顔。
えっというその目が勝浩を捕らえ、次にはスーツに身を包み、セカンドバッグを手にチェックインを待っていた幸也が駆け寄ってくるまでそう時間がかからなかった。
「どうした? 勝浩?! 何で……?」
「……い…やだ……行っちゃ……いや……!」
搾り出すように口にする言葉とともにくっきりとした黒目がちな目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「ちょ………おい……勝浩………」
おろおろと慌てた幸也は勝浩の肩を抱いて、周りの好奇の目から守るように窓際へと誘う。
「ごめんなさい……俺………謝りたくて……俺、捻くれてるし、幸也さんに悪態ばっかついて……でも、急に何も言わずに会えなくなっちゃうなんて……そんなの……ないじゃないですか!」
精一杯の思いをぶちまける勝浩の顔を幸也は覗き込む。
「あ……いや………ごめん……俺こそ悪かった、だから勝浩、ちょっと落ち着いて……な?」
唇をかみ締め、涙をためた眼差しにじっと見つめられた幸也はうっと唸ると、思わずバッグを落として勝浩を抱きしめ、うっかりキスしそうになるのを寸前で我慢する。
「いや、ほんとに悪かった……ガキみたいにつまんないことでタケやら七海やらにヤキモチ妬いて……そこへじいさんから呼び出し食らってさ、オペラにつき合えって。ちょっと頭冷やしたかったから、来週戻ったら、もちょっと大人になってお前に会いに行こうって思ってたんだが」
「え………? 来週……? 留学するんじゃ……」
「留学? いや俺オペラで留学するつもりはないけど? ま、いいや、オペラなんてあんまし得意じゃないからさ、行くのやめた。帰ろ、勝浩」
しばしの間、幸也を見つめていた勝浩は、「………じゃ、おじいさまとオペラ鑑賞のために?」とたずねる。
「そ。タケのヤツも誘われたくせに、取材だとかでパスしやがって。あ、ひょっとしてタケにからかわれた? 俺が留学するとかって」
幸也はにやにやと涙目の勝浩を見る。
「勝浩が駆けつけてくれただけで、もう外野はどうでもいいや」
「ダメです!」
さあ帰ろうと勝浩を促そうとした幸也は、きょとんと勝浩を見つめる。
「おじいさまが待ってらっしゃるんでしょう? 行ってください。速く!」
さっき泣いたカラスが何とやら、勝浩は逆に幸也をチェックインカウンターへと腕を引っ張っていく。
「おい、勝浩……」
「それに、今やめたらチケットが無駄になります!」
「勝浩ぉ~、それって可愛くないぞ~」
「すみませんね、可愛くなんかなくて」
幸也はフフッと笑う。
「可愛くないとこがまた可愛いんだけど」
「何……ゆってんです」
途端、勝浩の耳の辺りから赤くなっていくのを見て幸也はまたしても抱きしめたくなるが、そこをじっと堪える。
「じゃあ、オペラ終わったら即帰ってくる」
「ちゃんとおじいさま孝行してきてください。でも……ちゃんと戻ってきてください」
消え入るような声で勝浩はつけ加える。
「ああ、ちゃんと勝浩のとこに戻るから」
ふいに幸也が耳元で囁いたので、思わず勝浩の心臓が跳ね上がる。
「万一飛行機墜ちても、俺は戻るから」
幸也の唇が掠めるように通り過ぎる。
「縁起でもないこと言わないでください!」
「着いたら電話する!」
笑いながら幸也はチェックインカウンターを通って手を振った。
夜七時になる前に、ユウと勝浩はいつものようにゆっくりと散歩から戻ってきた。
Tシャツにパーカーを羽織っているだけではちょっと寒い夜である。
大きな月が夜道を明るく照らし出している。
あの日、ウイーンに発つ幸也を見送った時に、留学ではなくオペラを聴きに行くだけだと聞かされてほっとしたはずなのに、その数日間ですらが長く思ってしまった。
早く帰ってきてほしい、今度は本当にちゃんと幸也と向き合いたい言葉を交わしたいと切実に思った勝浩だったが、ウイーンに着くなり早速幸也からビデオコールが来た。
それからここはどこだ、オペラを待ってるところだ、終わったところだと逐一自分入りの画像や動画と共にラインが来る。
日本時間の夜には必ず電話が入り、まるですぐ近くにいるような錯覚さえ覚えたほどだ。
お陰で会えない時間が寂しいかもしれないという杞憂は吹っ飛んでしまった。
「あ、こら、待てってば、ユウ」
部屋に近づくと俄かに走り出したユウに引っ張られて、垣根続きの軽い木戸を押したときだ、青い影が石畳に落ちている。
勝浩ははっとしてユウのリードを手繰り寄せようとするが、ユウは吠えようともしない。
「よう」
「え………」
何か言う間もあらばこそ、勝浩はいきなり抱きしめられる。
「幸也…さん?」
「ちゃんと帰ってきたぜ」
「お帰り……なさ……」
ユウのリードを握り締めたまま、またしても勝浩の言葉は幸也の唇に吸い取られる。
セキュリティチェックを通過していたらもう遅い。
「幸也さん…!」
もう一度知らず知らずに声に出したとき、ふっと目を上げたそこに振り返った顔。
えっというその目が勝浩を捕らえ、次にはスーツに身を包み、セカンドバッグを手にチェックインを待っていた幸也が駆け寄ってくるまでそう時間がかからなかった。
「どうした? 勝浩?! 何で……?」
「……い…やだ……行っちゃ……いや……!」
搾り出すように口にする言葉とともにくっきりとした黒目がちな目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「ちょ………おい……勝浩………」
おろおろと慌てた幸也は勝浩の肩を抱いて、周りの好奇の目から守るように窓際へと誘う。
「ごめんなさい……俺………謝りたくて……俺、捻くれてるし、幸也さんに悪態ばっかついて……でも、急に何も言わずに会えなくなっちゃうなんて……そんなの……ないじゃないですか!」
精一杯の思いをぶちまける勝浩の顔を幸也は覗き込む。
「あ……いや………ごめん……俺こそ悪かった、だから勝浩、ちょっと落ち着いて……な?」
唇をかみ締め、涙をためた眼差しにじっと見つめられた幸也はうっと唸ると、思わずバッグを落として勝浩を抱きしめ、うっかりキスしそうになるのを寸前で我慢する。
