Tea Time

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Tea Time 6

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   ACT 2


 午前一時を回った頃。
 ゼミ合宿で発表に使うレジュメをやっと作り終え、勝浩がノートPCをパタンと閉じると、散歩を待ちかねたユウがパタパタと尻尾を振りながらクウンと鳴いた。
「お待たせ、ユウ!」
 ドアに鍵をかけるや否や、ユウは勝浩を引っ張って小走りにいつもの散歩コースに飛び出していく。
 濃紺の空にはくっきりと大きな月が浮かんでいた。
「ユウ、見ろよ、すんごいでかいぞ、月」
 きょとんとした顔でユウは勝浩を見上げる。
 翌日から軽井沢に出向いて行われるゼミ合宿にはユウの同行も認められたので、勝浩は武人から車を借りることにしたのだが、やはり車は必要だと思い始めたところだ。
 それにはバイトも増やさなければ。
 そろそろ就職活動なども視野に入れ始めた同級生を横目に卒業後は院に進むことに決めているし、せいぜいバイトで稼がなくてはならない。
 編集部で武人にチラッとそんなことを言ったら、編集のアシスタントをしろと言う。
 資料集めやら画像整理やら、校正にコピー取りに果ては編集費用の計算まで雑用ばかりだが、慣れたところでの仕事ならありがたいと即決した。
 しかも武人は自分のミニを譲ろうかと提案してきた。
「そんな、ミニなんて、せいぜい俺には軽かなんかじゃないと」
「ああ、いいのいいの、軽を買う二分の一でも勝っちゃんならOKだから。俺、ほら、幸也のやつにベンツのワゴン、もらっただろ、ミニ気に入って買ったのにずっとお蔵入りになってるし、勝っちゃんに使ってもらえればさ。業者に売るには惜しいしな」
 検見崎が勝浩に負担にならないように言葉を選んでいることはわかるので、勝浩は苦笑する。
「でもミニだと、大型犬乗せるとユウだけでいっぱいって気がするし…」
 いかにも実務的なことを考える勝浩に、「それが、いいんじゃん」と武人は笑う。
「ユウと大型犬だけでいいわけ。ちなみに大型犬の名前は幸也っつう………」
 ゴニョゴニョと勝浩の耳元で囁く武人を無視して、勝浩は自分のパソコンに向かう。
「よう、アレとその後どないなってんの? ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃん、ケチだなあ! 勝っちゃんってばてんでポーカーフェイスだしぃ!」
 ポーカーフェイスは長年勝浩のいわば鎧のようなものだ。
 弱さにつけこまれたくない一心で、いつの間にか癖になって喜怒哀楽が素直に出てこない。
 憎まれ口ならよく叩いていた。
 ある上級生に対しては特に。
 武人の言う『アレ』こと幸也とは山小屋以来、ちょくちょく会っているし、幸也は電話もしょっちゅうくれる。
 先日も大家さんに一緒に食事をと誘われたので、ちょうど電話をくれた幸也を誘ったのだが。
 幸也は大家にすっかり気に入られたようすで、大家は「いい先輩がいてよかったね~」としきりと笑って部屋に戻っていったものの、当の幸也とは何となくぎくしゃくしたまま別れた。
 ゼミのレジュメはやらなくてはならなかったにせよ、それを理由に幸也を帰したというのが本当のところだろう。
 山から降りてきてみると、何だかあれは本当だったんだろうか、とさえ思ってしまった。
 よくある夏のなんとか、とか、喉もと過ぎればとか、マイナス思考ばかりが頭をよぎる。
 あり得ないと思っていたから、幸也とつきあうこと自体、想定外なのだ。
 そもそも幸也ともあろう男が、何を好き好んで自分を選ぶのかと。
 勝浩が幸也を好きであることと幸也が勝浩を好きになることがイコールであるはずはなかった、少なくとも勝浩の中では。
 はじめはやはり、何か裏があるんじゃないかと思ってしまったし。
 どこかで幸也を信じ切れていない自分がいる。
 はからずも先日、志央に会ったことで、また思い知らされた気がする。
 志央と会ったのは一年ぶりくらいだ。
 城島志央、幸也がずっと何より大切にしてきた存在だ、おそらく。
 勝浩としては会うつもりはなかったのだが、七海と会う用があってそこにおまけのように志央が現れるのだからどうしようもない。
 年一回くらいの割合で志央の毒舌を聞く羽目になる。
 会う早々、勝浩が七海とばかり話をしていたから面白くなかったのだろう。
『七海にモーションかけても無駄だぜ、あいつは俺に夢中だからな』
 七海がトイレに立ったすきに、志央がそんなことを言った。
『城島さんの行い次第では七海を取り戻しますから』
 つい売り言葉に買い言葉で切り返してしまった。
 志央はむっとした表情で勝浩を睨んでいたが。
 七海にも幸也と再会して以降のことは話していない。
 再会しただけじゃないなんてことは無論のこと。
 だが、幸也も勝浩とのことを志央には話していないようだ。
 当然、志央に話す必要もないことなのに、気になってしまう自分が勝浩はいやだ。
 考えあぐねているばかりで明確な答えなぞでてこない。
 志央をあれほど愛していたはずの幸也に心変わりなんかして欲しくなかった。
「生涯かけての片思いでよかったのに」
 なんて口にしたら、七海は勝浩のことをよほど捻くれ者だと言うに違いないが。
 半分は本音、半分は負け惜しみ…………
 本当は会いたくて。
 でもいざ会うと、あまりに度量の小さい自分を幸也に見透かされて愛想をつかされるのじゃないかと怖くなる。
「だからつい、きつい言葉を投げつけちゃうんじゃないか。なのにあの人ってば、ごめん、なんて謝るから、こっちは調子狂うんだよ」
 勝浩に気をつかって大切にしてくれているのだろうと思う。
 思うのだが、らしくない。
「やっぱ、長谷川さん、無理してるんじゃないかな……なあ、そう思わないか? ユウ」
 問われても言葉にできないユウは、ため息をつく勝浩を心配しているかのように、クウンと鳴いた。
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