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Tea Time 2
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珍しく酔って饒舌になった幸也が秀さん相手に独り言のように心の中をぶちまけたのはボストンに発つ前の晩だった。
「こないだ、あのタコ坊主と一緒に勝浩に会ったって、志央のやつが」
ようやく幸也は懸念材料となっている話を口にした。
「タコ坊主って、お前まだ七ちゃんのこと根に持ってるのかよ」
「俺は事実を言ってるに過ぎない。タコ坊主はタコ坊主だ」
幸也にタコ坊主と言われた男の、一見ぬぼっとした大男の憎めない笑顔を思い出すと武人も苦笑を禁じえない。
「お前こそ、七ちゃんなんて、やけに親しげじゃねぇの?」
「そりゃ、勝っちゃんと一緒に七海ともよく会うし」
「へえ、よく会う、ね」
グラスを少し持ち上げると、幸也は秀さんにおかわりをオーダーする。
「そりゃ会うだろ、お前、あいつら高校のクラスメイトなんだし。七ちゃんて勝っちゃんの一番仲いいダチだろ? 生徒会長と副会長で。ほら、学祭でさ、うちの研究会が『ワンニャンと遊ぼうわーるど』って茶店出したら、結構賑わってさ、ガキにワンコに触らせたり、ジュースやコーラ売るのにてんてこ舞いで、七ちゃんら来て裏方手伝ってくれて大助かりでさ」
「そんなことお前、言ってなかったぞ」
幸也は武人に食ってかかる。
「逐一教えてやっただろ、学祭のことだって、お好み焼き焼いてた勝っちゃんが可愛いんで、女の子たちにからかわれてたとか、いろいろ」
「七海のことは聞いてない」
藤原七海、幸也にとっては志央を幸也の前からかっさらっていったぬぼっとでかいタコ坊主がその男だ。
「んなもん、高校のダチのことまで話せなんて言わなかっただろ、お前。高校ん時、新聞部だったっつう、西本ってやつも結構、勝っちゃんとこ、よくきてるし」
「西本? あのやろ………」
ぐび、と酒を飲み込んでぼそりと幸也は呟く。
「暗いよ、お前。勝っちゃんの周りをうろついてる連中、片っ端からやっかんでどうすんだよ」
呆れ顔で武人は幼い頃から知っている従兄弟の理知的な横顔を見つめる。
都内に生まれた武人と横浜育ちの幸也と学校は違ったが、しょっちゅう祖父の家で一緒に遊んだ。
生まれてこの方、常に優等生街道をまっしぐら、人を見下ろしても人を羨むなんてこととは無縁だった幸也が、まるでそこいらの学生のような台詞を吐くようになるとは、武人も思いもよらないことなのだ。
「そういや、昨日は裕子りんが銀座に来たついでとかって、お手製のクッキーやらサンドイッチやら差し入れてくれてさ、裕子りん、急に現れたから、勝っちゃん照れちゃってさ」
「誰だよ、その、裕子りんって!!」
一転、食いつきそうな勢いで幸也が武人を振り向く。
「はあ? 勝っちゃんのママだよ、裕子りん、まさか、お前知らねぇの?」
「ママ……?」
「はきはき美人で、ピアノ教えてるってゆう」
「知るかよ。だいたいお前、勝浩のママのことなんかも何も言ってないぞ」
「お前、勝っちゃんと同じ高校だったんだろ?」
「だから、ママのことなんか知らねって……」
そういえば、勝浩の家族のことも自分はよく知らないのだと、幸也は愕然とする。
自分には兄と姉が一人ずついて、父母は忙しくて滅多に顔を合わせないとか、祖父がクルージング好きで以前はよく一緒に海で過ごしたとか、実家の犬や猫のこと、今一緒にいる猫のエメやクルンのことなどよく勝浩に話すのだが、勝浩は飼っている犬や猫の話は夢中になって話すものの、家族の話はほとんど聞いていない。
「ん~? けど、裕子りん、お前のこと知ってたみたいだぞ? ワル坊主の志央ちゃんとユキちゃんって、前に話してた気がするが………」
「はあ? 何で勝浩のママが俺を知ってるんだよ、会ったこともないのに」
幸也は怪訝な顔で武人を見やる。
「志央、ピアノ習ってただろ? ガキん頃。美央と一緒に。お前、ナイト気取りで習いもしないのにピアノ教室までくっついて行ってたろうが」
「え………? そういや……」
高校の行事で、たまたまピアノの話になったときだったか、子供の頃ピアノの発表会で、全然練習もしていなかった自分の番がくるのが嫌で、捕まえてきた蛙を放したら鍵盤の上に乗っかって大騒ぎになったと志央が言ったら、ピアノを邪魔されたのは自分だと勝浩が話していたのを、幸也は唐突に思い出した。
「待てよ、あれって小学三年くらいの時だから……俺はてっきり、勝浩は中学の時にこっちに越してきたと思っていたが、じゃあ、もっと昔から俺ら知り合いだったってことか?」
頭の中で記憶を辿りながら、幸也が言った。
「何、言ってんだよ、お前らだろ? ちっこいガキの頃の勝っちゃんの帽子隠したり、通せんぼして遅刻させようとしたり」
「な………んだって………???」
子供の頃のこととはいえ、幸也は己の罪の深さにしばし呆然と宙を見つめた。
「お前、まさか忘れてたのか?」
「るせえな、イジめた相手の顔なんか、いちいち覚えちゃいねんだよ。第一何でお前がそんなこと」
「そりゃ、一緒に行動すること多いし、お前のガキの頃の話とかの流れで。やっぱ、お前になんか勝っちゃんはやれねぇ」
「るせぇ、るせぇ! 考えてもみろ、つまり俺らはそんな頃から運命的な出会いをしてるってこった」
猛烈に頭をフル回転させて、幼い頃の記憶にたどりつくと、おぼろげに低学年の特に可愛い生徒をなんだかだといじめていたシーンが蘇る。
「こないだ、あのタコ坊主と一緒に勝浩に会ったって、志央のやつが」
ようやく幸也は懸念材料となっている話を口にした。
「タコ坊主って、お前まだ七ちゃんのこと根に持ってるのかよ」
「俺は事実を言ってるに過ぎない。タコ坊主はタコ坊主だ」
幸也にタコ坊主と言われた男の、一見ぬぼっとした大男の憎めない笑顔を思い出すと武人も苦笑を禁じえない。
「お前こそ、七ちゃんなんて、やけに親しげじゃねぇの?」
「そりゃ、勝っちゃんと一緒に七海ともよく会うし」
「へえ、よく会う、ね」
グラスを少し持ち上げると、幸也は秀さんにおかわりをオーダーする。
「そりゃ会うだろ、お前、あいつら高校のクラスメイトなんだし。七ちゃんて勝っちゃんの一番仲いいダチだろ? 生徒会長と副会長で。ほら、学祭でさ、うちの研究会が『ワンニャンと遊ぼうわーるど』って茶店出したら、結構賑わってさ、ガキにワンコに触らせたり、ジュースやコーラ売るのにてんてこ舞いで、七ちゃんら来て裏方手伝ってくれて大助かりでさ」
「そんなことお前、言ってなかったぞ」
幸也は武人に食ってかかる。
「逐一教えてやっただろ、学祭のことだって、お好み焼き焼いてた勝っちゃんが可愛いんで、女の子たちにからかわれてたとか、いろいろ」
「七海のことは聞いてない」
藤原七海、幸也にとっては志央を幸也の前からかっさらっていったぬぼっとでかいタコ坊主がその男だ。
「んなもん、高校のダチのことまで話せなんて言わなかっただろ、お前。高校ん時、新聞部だったっつう、西本ってやつも結構、勝っちゃんとこ、よくきてるし」
「西本? あのやろ………」
ぐび、と酒を飲み込んでぼそりと幸也は呟く。
「暗いよ、お前。勝っちゃんの周りをうろついてる連中、片っ端からやっかんでどうすんだよ」
呆れ顔で武人は幼い頃から知っている従兄弟の理知的な横顔を見つめる。
都内に生まれた武人と横浜育ちの幸也と学校は違ったが、しょっちゅう祖父の家で一緒に遊んだ。
生まれてこの方、常に優等生街道をまっしぐら、人を見下ろしても人を羨むなんてこととは無縁だった幸也が、まるでそこいらの学生のような台詞を吐くようになるとは、武人も思いもよらないことなのだ。
「そういや、昨日は裕子りんが銀座に来たついでとかって、お手製のクッキーやらサンドイッチやら差し入れてくれてさ、裕子りん、急に現れたから、勝っちゃん照れちゃってさ」
「誰だよ、その、裕子りんって!!」
一転、食いつきそうな勢いで幸也が武人を振り向く。
「はあ? 勝っちゃんのママだよ、裕子りん、まさか、お前知らねぇの?」
「ママ……?」
「はきはき美人で、ピアノ教えてるってゆう」
「知るかよ。だいたいお前、勝浩のママのことなんかも何も言ってないぞ」
「お前、勝っちゃんと同じ高校だったんだろ?」
「だから、ママのことなんか知らねって……」
そういえば、勝浩の家族のことも自分はよく知らないのだと、幸也は愕然とする。
自分には兄と姉が一人ずついて、父母は忙しくて滅多に顔を合わせないとか、祖父がクルージング好きで以前はよく一緒に海で過ごしたとか、実家の犬や猫のこと、今一緒にいる猫のエメやクルンのことなどよく勝浩に話すのだが、勝浩は飼っている犬や猫の話は夢中になって話すものの、家族の話はほとんど聞いていない。
「ん~? けど、裕子りん、お前のこと知ってたみたいだぞ? ワル坊主の志央ちゃんとユキちゃんって、前に話してた気がするが………」
「はあ? 何で勝浩のママが俺を知ってるんだよ、会ったこともないのに」
幸也は怪訝な顔で武人を見やる。
「志央、ピアノ習ってただろ? ガキん頃。美央と一緒に。お前、ナイト気取りで習いもしないのにピアノ教室までくっついて行ってたろうが」
「え………? そういや……」
高校の行事で、たまたまピアノの話になったときだったか、子供の頃ピアノの発表会で、全然練習もしていなかった自分の番がくるのが嫌で、捕まえてきた蛙を放したら鍵盤の上に乗っかって大騒ぎになったと志央が言ったら、ピアノを邪魔されたのは自分だと勝浩が話していたのを、幸也は唐突に思い出した。
「待てよ、あれって小学三年くらいの時だから……俺はてっきり、勝浩は中学の時にこっちに越してきたと思っていたが、じゃあ、もっと昔から俺ら知り合いだったってことか?」
頭の中で記憶を辿りながら、幸也が言った。
「何、言ってんだよ、お前らだろ? ちっこいガキの頃の勝っちゃんの帽子隠したり、通せんぼして遅刻させようとしたり」
「な………んだって………???」
子供の頃のこととはいえ、幸也は己の罪の深さにしばし呆然と宙を見つめた。
「お前、まさか忘れてたのか?」
「るせえな、イジめた相手の顔なんか、いちいち覚えちゃいねんだよ。第一何でお前がそんなこと」
「そりゃ、一緒に行動すること多いし、お前のガキの頃の話とかの流れで。やっぱ、お前になんか勝っちゃんはやれねぇ」
「るせぇ、るせぇ! 考えてもみろ、つまり俺らはそんな頃から運命的な出会いをしてるってこった」
猛烈に頭をフル回転させて、幼い頃の記憶にたどりつくと、おぼろげに低学年の特に可愛い生徒をなんだかだといじめていたシーンが蘇る。
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