Tea Time

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Tea Time 16

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   ACT 4


 あくる朝のことである。
 バイクで第三京浜をひたすら飛ばしているガタイの大きな男がいた。
 だがごついデカさに似合わず名前は七海と可愛らしい。
「ちっ、また混んでら」
 環八に入る前に混んでいるのを認めて、七海は愛車のZRX1200Rを駒沢通りに向けた。
 時折、バイクを止めて携帯を鳴らしてみるが、相手は電源を切っているらしく出てくれない。
 昨夜家電にも電話をしたが留守電になっているし、メッセージを何度か入れてもまだ反応はない。
 五号線に入るととにかく飛ばして早稲田で降りる。
 ひょっとして実家にいるのかもしれないと思ったものの、昨夜は既に真夜中だったので連絡も入れられず、朝になってから顰蹙を承知で七時を待って実家に電話を入れてみると、朝早く車で帰ったという。
「全く、せめてマナーモードくらいにしとけよ」
 やがて七海を乗せたバイクは早稲田通りに入って少し減速する。
 漸く目指す家にたどり着いたのは八時を過ぎていた。
 ヘルメットを取ると、七海は離れの横に見覚えのあるブルーのミニを見つけてため息をつく。
「ほぼ同時に着いたんじゃないのか……」
 脱力気味にドアをノックすると「はい」と勝浩の声がした。
「俺、七海。開けてくれ」
 ドアはすぐ開いて、勝浩は息せき切って突っ立っている七海に驚いた。
「いったい、どうしたんだ?」
 中に入って靴脱ぎに立ったまま、ドアを閉めると七海は勝浩をじっと見据えた。
「何度も携帯かけたんだぞ」
「あ、ああ、今さっき見たとこ、何かあったのか? わざわざこんな朝早くに」
「長谷川さんがさ、ウイーンに行っちまうって!」
「え?」
 勝浩は七海を見つめる。
「今日午前の便で!」
「行っちまう……って」
 勝浩は呆然と七海を見つめて反芻する。
「急に決めたらしい。夕べ遅くにタケさんから連絡あって、お前に言った方がいいんじゃないかって。自分が言っても勝浩、聞く耳持たないから、俺に伝えとけって」
 勝浩は呆然とただ立っていた。
 目の前が暗くなるとはよく言うが、実際そんな感じだったろう。
「来いよ!」
 腕を掴んで連れ出そうとする七海に、勝浩は抵抗する。
「待てよ、どこ……行く……」
「空港に決まってるだろ?! 今会わなかったら、今度いつ会えるかわからねんだぞ!」
「けど……」
「意地張って、また同じこと繰り返すつもりかよ?」
 今度いつ会えるかわからない。
 また、同じことを―――――
 急速に喪失感が勝浩を支配した。
 東京に行ったらひょっとしたら会えるかもしれないなんて甘いことを考えて大学にあがってすぐだったろうか、幸也が留学したと確かあの時も志央に幸也から伝えられたことを七海から聞いた気がする。
 ショックではあったけれど、あの頃は半分諦めていたことだからと自分を無理に納得させた。
 自分の思いを心の奥に追いやることができたから。
 けれど、幸也に再会できたことだけでも嬉しかったのに、予期せぬ幸せを味わったかと思ったら、まるでジェットコースターのように今度は地の底に落ちていく。
 なまじっか、ほんの少しでも心が通じたと思ったばかりに、落ちたら得たいの知れない暗い深い闇の底で、もう這い上がれそうにない。
 足がガクガクと震える。
「勝浩!」
 七海が勝浩の腕を掴む。
「でも……それが幸也さんが決めたことなら……」
 勝浩は首を横に振る。
「俺には何も……」
「ばかやろう!」
 普段温厚を絵に描いたような七海にいきなり頭の上から怒鳴られて、勝浩は思わず首を竦める。
「幸也さんがじゃねんだよ! お前がどうしたいかだろ?! いいか、生きてりゃ、でっかい壁に跳ね返されることなんかいくらもあるし、怖がってたら、前に進めねんだよ」
 七海の青い瞳を見つめたまま勝浩は動けない。
「幸也さんはそれでも行っちまうかもしんないさ、けど、お前、いっぺんくらい、自分の思いちゃんとぶつけてみろよ」
 わざわざ朝早くからお節介をやくためにはるばる駆けつけるなんて、この上もなくお人よしで心根の一途な友人のことを、勝浩はひどく誇りに思えた。
「わかったか?」
 勝浩は唇を噛んでこっくりとうなずいた。
「学生証、持ったか?」
 七海にせきたてられて部屋をあとにすると、差し出されたヘルメットを被り、勝浩は七海の愛車の後ろに跨った。
「極力安全運転だが、極力速く行くからしっかり掴まってろよ」
「うん、わかった」
 いずれにせよ首都高はどこも渋滞している。
 二輪の二人乗り禁止区間があるため、中環経由で東関道へ向かうルートをとる。
 車の間を縫うようにして七海はZRX1200Rを走らせた。
 必死で七海にしがみついていた勝浩は、バイクが新空港自動車道から新空港I.C.を降りて第一ゲートを通過した頃、ようやく我に返ったように眼前の事実を思い知る。
「ANA、南ウイング四階、ビジネスだから、Cゾーン。チェックイン間に合うかどうかってとこだ!」
 七海の声を背に、勝浩は第一ターミナルの駐車場から南ウイングへと走り出した。
 海外への渡航者、それを見送る人々で賑わうロビーに足を踏み入れた勝浩は、あたりを見回して一瞬、呆然と立ち尽くす。それから自分を落ち着かせて七海の言葉を思い出してゆっくり口にする。
「えと…ビジネス、Cゾーン……」
 幸也と同じくらい背の高い男はあちこちにいた。
 だが幸也ではない。
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