「いや、ほんとに悪かった……ガキみたいにつまんないことでタケやら七海やらにヤキモチ妬いて……そこへじいさんから呼び出し食らってさ、オペラにつき合えって。ちょっと頭冷やしたかったから、来週戻ったら、もちょっと大人になってお前に会いに行こうって思ってたんだが」
「え………? 来週……? 留学するんじゃ……」
「留学? いや俺オペラで留学するつもりはないけど? ま、いいや、オペラなんてあんまし得意じゃないからさ、行くのやめた。帰ろ、勝浩」
しばしの間、幸也を見つめていた勝浩は、「………じゃ、おじいさまとオペラ鑑賞のために?」とたずねる。
「そ。タケのヤツも誘われたくせに、取材だとかでパスしやがって。あ、ひょっとしてタケにからかわれた? 俺が留学するとかって」
幸也はにやにやと涙目の勝浩を見る。
「勝浩が駆けつけてくれただけで、もう外野はどうでもいいや」
「ダメです!」
さあ帰ろうと勝浩を促そうとした幸也は、きょとんと勝浩を見つめる。
「おじいさまが待ってらっしゃるんでしょう? 行ってください。速く!」
さっき泣いたカラスが何とやら、勝浩は逆に幸也をチェックインカウンターへと腕を引っ張っていく。
「おい、勝浩……」
「それに、今やめたらチケットが無駄になります!」
「勝浩ぉ~、それって可愛くないぞ~」
「すみませんね、可愛くなんかなくて」
幸也はフフッと笑う。
「可愛くないとこがまた可愛いんだけど」
「何……ゆってんです」
途端、勝浩の耳の辺りから赤くなっていくのを見て幸也はまたしても抱きしめたくなるが、そこをじっと堪える。
「じゃあ、オペラ終わったら即帰ってくる」
「ちゃんとおじいさま孝行してきてください。でも……ちゃんと戻ってきてください」
消え入るような声で勝浩はつけ加える。
「ああ、ちゃんと勝浩のとこに戻るから」
ふいに幸也が耳元で囁いたので、思わず勝浩の心臓が跳ね上がる。
「万一飛行機墜ちても、俺は戻るから」
幸也の唇が掠めるように通り過ぎる。
「縁起でもないこと言わないでください!」
「着いたら電話する!」
笑いながら幸也はチェックインカウンターを通って手を振った。
夜七時になる前に、ユウと勝浩はいつものようにゆっくりと散歩から戻ってきた。
Tシャツにパーカーを羽織っているだけではちょっと寒い夜である。
大きな月が夜道を明るく照らし出している。
あの日、ウイーンに発つ幸也を見送った時に、留学ではなくオペラを聴きに行くだけだと聞かされてほっとしたはずなのに、その数日間ですらが長く思ってしまった。
早く帰ってきてほしい、今度は本当にちゃんと幸也と向き合いたい言葉を交わしたいと切実に思った勝浩だったが、ウイーンに着くなり早速幸也からビデオコールが来た。
それからここはどこだ、オペラを待ってるところだ、終わったところだと逐一自分入りの画像や動画と共にラインが来る。
日本時間の夜には必ず電話が入り、まるですぐ近くにいるような錯覚さえ覚えたほどだ。
お陰で会えない時間が寂しいかもしれないという杞憂は吹っ飛んでしまった。
「あ、こら、待てってば、ユウ」
部屋に近づくと俄かに走り出したユウに引っ張られて、垣根続きの軽い木戸を押したときだ、青い影が石畳に落ちている。
勝浩ははっとしてユウのリードを手繰り寄せようとするが、ユウは吠えようともしない。
「よう」
「え………」
何か言う間もあらばこそ、勝浩はいきなり抱きしめられる。
「幸也…さん?」
「ちゃんと帰ってきたぜ」
「お帰り……なさ……」
ユウのリードを握り締めたまま、またしても勝浩の言葉は幸也の唇に吸い取られる。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
幸せな復讐
志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。
明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。
だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。
でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。
君に捨てられた僕の恋の行方は……
それぞれの新生活を意識して書きました。
よろしくお願いします。
fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした
月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。
人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。
高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。
一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。
はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。
次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。
――僕は、敦貴が好きなんだ。
自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。
エブリスタ様にも掲載しています(完結済)
エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位
◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。
応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。
『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる