6 / 19
Tea Time 6
しおりを挟むACT 2
午前一時を回った頃。
ゼミ合宿で発表に使うレジュメをやっと作り終え、勝浩がノートPCをパタンと閉じると、散歩を待ちかねたユウがパタパタと尻尾を振りながらクウンと鳴いた。
「お待たせ、ユウ!」
ドアに鍵をかけるや否や、ユウは勝浩を引っ張って小走りにいつもの散歩コースに飛び出していく。
濃紺の空にはくっきりと大きな月が浮かんでいた。
「ユウ、見ろよ、すんごいでかいぞ、月」
きょとんとした顔でユウは勝浩を見上げる。
翌日から軽井沢に出向いて行われるゼミ合宿にはユウの同行も認められたので、勝浩は武人から車を借りることにしたのだが、やはり車は必要だと思い始めたところだ。
それにはバイトも増やさなければ。
そろそろ就職活動なども視野に入れ始めた同級生を横目に卒業後は院に進むことに決めているし、せいぜいバイトで稼がなくてはならない。
編集部で武人にチラッとそんなことを言ったら、編集のアシスタントをしろと言う。
資料集めやら画像整理やら、校正にコピー取りに果ては編集費用の計算まで雑用ばかりだが、慣れたところでの仕事ならありがたいと即決した。
しかも武人は自分のミニを譲ろうかと提案してきた。
「そんな、ミニなんて、せいぜい俺には軽かなんかじゃないと」
「ああ、いいのいいの、軽を買う二分の一でも勝っちゃんならOKだから。俺、ほら、幸也のやつにベンツのワゴン、もらっただろ、ミニ気に入って買ったのにずっとお蔵入りになってるし、勝っちゃんに使ってもらえればさ。業者に売るには惜しいしな」
検見崎が勝浩に負担にならないように言葉を選んでいることはわかるので、勝浩は苦笑する。
「でもミニだと、大型犬乗せるとユウだけでいっぱいって気がするし…」
いかにも実務的なことを考える勝浩に、「それが、いいんじゃん」と武人は笑う。
「ユウと大型犬だけでいいわけ。ちなみに大型犬の名前は幸也っつう………」
ゴニョゴニョと勝浩の耳元で囁く武人を無視して、勝浩は自分のパソコンに向かう。
「よう、アレとその後どないなってんの? ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃん、ケチだなあ! 勝っちゃんってばてんでポーカーフェイスだしぃ!」
ポーカーフェイスは長年勝浩のいわば鎧のようなものだ。
弱さにつけこまれたくない一心で、いつの間にか癖になって喜怒哀楽が素直に出てこない。
憎まれ口ならよく叩いていた。
ある上級生に対しては特に。
武人の言う『アレ』こと幸也とは山小屋以来、ちょくちょく会っているし、幸也は電話もしょっちゅうくれる。
先日も大家さんに一緒に食事をと誘われたので、ちょうど電話をくれた幸也を誘ったのだが。
幸也は大家にすっかり気に入られたようすで、大家は「いい先輩がいてよかったね~」としきりと笑って部屋に戻っていったものの、当の幸也とは何となくぎくしゃくしたまま別れた。
ゼミのレジュメはやらなくてはならなかったにせよ、それを理由に幸也を帰したというのが本当のところだろう。
山から降りてきてみると、何だかあれは本当だったんだろうか、とさえ思ってしまった。
よくある夏のなんとか、とか、喉もと過ぎればとか、マイナス思考ばかりが頭をよぎる。
あり得ないと思っていたから、幸也とつきあうこと自体、想定外なのだ。
そもそも幸也ともあろう男が、何を好き好んで自分を選ぶのかと。
勝浩が幸也を好きであることと幸也が勝浩を好きになることがイコールであるはずはなかった、少なくとも勝浩の中では。
はじめはやはり、何か裏があるんじゃないかと思ってしまったし。
どこかで幸也を信じ切れていない自分がいる。
はからずも先日、志央に会ったことで、また思い知らされた気がする。
志央と会ったのは一年ぶりくらいだ。
城島志央、幸也がずっと何より大切にしてきた存在だ、おそらく。
勝浩としては会うつもりはなかったのだが、七海と会う用があってそこにおまけのように志央が現れるのだからどうしようもない。
年一回くらいの割合で志央の毒舌を聞く羽目になる。
会う早々、勝浩が七海とばかり話をしていたから面白くなかったのだろう。
『七海にモーションかけても無駄だぜ、あいつは俺に夢中だからな』
七海がトイレに立ったすきに、志央がそんなことを言った。
『城島さんの行い次第では七海を取り戻しますから』
つい売り言葉に買い言葉で切り返してしまった。
志央はむっとした表情で勝浩を睨んでいたが。
七海にも幸也と再会して以降のことは話していない。
再会しただけじゃないなんてことは無論のこと。
だが、幸也も勝浩とのことを志央には話していないようだ。
当然、志央に話す必要もないことなのに、気になってしまう自分が勝浩はいやだ。
考えあぐねているばかりで明確な答えなぞでてこない。
志央をあれほど愛していたはずの幸也に心変わりなんかして欲しくなかった。
「生涯かけての片思いでよかったのに」
なんて口にしたら、七海は勝浩のことをよほど捻くれ者だと言うに違いないが。
半分は本音、半分は負け惜しみ…………
本当は会いたくて。
でもいざ会うと、あまりに度量の小さい自分を幸也に見透かされて愛想をつかされるのじゃないかと怖くなる。
「だからつい、きつい言葉を投げつけちゃうんじゃないか。なのにあの人ってば、ごめん、なんて謝るから、こっちは調子狂うんだよ」
勝浩に気をつかって大切にしてくれているのだろうと思う。
思うのだが、らしくない。
「やっぱ、長谷川さん、無理してるんじゃないかな……なあ、そう思わないか? ユウ」
問われても言葉にできないユウは、ため息をつく勝浩を心配しているかのように、クウンと鳴いた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

ポケットのなかの空
三尾
BL
【ある朝、突然、目が見えなくなっていたらどうするだろう?】
大手電機メーカーに勤めるエンジニアの響野(ひびの)は、ある日、原因不明の失明状態で目を覚ました。
取るものも取りあえず向かった病院で、彼は中学時代に同級生だった水元(みずもと)と再会する。
十一年前、響野や友人たちに何も告げることなく転校していった水元は、複雑な家庭の事情を抱えていた。
目の不自由な響野を見かねてサポートを申し出てくれた水元とすごすうちに、友情だけではない感情を抱く響野だが、勇気を出して想いを伝えても「その感情は一時的なもの」と否定されてしまい……?
重い過去を持つ一途な攻め × 不幸に抗(あらが)う男前な受けのお話。
*-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-*
・性描写のある回には「※」マークが付きます。
・水元視点の番外編もあり。
*-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-*
※番外編はこちら
『光の部屋、花の下で。』https://www.alphapolis.co.jp/novel/728386436/614893182
初戀
槙野 シオ
BL
どうすることが正解で、どうすることが普通なのかわからなかった。
中三の時の進路相談で、おまえならどの高校でも大丈夫だと言われた。模試の結果はいつもA判定だった。進学校に行けば勉強で忙しく、他人に構ってる暇なんてないひとたちで溢れ返ってるだろうと思って選んだ学校には、桁違いのイケメンがいて大賑わいだった。
僕の高校生活は、嫌な予感とともに幕を開けた。
早く惚れてよ、怖がりナツ
ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。
このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。
そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。
一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて…
那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。
ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩
《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる