84 / 93
空は遠く 84
しおりを挟むACT 6
いったい何を考えてるんだ! あいつは!
おかしくなったんじゃないのか!
さっきだって、いきなり現れるし!
佑人はまるで何かに追い立てられるように家へと足早に歩いていた。
あの日、熱を出して寝込んでしまったのは事実だが、風邪や怪我のせいというより、力のせいのような気がした。
力が走り去ると、門に凭れたままずるずるとしゃがみこみ、我に返ったのは雨がひどくなってからだった。
茫然としてどのくらいそうしていたのかはわからないが、力が放り出していった傘を拾い、何とか玄関まで辿り着くと、佑人はずぶ濡れのままバスルームに直行し、湯を張って身体を沈めた。
怪我をした腕を濡らさないようにして風呂から上がり、包帯を取り換えるのに手間取ったものの、スウェットの上下に着替えると、まだ誰も帰ってこないのを幸いに、とりあえず作り置きのグラタンをレンジで温めて食べ、ラッキーにご飯を上げる頃にようやく、その日の出来事が頭の中でフラッシュバックした。
怪我をしたことより何より強烈に記憶を支配していたのは、力の意味不明な行動だ。
一体どういうつもりで、あんなマネをしたのか。
またしても言い争いになり、力をひどく怒らせ、てっきり殴られるとさえ思ったにもかかわらず、思いもよらない行動に出た力のせいで真っ白になった佑人の頭の中は、今ようやくパニック状態だった。
顔が熱いし寒気がするし、熱が上がっている気がした佑人は、宗田医院でもらってきた抗生剤と一緒にビタミン剤をポカリスエットで飲み下すと、少しだけ眠ろうと自分の部屋に上がった。
心配そうな顔で佑人の後に従って佑人のベッドの脇に座ったラッキーの頭を撫でながら、佑人はいつの間にか眠ってしまった。
傍で人が動く気配がして、はっと目を覚ますと、郁磨が佑人を覗き込んでいた。
「どうした?」
ひんやりした郁磨の手が佑人の額に伸びた。
「ひどい熱だぞ、風邪か?」
その言葉で佑人は全身が熱いのをあらためて感じた。
「ああ……うん、ちょっと濡れちゃって……」
「ん? 何かあった?」
どうせ郁磨には隠しておくことはできないだろうと、佑人は絡まれて怪我をしたことも話した。
「あ、でも問題になるようなことはないから、大丈夫」
「バカ、そんなことはどうだっていい。ちゃんと診てもらったのか?」
郁磨はテーブルの上にある薬の袋を取り上げた。
「うん、宗田医院。今、先生、ぎっくり腰らしくて、息子さんがやってた」
「ああ、俊吾さんか?」
「うん、知ってるの?」
「まあな」
「ごめん、ラッキーの散歩、頼んでいい?」
「わかってるよ、何も心配しないでゆっくり休め」
優しい兄はそう言うと、佑人の額にキスし、ラッキーを連れて部屋を出て行った。
そこまでひどい風邪を引いたのは子供の頃以来のことだ。
翌日になって熱は少し下がったものの、身体はだるいし、体調は最悪で学校に行く気力はなかった。
何せ目が覚めるまで見ていた夢がまたひどかった。
クラスメイトから非難されたり、無視されたりする夢は最近見ていなかったのに、また中学の頃の顔が出てきたのを思い出して辟易した。
しかも中学のクラスメイトだったはずが、なぜか力がその中に混じっていて、夢の中でまで言い争いをしている。
そんな状況に夢の中で疲れ果て、目が覚めてもなお夢の残骸にまで翻弄されてさらに疲れてしまった。
「熱は、七度八分、まだ高いな」
ミルクで煮て少し甘く味付けしたパンを持ってきてくれた郁磨は車でもう一度佑人を宗田医院へ連れて行った。
「ずっと気を張って勉強してたんだろ? 怪我や雨に濡れたりしたせいで疲れも一気に出たのかもな」
宗田は包帯を取り換えたあと、今度は風邪のための薬をいくつか出してくれた。
「なるべく早く帰るから、いい子で寝てるんだぞ」
美月はロケで北海道だし、昨夜遅く帰ってきた一馬は学会だと朝早く慌てて出て行ったので、郁磨も佑人の風邪のことはあえて言わずに、佑人を寝かしつけると出かけて行った。
薬のせいかその日一日深く眠った佑人は、もう一日きっちり休んで学校は明日からにすればという郁磨の助言通り、翌日も休むことにして、熱は下がったものの念のため怪我の状態を診てもらおうと宗田医院に出向いた。
佑人が診察を終えたところで診察を待つ患者も途絶えたので、宗田からアメリカ時代の話を聞いていたちょうどその時、いきなり力がやってきたのだ。
これまで佑人はずっと向こうにいる力をただ眺めていた、眺めていられればよかった。
ところが話さえできないと思っていた力と言葉を交わすようになったと思いきや、口を開けばいがみ合うばかりで、結局力とはどうしたって近づくことなどできないのだと悟った。
力といがみ合うのはもう嫌だったし、なるべく力には近づかないようにしようと思ったにもかかわらず、力はいきなり佑人の目の前に立ち、言葉を交わすどころか何の説明もなく意味不明な行動に出て、佑人は混乱したままだ。
わけがわからない。
ブラックホール論争とかリーマン予想とかより難解な謎な気がする。
そういえば、坂本も前にふざけてキスしようとしたことがあったっけ。そうだ、どうせそんなところなんだろう。マジ、くだらないおふざけはやめてほしい。こっちは心臓がぶっ壊れそうだったのに。
考えれば考えるほど疲れてまた熱が上がる気がして、佑人は頭の中で力のことはシャットアウトした。
四時頃、坂本が見舞いに寄ってくれた。
「ありがとう、わざわざ。今、俺一人だけど、どうぞ」
大きなメロンを掲げる坂本を佑人はリビングに通した。
「大丈夫なのか、その腕とか」
「平気だよ。たかだか風邪で熱が出ただけなのに、ちょっとすごすぎ、これ」
佑人は笑った。
2
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
たまにはゆっくり、歩きませんか?
隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。
よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。
世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
腐男子ですが何か?
みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。
ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。
そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。
幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。
そしてついに高校入試の試験。
見事特待生と首席をもぎとったのだ。
「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ!
って。え?
首席って…めっちゃ目立つくねぇ?!
やっちまったぁ!!」
この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる