バレンタインバトル

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バレンタインバトル 8

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   ACT 3
 
 
 最初に飛び込んできたのは、女優の黒川真帆だった。
 帰り支度を始めていた鈴木さんは、結構強くドアが開いたので顔を上げた。
「いらっしゃいませ。あの、お約束でしょうか?」
 鈴木さんが立ち上がって応対した。
「工藤さんはいらっしゃらないの?」
「はい、工藤は出張に出ておりますが」
「いつ戻るの?」
「それは……」
「明日は戻る予定ですが」
 鈴木さんが口ごもったのを見て、モニターから顔を上げた良太が代わりに答えた。
「…っそう…」
 真帆の手にはおそらく工藤へのプレゼントだと思える大きな紙袋があった。
「わかったわ」
 難しい表情のまま、真帆は大テーブルに自分の紙袋を置くと、バッグから手帳とペンを取り出して、何か書き始めた。
 やっぱりきたか、という感じで良太は真帆を見つめていたが、その時、再びドアが開いたので、良太はそちらに目をやった。
 途端、うわっと声を上げそうになる。
 山之辺芽久がそこに立っていたからだ。
「お疲れ様です。あの、何か…?」
 良太は何となく異変を予感して、真帆を隠すように芽久に歩み寄った。
「何よ、この女! 工藤さん、明日まで戻らないって言ったじゃない!」
 甲高い声で芽久は良太を睨みつける。
「先日申し上げたとおり、工藤は明日まで戻りませんが」
 良太はなるべく冷静な口調で答えた。
「あら、あなたね、工藤さんを利用して自分を売るようなマネした山之辺芽久さんって」
「何ですって? あなたこそ、工藤さんに言い寄って、からだで役を取ろうなんて、恥ずかしいったらないわね」
 ペンをバッグに戻しながら、芽久を振り返った真帆の挑戦的な台詞に良太がぎょっとしたのもつかの間、芽久がスパッと言い返した。
「カリスマモデルも地に落ちたわね。もっとも、落ち目になったから拠点を海外に移すなんて小賢しいことやってごまかしてただけでしょうけど、今更あなたの出番があるとは思えないけど」
「ちょっと人気が出たからっていい気になってるようだけど、とっくに若手に食われてるんじゃないの?」
 かたや長身でスレンダーなモデル体型の芽久と、かたや豊満なボディを売りにしている女優という真逆な二人が腕組みをして喧々囂々、醜い争いにはほとほと手を焼いていた良太はウンザリだ。
「あの、ここはオフィスですし、工藤は戻りませんので、お二人ともお忙しいところご足労いただいて申し訳ございませんが……」
「あたしは工藤さんを愛してるのよ! あなたみたいな計算高い女とは違うわ!」
「工藤さんが一人に決めないのは、あたしのことが忘れられないからに決まってるじゃない!」
 間に入ろうとした良太など無視して、二人は尚も言い争いを続ける。
 ったく、何が愛しているだ、例え工藤が選ぶのが俺じゃないとしても、あんたたちじゃないことだけは確かだよ。
 心の中で思い切り皮肉ってみるが、残念ながら口にはできない。
 まあ、工藤のことを好きなのはウソじゃないかもしれないが、半分は打算が働いているように思う。
「あの、お二人とも、ここのところはどうかお引取りください」
 言葉を選んで良太が宥めようとするのを、「うるさいわね! 黙ってて、良太!」と真帆が遮った。
 思わずカチンときたものの、今までの経験上、何とか抑えた良太は、二人のマネージャーに連絡を取ろうと、自分のデスクに向かう。
「あ、あの、すみません、青山プロダクションの広瀬ですが、実は………」
 こそこそとまず電話で呼び出したのは、真帆のマネージャーで、いつぞや工藤にどやしつけられた石倉である。
 真帆がまたオフィスに来て、しかも芽久と言い争いを始めたと聞くと、石倉は焦りまくって近くにいるのですぐに伺いますと言って切った。
 滅多なことでは動じない鈴木さんも帰るに帰れないでいる。
 良太が今度は芽久のマネージャーに連絡を取ろうとしたその時、またオフィスのドアが開いた。
「お、良太! 元気かぁ!?」
 よもやまた新手の誰かかと慌てた良太だが、小笠原の能天気そうな顔を見て、ちょっと胸を撫で下ろす。
「ありゃ、真帆、何やってんだ、お前、こんなとこで」
 真帆を見つけて、小笠原は聞いた。
「あたしは工藤さんに用があってきたのよ」
 小笠原は真帆とそれから芽久の顔を眺めまわし、ははあ、と言った。
「なあるほど、工藤を巡って肉体派女優黒川真帆と元カリスマモデル山之辺芽久の一騎打ちってとこ? こりゃ、マスコミにもちょっとネタだな」
「失礼なこと言わないで!」
 にやにや笑いながら言う小笠原に、芽久がくってかかる。
「あんたには関係ないでしょ!」
 真帆も声を荒げて今度は小笠原を睨む。
「あの、ほんとにならないとも限りませんよ? いや、そんなことになったら、工藤にいたっては怒り心頭でしょうけどねぇ」
 良太は小笠原の後ろから、さらりと言った。
 するとようやく少し二人の顔色が変わる。
「え、やめてよ、わかったわよ、帰るわよ。ちゃんと渡してよね、良太、工藤さんに!」
 真帆が紙袋とメモを良太に押し付けて出て行こうと踵を返した時、マネージャーの石倉が飛び込んできた。
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