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空は遠く 87
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ドアの前でチャイムを押すが、返事がない。
「おーい、力ぁ!」
呼んでみたがウンともスンとも言わない。
「しゃーないな」
東山が携帯で呼び出すと、やっと力が出たようだ。
「おう、見舞いにきてやったぜ。え? 鍵、開いてるって」
驚いたことに、ノブを回すとドアは開いた。
「入るぞ」
玄関には大きなスニーカーが数足、一足は脱ぎ散らしてある。
東山に続いて上がった佑人は、それも一緒に揃えて置いた。
リビングのソファに寝そべっていたタローが喜んで二人を出迎えた。
その奥にベッドがあり、力が横たわっていた。
「不用心だろ、鍵開けたまま」
「盗むもんなんかありゃしねぇよ。それにそいつがいるしな」
声が少し掠れている。
「色々、買ってきてやったぞ、ドリンクにゼリーに、ごはんに梅干し、うどん、おにぎりにサンドイッチ、何か食うか?」
「何か、温かいもん、くれ」
「おっしゃ」
東山がベッドとは反対側にあるキッチンに向かうと、ようやく力はタローに懐かれている佑人を見た。
「……俺の風邪、移したんじゃないかと思って…」
つい、言い訳のようになってしまう。
「責任を感じて、来て下さったと……」
いつもの皮肉も別人のような声だ。
「熱は?」
「下がったと思ったんだが、さっきこいつの散歩に行ったら、なっかなか帰りたがらねくて、一時間ほどふらついてたからまた上がったかもな」
それは無謀だ、と言いかけて、自分でも同じことをしたかもしれないと佑人は思う。
「手伝うよ」
何となく言葉がなくて、佑人はキッチンの東山に声をかけた。
「あ、じゃ、そこの棚から深めの器三つ出して」
東山は鍋が見当たらないのでフライパンでパックのごはんや梅干しを入れておじやを作っていた。
「卵、買ってきてよかったぜ、っとできた」
ソファの前のテーブルに三人分のおじやを運ぶと、「こっち来られるか? そっち持ってこうか?」と東山は力を呼んだ。
「行く」
力は毛布を跳ね除け、Tシャツに短パン姿で歩いてきてソファにどっかと腰を下ろした。
「うめぇな、東、お前これからうち来てメシ作ってくれよ」
力がニヤニヤと笑う。
「早いとこ、次の女、探せよ。大体、何で別れんだよ」
「しゃーねぇだろ、違うんだから」
「何がだよ、ったくよ」
あっという間に平らげた力はおかわりを要求する。
「そんだけ、元気あれば明日はガッコ行けるな」
「熱が下がればな。半端で行って移すとまずいだろ」
東山から二杯目を受け取ると、力はまたガツガツと掻きこんだ。
「サッカーのやつら、お前が休みだってんで、青ざめてたぜ」
「球技大会、来週末だろ」
「練習できねってさ。そういや、俺らもちょっと練習しといた方がいいか」
東山が佑人を見た。
「そうだな、週末でもよければ、兄が入ってるテニスクラブでやらせてもらえるけど」
「おっ、いいな、それ、なんかセレブの匂い! あ、でも俺、ウエアとかないし」
「兄ので大丈夫だと思う」
「よっしゃ」
拳を握る東山を、力がイライラと斜に見た。
「東がテニスクラブ、は、似合わね!」
「フン、羨ましがってろ」
「誰がだ!」
テレビの横にある置時計の文字が六時ちょうどになると、東山は立ち上がった。
「そろそろ俺帰るわ。今日、うちでもメシ作んなきゃだから、成瀬、あと、頼むな」
「え………」
そんな展開は予測していなかった。
一緒に帰ると言いたいところだったが、病人の部屋で食べ散らしたまま片付けもせずに帰るわけにはいかない。
「じゃ、俺、片付けるよ」
東山が帰ってしまうと、そのまま力と二人気まずい沈黙のままはいられず、そそくさと立ち上がり、佑人は食器をキッチンに運ぶ。
「何か飲むか? お茶とか」
一応聞いてみる。
「お茶」
ぶっきらぼうな答えが返ってくる。
佑人は湯沸しポットに水を入れてセットし、食器やフライパンを洗う。
その間に力はベッドに戻って横になった。
ちらと見やるとそのようすはやはり具合が悪そうだった。
佑人は水切りにあったマグカップにティーバックでお茶を入れると、水を入れたグラスと一緒にベッドの脇のテーブルの上に置いた。
「わりぃ…」
そんな気弱そうな物言いは本当にまるで力ではないみたいだと、佑人は力を見つめた。
「熱があるのなら、明日も大事を取った方がいい。それじゃ、俺も……」
力が薬を飲み下すのを見届け、帰る、と言いかけた佑人だが、力に腕を掴まれてよろけ、そのままベッドに倒れ込んだ。
「お前さ、俺の言ったこと、冗談だと思ってるだろ」
身体を起こした力に今度は上から押さえつけられて、まともに顔を突き合わせる。
「え…………」
すぐ目の前で危うい色を湛えた力の眼差しに覗き込んでくるのに恐れさえ感じて、佑人は身体をこわばらせた。
「だいたい、誰が好きでもないやつのために駆けつけて身体張ったりするかよ」
それはこれまで佑人が耳にしたことがない外国語のように聞こえた。
「事あるごとにひとりで突っ走りやがって、東條のザコやら上谷のバカやらに自分からエサになりにいくとか、昔っからドンくせぇばっかなんだよ、てめぇは!」
「そんなこと、お前に言われる筋合い……」
「どんだけヤキモキしたと思ってんだ! バーカ!」
思わず言い返そうとした佑人の言葉は、力の怒鳴り声に遮られ、佑人は息を呑む。
それって………
力の言っていることをそのまま受け取れば、まるでそれは佑人を好きだと言っているかのようだと、佑人は漠然と思う。
「おーい、力ぁ!」
呼んでみたがウンともスンとも言わない。
「しゃーないな」
東山が携帯で呼び出すと、やっと力が出たようだ。
「おう、見舞いにきてやったぜ。え? 鍵、開いてるって」
驚いたことに、ノブを回すとドアは開いた。
「入るぞ」
玄関には大きなスニーカーが数足、一足は脱ぎ散らしてある。
東山に続いて上がった佑人は、それも一緒に揃えて置いた。
リビングのソファに寝そべっていたタローが喜んで二人を出迎えた。
その奥にベッドがあり、力が横たわっていた。
「不用心だろ、鍵開けたまま」
「盗むもんなんかありゃしねぇよ。それにそいつがいるしな」
声が少し掠れている。
「色々、買ってきてやったぞ、ドリンクにゼリーに、ごはんに梅干し、うどん、おにぎりにサンドイッチ、何か食うか?」
「何か、温かいもん、くれ」
「おっしゃ」
東山がベッドとは反対側にあるキッチンに向かうと、ようやく力はタローに懐かれている佑人を見た。
「……俺の風邪、移したんじゃないかと思って…」
つい、言い訳のようになってしまう。
「責任を感じて、来て下さったと……」
いつもの皮肉も別人のような声だ。
「熱は?」
「下がったと思ったんだが、さっきこいつの散歩に行ったら、なっかなか帰りたがらねくて、一時間ほどふらついてたからまた上がったかもな」
それは無謀だ、と言いかけて、自分でも同じことをしたかもしれないと佑人は思う。
「手伝うよ」
何となく言葉がなくて、佑人はキッチンの東山に声をかけた。
「あ、じゃ、そこの棚から深めの器三つ出して」
東山は鍋が見当たらないのでフライパンでパックのごはんや梅干しを入れておじやを作っていた。
「卵、買ってきてよかったぜ、っとできた」
ソファの前のテーブルに三人分のおじやを運ぶと、「こっち来られるか? そっち持ってこうか?」と東山は力を呼んだ。
「行く」
力は毛布を跳ね除け、Tシャツに短パン姿で歩いてきてソファにどっかと腰を下ろした。
「うめぇな、東、お前これからうち来てメシ作ってくれよ」
力がニヤニヤと笑う。
「早いとこ、次の女、探せよ。大体、何で別れんだよ」
「しゃーねぇだろ、違うんだから」
「何がだよ、ったくよ」
あっという間に平らげた力はおかわりを要求する。
「そんだけ、元気あれば明日はガッコ行けるな」
「熱が下がればな。半端で行って移すとまずいだろ」
東山から二杯目を受け取ると、力はまたガツガツと掻きこんだ。
「サッカーのやつら、お前が休みだってんで、青ざめてたぜ」
「球技大会、来週末だろ」
「練習できねってさ。そういや、俺らもちょっと練習しといた方がいいか」
東山が佑人を見た。
「そうだな、週末でもよければ、兄が入ってるテニスクラブでやらせてもらえるけど」
「おっ、いいな、それ、なんかセレブの匂い! あ、でも俺、ウエアとかないし」
「兄ので大丈夫だと思う」
「よっしゃ」
拳を握る東山を、力がイライラと斜に見た。
「東がテニスクラブ、は、似合わね!」
「フン、羨ましがってろ」
「誰がだ!」
テレビの横にある置時計の文字が六時ちょうどになると、東山は立ち上がった。
「そろそろ俺帰るわ。今日、うちでもメシ作んなきゃだから、成瀬、あと、頼むな」
「え………」
そんな展開は予測していなかった。
一緒に帰ると言いたいところだったが、病人の部屋で食べ散らしたまま片付けもせずに帰るわけにはいかない。
「じゃ、俺、片付けるよ」
東山が帰ってしまうと、そのまま力と二人気まずい沈黙のままはいられず、そそくさと立ち上がり、佑人は食器をキッチンに運ぶ。
「何か飲むか? お茶とか」
一応聞いてみる。
「お茶」
ぶっきらぼうな答えが返ってくる。
佑人は湯沸しポットに水を入れてセットし、食器やフライパンを洗う。
その間に力はベッドに戻って横になった。
ちらと見やるとそのようすはやはり具合が悪そうだった。
佑人は水切りにあったマグカップにティーバックでお茶を入れると、水を入れたグラスと一緒にベッドの脇のテーブルの上に置いた。
「わりぃ…」
そんな気弱そうな物言いは本当にまるで力ではないみたいだと、佑人は力を見つめた。
「熱があるのなら、明日も大事を取った方がいい。それじゃ、俺も……」
力が薬を飲み下すのを見届け、帰る、と言いかけた佑人だが、力に腕を掴まれてよろけ、そのままベッドに倒れ込んだ。
「お前さ、俺の言ったこと、冗談だと思ってるだろ」
身体を起こした力に今度は上から押さえつけられて、まともに顔を突き合わせる。
「え…………」
すぐ目の前で危うい色を湛えた力の眼差しに覗き込んでくるのに恐れさえ感じて、佑人は身体をこわばらせた。
「だいたい、誰が好きでもないやつのために駆けつけて身体張ったりするかよ」
それはこれまで佑人が耳にしたことがない外国語のように聞こえた。
「事あるごとにひとりで突っ走りやがって、東條のザコやら上谷のバカやらに自分からエサになりにいくとか、昔っからドンくせぇばっかなんだよ、てめぇは!」
「そんなこと、お前に言われる筋合い……」
「どんだけヤキモキしたと思ってんだ! バーカ!」
思わず言い返そうとした佑人の言葉は、力の怒鳴り声に遮られ、佑人は息を呑む。
それって………
力の言っていることをそのまま受け取れば、まるでそれは佑人を好きだと言っているかのようだと、佑人は漠然と思う。
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