8 / 19
Tea Time 8
しおりを挟む
しっかり覚えている。
自分にとって幸也は近くにいるのに到底手の届かない遠い存在だと思っていた。
自分など、幸也にとってちょっとからかう程度の振り向いてくれるはずのない存在だったから、どうせなら徹底的に嫌われてしまえ……と。
学園を去る幸也がどれほどの決意で志央への愛を断ち切ったかと、その心に思い馳せながら、それでも勝浩は幸也が好きだった。
いきなり留学したと聞いた時、心がなくなってしまえばいいのにとさえ考えた。
涙が頬を伝ってシーツに落ちる。
ふいに、幸也がまたどこかへ行ってしまうのではないかという不安にかられ、勝浩はからだを起こして投げつけた携帯を慌てて拾う。
「あやまろう! タケさんに固執してたわけじゃないって」
やっぱり幸也さんに車譲ってもらいたいって。
金銭感覚なんかなくたって、そんなものどうだっていいんだ。
幸也さんならいいんだ。
携帯を拾い上げ、幸也の名前をタップしようとして、一瞬、指が止まる。
「……………………だめだ」
やっぱり…………あの人と俺じゃだめだったんだ。
うまくいくはずなんか、なかったんだ。
「ほんとに、バカだよな、俺」
ため息とともに自嘲しながら、勝浩は溢れ出る涙を拳で拭う。
所在無く動かした指は、見慣れた番号を押していた。
『よう! どうだ? 楽しんでるか?』
コール二回で、夜中というのにハイテンションな声が聞こえてくる。
「夜分にすみません、あの、車いつお返しにあがろうかと思って」
『ああ、いいよ、返さなくて』
「え、そういうわけには…」
『何、まだ迷ってるの? 勝っちゃんになら超お安くしとくよん。ある時払いでOK』
明るい武人は確かに頼りがいがあって安心できる存在だ。
「また、そんな」
『いや、ほんと。邪魔じゃなければ使ってれば? 気にしなくていいからさ。あの大家さんなら、必要な時にはタクシー代わりに使ってくださいとかってちょっとまるめこんで、駐車料ただにしてもらうとかさ』
調子のいいことを言ってカラカラと笑う武人に勝浩も苦笑せざるを得ない。
「わかりました、じゃあ、邪魔になったらまたお返しにあがりますね」
『おいおい、勝っちゃん~~。と、そだ、最近幸也のやつと会った?』
ドキッと勝浩の心臓が跳ね上がる。
「いえ………」
『そっか、だからだな~~、こないだ、あいつ妙に落ち込んでると思ったら、病気らしくて』
「……! 病気って、どうしたんです?! 幸也さん、まさか入院とか…」
思わず頭がパニクって、勝浩は声を上げる。
『病名はどうやら「勝っちゃん欠乏症」ってゆうらしい』
「……ば……バカみたいなこと言わないでください!」
からかわれたとわかって、からだの力が抜ける。
『ハハ……ワリィワリィ。でも、いやほんと、そんな感じ。しょーもねーやつだけどさ、見限らないでやってよ』
「見限るのはきっと幸也さんの方ですよ」
『え? なんだって?』
「いえ。飲みすぎ吸いすぎ要注意ですからね。じゃ、おやすみなさい」
何かまだ言いたそうな武人にきっぱり告げて、勝浩は携帯を切る。
武人相手になら、何も考えずにしゃべることができるのに。
「あ~あ……」
しばらくベッドに寝転がっていたがなかなか寝つけず、勝浩は冷蔵庫の缶ビールを一本取り出した。
カーテンの隙間から見える月を眺めながらビールを飲み終える頃には、ようやくうとうとと不安げな眠りが訪れた。
秋晴れのある朝、といってももう十一時に近くなっているが。
武人が歩いていたのは、世田谷は用賀の閑静なたたずまいである。
その一角にある門には花で飾られた『Nao Candy House』という木彫りのプレートがかかっている。
チャイムを押して門を一歩踏み入れるとまるでミスマープルの家の庭にでも迷い込んだかのような錯覚に襲われる。
秋色の木立に守られるようにコスモス、デルフィニウム、ジニアリネアリス、ナチュラルガーデンを彩るピンク、青、黄色の花が真っ盛りだ。
あちこちに置かれたコンテナには花があふれ、ベンチやテーブルをさりげなく彩っている。
明るい黄色の花をつけたつるバラのアーチをくぐり、カンパニュラに覆われた石段を数段上がると、オフホワイトの壁や高い窓、鉢植えを左右に配した白い玄関ドアが見えてきた。
「あら、いらっしゃい! 久しぶりね~タケちゃん」
ドアが開いて武人を出迎えたのは、ゴールデンレトリバーとトイプードルの二匹と、この可愛いイギリス庭園がある家の主、城島奈央である。
既に五十代にも手に届くはずだが、年齢不詳の美貌は衰えることなく、明るく可愛らしい笑顔は料理研究家としての人気の重要な要因であろう。
「奈央さん、ちょと早かった? まだあいつらきてないんだ?」
「いいのよ、もう準備はできてるわ。あの子たちが来る前にお昼いかが? 今日は冷たいパスタ。ちゃんとケーキも焼いてあるわよ」
「うおっ! ヤタッ! ぐぐっと腹がなるぅ。奈央さんのケーキって最ッ高にうまいっすからね! 楽しみ~。やつらが来る前に食うぞっ!」
「ふふ、でもまた、喧嘩しないでよ~」
奈央に続いて武人がリビングに入っていくと、奈央の助手を務めるスタッフが数人くつろいでいて、武人の顔を見ると会釈した。
自分にとって幸也は近くにいるのに到底手の届かない遠い存在だと思っていた。
自分など、幸也にとってちょっとからかう程度の振り向いてくれるはずのない存在だったから、どうせなら徹底的に嫌われてしまえ……と。
学園を去る幸也がどれほどの決意で志央への愛を断ち切ったかと、その心に思い馳せながら、それでも勝浩は幸也が好きだった。
いきなり留学したと聞いた時、心がなくなってしまえばいいのにとさえ考えた。
涙が頬を伝ってシーツに落ちる。
ふいに、幸也がまたどこかへ行ってしまうのではないかという不安にかられ、勝浩はからだを起こして投げつけた携帯を慌てて拾う。
「あやまろう! タケさんに固執してたわけじゃないって」
やっぱり幸也さんに車譲ってもらいたいって。
金銭感覚なんかなくたって、そんなものどうだっていいんだ。
幸也さんならいいんだ。
携帯を拾い上げ、幸也の名前をタップしようとして、一瞬、指が止まる。
「……………………だめだ」
やっぱり…………あの人と俺じゃだめだったんだ。
うまくいくはずなんか、なかったんだ。
「ほんとに、バカだよな、俺」
ため息とともに自嘲しながら、勝浩は溢れ出る涙を拳で拭う。
所在無く動かした指は、見慣れた番号を押していた。
『よう! どうだ? 楽しんでるか?』
コール二回で、夜中というのにハイテンションな声が聞こえてくる。
「夜分にすみません、あの、車いつお返しにあがろうかと思って」
『ああ、いいよ、返さなくて』
「え、そういうわけには…」
『何、まだ迷ってるの? 勝っちゃんになら超お安くしとくよん。ある時払いでOK』
明るい武人は確かに頼りがいがあって安心できる存在だ。
「また、そんな」
『いや、ほんと。邪魔じゃなければ使ってれば? 気にしなくていいからさ。あの大家さんなら、必要な時にはタクシー代わりに使ってくださいとかってちょっとまるめこんで、駐車料ただにしてもらうとかさ』
調子のいいことを言ってカラカラと笑う武人に勝浩も苦笑せざるを得ない。
「わかりました、じゃあ、邪魔になったらまたお返しにあがりますね」
『おいおい、勝っちゃん~~。と、そだ、最近幸也のやつと会った?』
ドキッと勝浩の心臓が跳ね上がる。
「いえ………」
『そっか、だからだな~~、こないだ、あいつ妙に落ち込んでると思ったら、病気らしくて』
「……! 病気って、どうしたんです?! 幸也さん、まさか入院とか…」
思わず頭がパニクって、勝浩は声を上げる。
『病名はどうやら「勝っちゃん欠乏症」ってゆうらしい』
「……ば……バカみたいなこと言わないでください!」
からかわれたとわかって、からだの力が抜ける。
『ハハ……ワリィワリィ。でも、いやほんと、そんな感じ。しょーもねーやつだけどさ、見限らないでやってよ』
「見限るのはきっと幸也さんの方ですよ」
『え? なんだって?』
「いえ。飲みすぎ吸いすぎ要注意ですからね。じゃ、おやすみなさい」
何かまだ言いたそうな武人にきっぱり告げて、勝浩は携帯を切る。
武人相手になら、何も考えずにしゃべることができるのに。
「あ~あ……」
しばらくベッドに寝転がっていたがなかなか寝つけず、勝浩は冷蔵庫の缶ビールを一本取り出した。
カーテンの隙間から見える月を眺めながらビールを飲み終える頃には、ようやくうとうとと不安げな眠りが訪れた。
秋晴れのある朝、といってももう十一時に近くなっているが。
武人が歩いていたのは、世田谷は用賀の閑静なたたずまいである。
その一角にある門には花で飾られた『Nao Candy House』という木彫りのプレートがかかっている。
