13 / 19
Tea Time 13
しおりを挟む
「いいわよ。勝っちゃんがお借りしてるミニのお礼ってことでいかが?」
「ちょ……、おかあさん」
思わず二人の会話に割って入ろうとした勝浩だが、武人は「いいっすよ、じゃ契約成立ってことで」と勝手に話を進めてしまう。
幸也と勝浩の仲をとりもとうと策を捻った武人であるが、よもやそのミニがきっかけで二人が言い争うことになったとは思いもよらない。
「そろそろ、帰るわ、俺」
おもむろに立ち上がったのは幸也だった。
途端、勝浩は、さっきから騒いでいた胸にズキ、と痛みを覚える。
ついに一言も言葉を交わさなかった。
「え、おい、待てよ、まだこれからだろ」
「明日、早々に実験なんだよ」
慌てて幸也に駆け寄った武人に、すげなく答えると、「じゃ、お先に失礼します。裕子先生、お会いできて楽しかったです」と幸也はリビングを出ようとした。
「小母様、たまには祖父のところにも遊びにいってやってくださいね。お邪魔しました」
リビングを出る前に奈央を振り返ってそう言うと、幸也は志央や七海はもとより勝浩と目も合わせようともせず、たったか玄関ドアを開けた。
「ちょっと待てって、幸也!」
裏の駐車場まで追いかけてきた武人は、幸也の肩を掴む。
「いったいどうしたんだよ、勝っちゃん、ほっといて帰る気かよ」
「裕子リンがいるだろ」
「違うだろ! 勝っちゃんと喧嘩でもしたのかよ」
しばしの沈黙のあと「多分、俺じゃだめなんだよ」と幸也は車のロックを外し、ドアを開けた。
「何だよ、それ、お前……んなこと聞いたら、泣くぞ、勝っちゃん」
「そんなに心配なら、お前が慰めてやればいいだろ」
「はあ? おい、幸也……」
聞く耳をもたないといった感じで、幸也はハンドルを切ると、通りに出たアウディはあっという間に見えなくなった。
「ユキちゃんって、アメリカ行ってカッコよさに磨きがかかったわね~」
「前から大人っぽかったものね」
「黙ってても女寄ってくるからな~」
幸也が帰ったあとのリビングでは、奈央が口を切って幸也評に沸いていた。
「でも! きっと本気の相手には一筋ですって」
軽い調子で言った志央に七海が反発する。
武人からこの作戦を持ち出された際、幸也の勝浩に対する思いを一応真摯なものとして考えようと思ったのだ。
何より勝浩の心を心配してのことである。
「甘いな、あのタラシがそうそう本気になるかよ」
とぼとぼと戻ってきた武人は、ちょうどそんな志央の台詞に眉をひそめ、勝浩に目を向けると、「お母さん、そろそろ」と裕子を促して立ち上がるところだった。
「長々とお邪魔しました」
「あ、勝っちゃん、あのさ……」
きちっと奈央に挨拶した勝浩は、あたふたしている武人に、「タケさん、来週のロクたちの健診、ちゃんとお願いします」と言い置いて、奈央の家をあとにした。
「あ~あ」
ミニを見送って武人が大きくため息をつく。
「てんでダメじゃないっすか、タケさんの秘策」
横で七海がちょっと文句をたれる。
「何だよ、秘策って、二人で何企んでんだよ?」
秘策を半分ぶち壊す手助けをしてしまったなどと思いもよらない志央は、自分が仲間はずれになっていることが面白くないらしい。
「何も別に企んだりしてませんよ」
「嘘つけ! 今言ったじゃないかよ」
「そうでしたか?」
「言った! さっさと吐け!」
「いや別に気持ち悪くはないっすけど」
「ごまかすな、こら!」
楽しげに言い争うこっちのカップルは平和だと、武人はもう一度ため息をついた。
勝浩とともに武人も在籍する大学の『動物愛護研究会』は、主に月一のペースで動物たちを連れて施設を回ったり、盲導犬や聴導犬育成のセミナーの手伝いなどという活動をしている。
もともとは保護した犬や猫を世話しているだけの集まりだったのが、勝浩が入会して以来、そういった活動で大学内外でも知られるようになってきた。
そんな中、今月の児童保護施設訪問を前に、獣医学部の付属病院に出向いて動物たちの定期健診をすることになっていた。
検診など、犬猫があまり好きでない場所に連れて行こうとするとき、人手という以外に大型犬を扱える武人はなくてはならない存在である。
勝浩の愛犬ユウを含め、ゴールデンレトリバーのロクとハスキーのビッグ、二匹の大型犬の他に、中にはヨークシャーのヨーク、柴系の雑種のポチ、それにシェトランドのチェリーに数匹の猫が加わる。
たまに彼らの活動に賛同したというカンパがあったりペットフードの差し入れがあったりするが、活動費用から犬猫のご飯代その他諸費用は研究会に所属するメンバーがバイトでほぼまかなっている。
「検見崎、どしたん? 珍しいじゃん」
垪和にからかわれながら、この日武人は時間前に現れ、きっちり犬たちを検診させると、勝浩の手があくのを待っていた。
奈央の家でみんなで顔を合わせた金曜日から数日が経つ。
武人は勝浩と幸也のことが気がかりだったが、仕事も忙しいし、どうしたものかと考えあぐねていた。
「勝っちゃん、ちょっといいか?」
検診のあと動物たちを落ち着かせると、当番をのぞいてみんなそれぞれ散っていき、最後にユウを連れてボロいクラブハウスを出た勝浩に武人が声をかけた。
「レポートありますから、そんな時間ないですけど」
勝浩は硬い表情のまま武人を見た。
「ちょ……、おかあさん」
思わず二人の会話に割って入ろうとした勝浩だが、武人は「いいっすよ、じゃ契約成立ってことで」と勝手に話を進めてしまう。
幸也と勝浩の仲をとりもとうと策を捻った武人であるが、よもやそのミニがきっかけで二人が言い争うことになったとは思いもよらない。
「そろそろ、帰るわ、俺」
おもむろに立ち上がったのは幸也だった。
途端、勝浩は、さっきから騒いでいた胸にズキ、と痛みを覚える。
ついに一言も言葉を交わさなかった。
「え、おい、待てよ、まだこれからだろ」
「明日、早々に実験なんだよ」
慌てて幸也に駆け寄った武人に、すげなく答えると、「じゃ、お先に失礼します。裕子先生、お会いできて楽しかったです」と幸也はリビングを出ようとした。
「小母様、たまには祖父のところにも遊びにいってやってくださいね。お邪魔しました」
リビングを出る前に奈央を振り返ってそう言うと、幸也は志央や七海はもとより勝浩と目も合わせようともせず、たったか玄関ドアを開けた。
「ちょっと待てって、幸也!」
裏の駐車場まで追いかけてきた武人は、幸也の肩を掴む。
「いったいどうしたんだよ、勝っちゃん、ほっといて帰る気かよ」
「裕子リンがいるだろ」
「違うだろ! 勝っちゃんと喧嘩でもしたのかよ」
しばしの沈黙のあと「多分、俺じゃだめなんだよ」と幸也は車のロックを外し、ドアを開けた。
「何だよ、それ、お前……んなこと聞いたら、泣くぞ、勝っちゃん」
「そんなに心配なら、お前が慰めてやればいいだろ」
「はあ? おい、幸也……」
聞く耳をもたないといった感じで、幸也はハンドルを切ると、通りに出たアウディはあっという間に見えなくなった。
「ユキちゃんって、アメリカ行ってカッコよさに磨きがかかったわね~」
「前から大人っぽかったものね」
「黙ってても女寄ってくるからな~」
幸也が帰ったあとのリビングでは、奈央が口を切って幸也評に沸いていた。
「でも! きっと本気の相手には一筋ですって」
軽い調子で言った志央に七海が反発する。
武人からこの作戦を持ち出された際、幸也の勝浩に対する思いを一応真摯なものとして考えようと思ったのだ。
何より勝浩の心を心配してのことである。
「甘いな、あのタラシがそうそう本気になるかよ」
とぼとぼと戻ってきた武人は、ちょうどそんな志央の台詞に眉をひそめ、勝浩に目を向けると、「お母さん、そろそろ」と裕子を促して立ち上がるところだった。
「長々とお邪魔しました」
「あ、勝っちゃん、あのさ……」
きちっと奈央に挨拶した勝浩は、あたふたしている武人に、「タケさん、来週のロクたちの健診、ちゃんとお願いします」と言い置いて、奈央の家をあとにした。
「あ~あ」
ミニを見送って武人が大きくため息をつく。
「てんでダメじゃないっすか、タケさんの秘策」
横で七海がちょっと文句をたれる。
「何だよ、秘策って、二人で何企んでんだよ?」
秘策を半分ぶち壊す手助けをしてしまったなどと思いもよらない志央は、自分が仲間はずれになっていることが面白くないらしい。
「何も別に企んだりしてませんよ」
「嘘つけ! 今言ったじゃないかよ」
「そうでしたか?」
「言った! さっさと吐け!」
「いや別に気持ち悪くはないっすけど」
「ごまかすな、こら!」
楽しげに言い争うこっちのカップルは平和だと、武人はもう一度ため息をついた。
勝浩とともに武人も在籍する大学の『動物愛護研究会』は、主に月一のペースで動物たちを連れて施設を回ったり、盲導犬や聴導犬育成のセミナーの手伝いなどという活動をしている。
もともとは保護した犬や猫を世話しているだけの集まりだったのが、勝浩が入会して以来、そういった活動で大学内外でも知られるようになってきた。
そんな中、今月の児童保護施設訪問を前に、獣医学部の付属病院に出向いて動物たちの定期健診をすることになっていた。
検診など、犬猫があまり好きでない場所に連れて行こうとするとき、人手という以外に大型犬を扱える武人はなくてはならない存在である。
勝浩の愛犬ユウを含め、ゴールデンレトリバーのロクとハスキーのビッグ、二匹の大型犬の他に、中にはヨークシャーのヨーク、柴系の雑種のポチ、それにシェトランドのチェリーに数匹の猫が加わる。
たまに彼らの活動に賛同したというカンパがあったりペットフードの差し入れがあったりするが、活動費用から犬猫のご飯代その他諸費用は研究会に所属するメンバーがバイトでほぼまかなっている。
「検見崎、どしたん? 珍しいじゃん」
垪和にからかわれながら、この日武人は時間前に現れ、きっちり犬たちを検診させると、勝浩の手があくのを待っていた。
奈央の家でみんなで顔を合わせた金曜日から数日が経つ。
武人は勝浩と幸也のことが気がかりだったが、仕事も忙しいし、どうしたものかと考えあぐねていた。
「勝っちゃん、ちょっといいか?」
検診のあと動物たちを落ち着かせると、当番をのぞいてみんなそれぞれ散っていき、最後にユウを連れてボロいクラブハウスを出た勝浩に武人が声をかけた。
「レポートありますから、そんな時間ないですけど」
勝浩は硬い表情のまま武人を見た。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
ポケットのなかの空
三尾
BL
【ある朝、突然、目が見えなくなっていたらどうするだろう?】
大手電機メーカーに勤めるエンジニアの響野(ひびの)は、ある日、原因不明の失明状態で目を覚ました。
取るものも取りあえず向かった病院で、彼は中学時代に同級生だった水元(みずもと)と再会する。
十一年前、響野や友人たちに何も告げることなく転校していった水元は、複雑な家庭の事情を抱えていた。
目の不自由な響野を見かねてサポートを申し出てくれた水元とすごすうちに、友情だけではない感情を抱く響野だが、勇気を出して想いを伝えても「その感情は一時的なもの」と否定されてしまい……?
重い過去を持つ一途な攻め × 不幸に抗(あらが)う男前な受けのお話。
*-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-*
・性描写のある回には「※」マークが付きます。
・水元視点の番外編もあり。
*-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-*
※番外編はこちら
『光の部屋、花の下で。』https://www.alphapolis.co.jp/novel/728386436/614893182

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

王様は知らない
イケのタコ
BL
他のサイトに載せていた、2018年の作品となります
性格悪な男子高生が俺様先輩に振り回される。
裏庭で昼ご飯を食べようとしていた弟切(主人公)は、ベンチで誰かが寝ているのを発見し、気まぐれで近づいてみると学校の有名人、王様に出会ってしまう。
その偶然の出会いが波乱を巻き起こす。
初戀
槙野 シオ
BL
どうすることが正解で、どうすることが普通なのかわからなかった。
中三の時の進路相談で、おまえならどの高校でも大丈夫だと言われた。模試の結果はいつもA判定だった。進学校に行けば勉強で忙しく、他人に構ってる暇なんてないひとたちで溢れ返ってるだろうと思って選んだ学校には、桁違いのイケメンがいて大賑わいだった。
僕の高校生活は、嫌な予感とともに幕を開けた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる