空は遠く

chatetlune

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空は遠く 92

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 静かな夜の時間が流れた。
 バンッといきなりドアが開かれるまでは。
「おい、何でCLOSEDなんだよ。こいつら、いるのによ」
 店に入ってくるなり騒々しく文句を言ったのは、タローを伴った力だった。
 ジロリと奥の二人を睨みつけてから、力は坂本の隣にどっかと腰をおろし、タローがすぐ傍らに来て大人しくうずくまると、「コーヒーくれ。それとこいつに水!」と横柄に言った。
「で? 何の用だって? 坂本」
 力が坂本に声をかけると、佑人は立ち上がった。
「じゃ、俺、帰るよ」
 佑人はそそくさと力の前を通り過ぎ、練に「ごちそうさまでした」と声をかけて店を出た。
 力は佑人を見ようともしなかったし、佑人の方も力の顔すら見ることはできなかった。
「何やってたんだ、二人で。また、英語のお勉強か?」
 イライラと力が尋ねた。
「昼に、あいつ、泣いてたんだ」
 力は坂本を振り返る。
「俺はまた、お前があいつ追ってって何か悪さでもしたんじゃねぇかって、心配して図書館へ探しに行ったんだ。まあ、あいつはボストンのダチの犬が死んだって連絡が来たからだって、言ってたけど」
「は、何だよ、それ……」
「成瀬の涙なんて、凶悪だよな。俺、一発でこう、胸、ズキューンってやられた感じで、今さっき告ったとこだ」
 それを聞くと、力はガタンとテーブルをひっくり返しそうな勢いで立ち上がる。
「てめぇ、…ざけてんじゃねぇぞ!」
「練さんが証人。わざわざ貸切にしてもらって、ふざけてなんかいられっかよ」
 コーヒーをテーブルへ、タロー用の皿をタローの前に置いて水をたっぷり注ぐと、練は「テーブル、壊すなよ」と力を睨みつける。
「お前が入ってきたせいで、成瀬、帰っちまったから、返事は保留だけどな。でも可愛いとこあるよな。ワンコのことで泣くなんてさ。ああ、でもボストンのワンコって、ラッキーの兄弟とかって言ってたな」
 ベラベラと捲し立てる坂本の話を苦々しい顔で聞いていた力は、「何だと?」と聞き返す。
「ああ?」
「ボストンの犬が何だって?」
「だから、ラッキーの兄弟なんだってよ」
「あのやろ! ざけやがって! いいか、あいつんとこの犬はガキん時、俺がやったこいつの兄弟だ! ボストンなんかにいるわけねぇだろ!」
 吠えるように言ったかと思うと、力は店を飛び出した。
 夕方頃から空気がじめついて重くなっていたが、ポツリポツリと雨が零れ始めていた。
 駅の向こう側へは、回り道をするより駅構内を抜ける方が早いだろうと、力は階段を駆け上がり、反対側の出口へとまた階段を駆け下りる。
 佑人の姿を道路を渡った外灯の下に見つけたが、信号が赤になり、車が一斉に動き始める。
 イライラと車の途切れるのを待っていた力は、まだ信号が変わらないうちに道路を渡り、石塀が続く道で佑人に追いついた。
「内田じゃなくて、あいつが好きなのかよ!」
 雨が降ってきたので少し足を速めていた佑人は、突然背中に浴びせられた言葉に振り返った。
「え……」
 またしても突拍子もない力の出現に佑人は面食らう。
「俺のことは適当にあしらっといて、坂本には応えてやろうってわけか」
「何、言って……」
 佑人はわざわざ自分を追いかけてきてまで力がまた辛辣なことを言うのかとムッとする。
「適当なこと言って引っかけようとしたのはお前じゃないか」
「てめぇが鍵、勝手に返しやがるからだろうが! 持ってったくせに!」
 そんな切り返しを予期していなかった佑人は言葉に詰まる。
 雨が目に見えて辺りを湿らせていく。
「俺のこと嫌ってんなら、何で持ってったんだよ!」
「嫌ってるのはお前だろ。俺のこといつだって失せろとか思ってるんだ」
 つい声高になる。
 近くに人影はなく、車がひっきりなしに行き来するだけだ。
 力は少しだけ口を噤んだがすぐにまた言った。
「……んなこと思ってるわけねぇだろ。啓太なんかバカ正直で、すぐに何でも信じちまうようなバカに、腹黒いことなんか考えられるわけねーんだ」
「高田のことは悪かったと思ってるよ」
「啓太のことだけじゃねぇ、お前が周りにバリヤ張りまくって、いつもお前が人のこと信用しねぇでいるからだろ! それが見てっとイラつくんだよ!」
「そんなこと山本に関係ないだろ!」
 途端、佑人の身体は烈しく石塀に押しつけられた。
「ったく、ウゼぇやつだな。てめぇ、俺の言ったこと聞いてなかったのかよ?」
 すぐ間近にある力の射るような眼差しから佑人は逸らすことができなかった。
「俺は、好きでもねぇやつに俺から触れたりしねぇんだ…………」
 ドクンドクンと佑人の心臓が大きく音をたてる。
「え………」
「だからっ! わかれよ! 俺は前っからその、好きなヤツとかにはつい、逆のこと言っちまうんだよっ!」
 それって……
 佑人の心に青い高い空が広がっていく。
「言ってみろ、今、ここで。坂本にOKするのか、それとも……俺に…すんのか」
 ほとんど触れるか触れないかのところで力の声が低く響く。
 これはリアルなんだろうか。
 もし本当のことを口にしたらどうなるんだろう。
 得体の知れない怖さを覚えて佑人の全身が震えた。
 頭で考えるより先に言葉が勝手にこぼれてしまう。
「……坂本は……友達だ……ほんとは……俺……お前のこと……好き……」
 途中で佑人の言葉は力の強引な口づけに途切れた。
 幾度も繰り返し施される口づけは、やがて佑人の心を溶かし、佑人は力の背中に腕を回し、ぎゅっとしがみついた。
 雨と夜の帳が周りから遮断するようにしっとりと二人の影を包んだ。
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