チャイムを押して門を一歩踏み入れるとまるでミスマープルの家の庭にでも迷い込んだかのような錯覚に襲われる。
秋色の木立に守られるようにコスモス、デルフィニウム、ジニアリネアリス、ナチュラルガーデンを彩るピンク、青、黄色の花が真っ盛りだ。
あちこちに置かれたコンテナには花があふれ、ベンチやテーブルをさりげなく彩っている。
明るい黄色の花をつけたつるバラのアーチをくぐり、カンパニュラに覆われた石段を数段上がると、オフホワイトの壁や高い窓、鉢植えを左右に配した白い玄関ドアが見えてきた。
「あら、いらっしゃい! 久しぶりね~タケちゃん」
ドアが開いて武人を出迎えたのは、ゴールデンレトリバーとトイプードルの二匹と、この可愛いイギリス庭園がある家の主、城島奈央である。
既に五十代にも手に届くはずだが、年齢不詳の美貌は衰えることなく、明るく可愛らしい笑顔は料理研究家としての人気の重要な要因であろう。
「奈央さん、ちょと早かった? まだあいつらきてないんだ?」
「いいのよ、もう準備はできてるわ。あの子たちが来る前にお昼いかが? 今日は冷たいパスタ。ちゃんとケーキも焼いてあるわよ」
「うおっ! ヤタッ! ぐぐっと腹がなるぅ。奈央さんのケーキって最ッ高にうまいっすからね! 楽しみ~。やつらが来る前に食うぞっ!」
「ふふ、でもまた、喧嘩しないでよ~」
奈央に続いて武人がリビングに入っていくと、奈央の助手を務めるスタッフが数人くつろいでいて、武人の顔を見ると会釈した。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

ポケットのなかの空
三尾
BL
【ある朝、突然、目が見えなくなっていたらどうするだろう?】
大手電機メーカーに勤めるエンジニアの響野(ひびの)は、ある日、原因不明の失明状態で目を覚ました。
取るものも取りあえず向かった病院で、彼は中学時代に同級生だった水元(みずもと)と再会する。
十一年前、響野や友人たちに何も告げることなく転校していった水元は、複雑な家庭の事情を抱えていた。
目の不自由な響野を見かねてサポートを申し出てくれた水元とすごすうちに、友情だけではない感情を抱く響野だが、勇気を出して想いを伝えても「その感情は一時的なもの」と否定されてしまい……?
重い過去を持つ一途な攻め × 不幸に抗(あらが)う男前な受けのお話。
*-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-*
・性描写のある回には「※」マークが付きます。
・水元視点の番外編もあり。
*-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-*
※番外編はこちら
『光の部屋、花の下で。』https://www.alphapolis.co.jp/novel/728386436/614893182
初戀
槙野 シオ
BL
どうすることが正解で、どうすることが普通なのかわからなかった。
中三の時の進路相談で、おまえならどの高校でも大丈夫だと言われた。模試の結果はいつもA判定だった。進学校に行けば勉強で忙しく、他人に構ってる暇なんてないひとたちで溢れ返ってるだろうと思って選んだ学校には、桁違いのイケメンがいて大賑わいだった。
僕の高校生活は、嫌な予感とともに幕を開けた。
早く惚れてよ、怖がりナツ
ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。
このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。
そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。
一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて…
那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。
ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩
《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる