空は遠く

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空は遠く 84

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   ACT  6
 
 
 いったい何を考えてるんだ! あいつは!
 おかしくなったんじゃないのか!
 さっきだって、いきなり現れるし!
 佑人はまるで何かに追い立てられるように家へと足早に歩いていた。
 あの日、熱を出して寝込んでしまったのは事実だが、風邪や怪我のせいというより、力のせいのような気がした。
 力が走り去ると、門に凭れたままずるずるとしゃがみこみ、我に返ったのは雨がひどくなってからだった。
 茫然としてどのくらいそうしていたのかはわからないが、力が放り出していった傘を拾い、何とか玄関まで辿り着くと、佑人はずぶ濡れのままバスルームに直行し、湯を張って身体を沈めた。
 怪我をした腕を濡らさないようにして風呂から上がり、包帯を取り換えるのに手間取ったものの、スウェットの上下に着替えると、まだ誰も帰ってこないのを幸いに、とりあえず作り置きのグラタンをレンジで温めて食べ、ラッキーにご飯を上げる頃にようやく、その日の出来事が頭の中でフラッシュバックした。
 怪我をしたことより何より強烈に記憶を支配していたのは、力の意味不明な行動だ。
 一体どういうつもりで、あんなマネをしたのか。
 またしても言い争いになり、力をひどく怒らせ、てっきり殴られるとさえ思ったにもかかわらず、思いもよらない行動に出た力のせいで真っ白になった佑人の頭の中は、今ようやくパニック状態だった。
 顔が熱いし寒気がするし、熱が上がっている気がした佑人は、宗田医院でもらってきた抗生剤と一緒にビタミン剤をポカリスエットで飲み下すと、少しだけ眠ろうと自分の部屋に上がった。
 心配そうな顔で佑人の後に従って佑人のベッドの脇に座ったラッキーの頭を撫でながら、佑人はいつの間にか眠ってしまった。
 傍で人が動く気配がして、はっと目を覚ますと、郁磨が佑人を覗き込んでいた。
「どうした?」
 ひんやりした郁磨の手が佑人の額に伸びた。
「ひどい熱だぞ、風邪か?」
 その言葉で佑人は全身が熱いのをあらためて感じた。
「ああ……うん、ちょっと濡れちゃって……」
「ん? 何かあった?」
 どうせ郁磨には隠しておくことはできないだろうと、佑人は絡まれて怪我をしたことも話した。
「あ、でも問題になるようなことはないから、大丈夫」
「バカ、そんなことはどうだっていい。ちゃんと診てもらったのか?」
 郁磨はテーブルの上にある薬の袋を取り上げた。
「うん、宗田医院。今、先生、ぎっくり腰らしくて、息子さんがやってた」
「ああ、俊吾さんか?」
「うん、知ってるの?」
「まあな」
「ごめん、ラッキーの散歩、頼んでいい?」
「わかってるよ、何も心配しないでゆっくり休め」
 優しい兄はそう言うと、佑人の額にキスし、ラッキーを連れて部屋を出て行った。
 そこまでひどい風邪を引いたのは子供の頃以来のことだ。
 翌日になって熱は少し下がったものの、身体はだるいし、体調は最悪で学校に行く気力はなかった。
 何せ目が覚めるまで見ていた夢がまたひどかった。
 クラスメイトから非難されたり、無視されたりする夢は最近見ていなかったのに、また中学の頃の顔が出てきたのを思い出して辟易した。
 しかも中学のクラスメイトだったはずが、なぜか力がその中に混じっていて、夢の中でまで言い争いをしている。
 そんな状況に夢の中で疲れ果て、目が覚めてもなお夢の残骸にまで翻弄されてさらに疲れてしまった。
「熱は、七度八分、まだ高いな」
 ミルクで煮て少し甘く味付けしたパンを持ってきてくれた郁磨は車でもう一度佑人を宗田医院へ連れて行った。
「ずっと気を張って勉強してたんだろ? 怪我や雨に濡れたりしたせいで疲れも一気に出たのかもな」
 宗田は包帯を取り換えたあと、今度は風邪のための薬をいくつか出してくれた。
「なるべく早く帰るから、いい子で寝てるんだぞ」
 美月はロケで北海道だし、昨夜遅く帰ってきた一馬は学会だと朝早く慌てて出て行ったので、郁磨も佑人の風邪のことはあえて言わずに、佑人を寝かしつけると出かけて行った。
 薬のせいかその日一日深く眠った佑人は、もう一日きっちり休んで学校は明日からにすればという郁磨の助言通り、翌日も休むことにして、熱は下がったものの念のため怪我の状態を診てもらおうと宗田医院に出向いた。
 佑人が診察を終えたところで診察を待つ患者も途絶えたので、宗田からアメリカ時代の話を聞いていたちょうどその時、いきなり力がやってきたのだ。
 これまで佑人はずっと向こうにいる力をただ眺めていた、眺めていられればよかった。
 ところが話さえできないと思っていた力と言葉を交わすようになったと思いきや、口を開けばいがみ合うばかりで、結局力とはどうしたって近づくことなどできないのだと悟った。
 力といがみ合うのはもう嫌だったし、なるべく力には近づかないようにしようと思ったにもかかわらず、力はいきなり佑人の目の前に立ち、言葉を交わすどころか何の説明もなく意味不明な行動に出て、佑人は混乱したままだ。
 わけがわからない。
 ブラックホール論争とかリーマン予想とかより難解な謎な気がする。
 そういえば、坂本も前にふざけてキスしようとしたことがあったっけ。そうだ、どうせそんなところなんだろう。マジ、くだらないおふざけはやめてほしい。こっちは心臓がぶっ壊れそうだったのに。
 考えれば考えるほど疲れてまた熱が上がる気がして、佑人は頭の中で力のことはシャットアウトした。
 四時頃、坂本が見舞いに寄ってくれた。
「ありがとう、わざわざ。今、俺一人だけど、どうぞ」
 大きなメロンを掲げる坂本を佑人はリビングに通した。
「大丈夫なのか、その腕とか」
「平気だよ。たかだか風邪で熱が出ただけなのに、ちょっとすごすぎ、これ」
 佑人は笑った。
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