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空は遠く 82
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一瞬、周りの目が二人を振り返ったが、内田もさすがに教室内で昨日のことを持ち出すのはまずいと悟ったのだろう、口を噤んで席に戻った。
「え、成瀬、休み? 珍しいな」
昼には坂本がやってきて、能天気そうに笑いながら力の腕を掴んで廊下に連れ出した。
「風邪って、おい、昨日の怪我、ひどかったんじゃないだろうな?」
「ちっ! てめぇに睨まれるような筋合いはねぇ」
声を潜めて詰め寄る坂本に、力は舌打ちした。
昨夜、坂本が携帯にかけてきて、佑人のことを根掘り葉掘り聞くので、佑人が腕をナイフで切りつけられたから病院に連れて行ったと話したのだが、何度携帯にかけても佑人も力も出なかったから気が気じゃなかったと散々文句を並べたてた。
「雨に濡れたし、熱でも出たんじゃねぇのか?」
「うーん、見舞いに行ってみるか……」
本気で行きそうな気配に、「やめろ、寝込んでるとこ行ってどうすんだ!」と力は言い放つ。
江西学院の男が落としていったナイフは、男たちが逃げて力が佑人を連れて病院に向かった頃、その場に駆けつけた坂本が見つけてハンカチにくるんで持ち帰った。
「証拠物件は俺が持ってるからな。何かあったら使えるだろう」
「大事に仕舞っとけよ」
勘のいい東山も、昨日何かあったのか、と力に聞いてくる。
嘘も言えないので、東山には、内田と佑人が襲われて、内田は逃げて無事だったが、ナイフで切り付けられた佑人を病院に連れて行ったことをかいつまんで話した。
「ああ、じいさん先生んとこか」
「じじい、ぎっくり腰で、今、息子がやってんだ」
「へえ。たいした怪我じゃなきゃ、やっぱ昨日雨に濡れて風邪引いたんだな、珍しいよな、あいつあんまし休まねぇから」
朝からそんな具合で、とにかく力はイラついていた。
佑人のことだから、半袖だと包帯が見えてしまうのを気にして、怪我のせいでというのもあるかもしれない。
昨日ずぶ濡れだったから風邪ということも無論ありうるだろう。
ありうるとは思うのだが、その実、佑人が欠席した理由は別にある気がするのだった。
すなわち、昨日、力がしでかしてしまった一件のせいで。
とにかくしでかした当の力本人ですら、一瞬、自分の頭が真っ白になり、我に返ってからは、そんな暴挙に出てしまったことを悔やんだが、時既に遅しだ。
当の本人がそうなのだから、しでかされた佑人にしてみれば、何が何だかわからなかっただろう。
くっそ! あんなとこであんなことするつもりはなかったんだ。
けど、ヤツがあんな目で見るから、つい身体が勝手に動いちまって!
ああ、くっそお!
考えれば考えるほど、思わず頭を掻き毟りたいところだったが、新垣の剣のある視線に出くわして、力はらしくもない溜息をついた。
だが、力が自分の甘さを痛感したのは翌日、また佑人が欠席と知った時だった。
雨模様の一日を悶々とうわの空で過ごし、自分の部屋に帰ってタローを連れて、カフェリリィに出向いたものの、心の中のモヤモヤは一向に晴れることはなかった。
「何だ、風邪でも引いたのか? お前が静かだと気味が悪い」
「うっせぇよ!」
練のからかいにもそれ以上返す言葉が出てこない。
部屋に戻ってコンビニの弁当を食べ、生茶を飲みながら、テレビをつけるとくだらないバラエティ番組をやっていた。
「あのやろう、ひでぇ風邪、引いてたりして」
目はテレビを見ているが、頭の中では別のことを考えていた。
「やっぱ、明日ヤツが来たら、一応弁明して……って、何て言って弁明すんだよ、チクショ!」
翌朝、ベッドに起き上った力は頭が少し熱っぽい気がした。おそらく昨夜あのまま、テレビもつけっぱなしで寝てしまったからだろう。
子どもの頃から絵にかいたような健康緒優良児で、病院に行く理由と言えば、水疱瘡や麻疹以外では主に喧嘩が理由だったが、あちこち怪我をしてのことだった。風邪気味のことがあっても市販の薬ですぐ治るので、滅多に風邪も引いたことがない。
球技大会のこともあるし、またドラッグストアで薬を買えばいいくらいに思っていた。
ところがそれより、さすがに佑人の欠席が三日目ともなると、心配というより漠然とした不安が力の頭をよぎる。
もしかしたら風邪と怪我が相まって高熱で寝込んでいるとか。じゃなければ、やっぱ、そうだよな。
嫌ってるやつにいきなり意味不明のことされたら、俺だったらぶん殴ってるぜ。
自嘲気味に自分で突っ込みを入れながら、さらに考えは悪循環にはまってしまう。
あのヤロウ、まさかまた転校とか、考えたりしてねょな?
あり得ないことはない。
坂本じゃあるまいし、もともとこんなガッコ選んだことからして似合わねえ。
その坂本は、朝、佑人がいるか確かめに来て、今日は絶対見舞いに行く、と息巻いていた。
力はとにかく考えあぐね、三限目の終了ベルを聞くと、「俺も風邪で早退、加藤に言っといてくれ」と東山に告げると、たったか教室を出た。
どうにも落ち着かなかった。風邪気味なのは確かだった。
ドラッグストアに寄ろうと思ってから、はたと、佑人の怪我の状況を宗田医院に行って確かめてみるかと力は電車を途中で降りた。
「あら、力ちゃん、今日はどうしたの?」
玄関でスリッパに履き替えて受付に立つと、思わず気の抜けるような笑顔が小窓の向こうから覗いている。
「熱っぽいんだよ」
物心ついた頃から亡くなった祖母に連れられてこの医院の門を潜ってから、もう十数年が経つ。
「え、成瀬、休み? 珍しいな」
昼には坂本がやってきて、能天気そうに笑いながら力の腕を掴んで廊下に連れ出した。
「風邪って、おい、昨日の怪我、ひどかったんじゃないだろうな?」
「ちっ! てめぇに睨まれるような筋合いはねぇ」
声を潜めて詰め寄る坂本に、力は舌打ちした。
昨夜、坂本が携帯にかけてきて、佑人のことを根掘り葉掘り聞くので、佑人が腕をナイフで切りつけられたから病院に連れて行ったと話したのだが、何度携帯にかけても佑人も力も出なかったから気が気じゃなかったと散々文句を並べたてた。
「雨に濡れたし、熱でも出たんじゃねぇのか?」
「うーん、見舞いに行ってみるか……」
本気で行きそうな気配に、「やめろ、寝込んでるとこ行ってどうすんだ!」と力は言い放つ。
江西学院の男が落としていったナイフは、男たちが逃げて力が佑人を連れて病院に向かった頃、その場に駆けつけた坂本が見つけてハンカチにくるんで持ち帰った。
「証拠物件は俺が持ってるからな。何かあったら使えるだろう」
「大事に仕舞っとけよ」
勘のいい東山も、昨日何かあったのか、と力に聞いてくる。
嘘も言えないので、東山には、内田と佑人が襲われて、内田は逃げて無事だったが、ナイフで切り付けられた佑人を病院に連れて行ったことをかいつまんで話した。
「ああ、じいさん先生んとこか」
「じじい、ぎっくり腰で、今、息子がやってんだ」
「へえ。たいした怪我じゃなきゃ、やっぱ昨日雨に濡れて風邪引いたんだな、珍しいよな、あいつあんまし休まねぇから」
朝からそんな具合で、とにかく力はイラついていた。
佑人のことだから、半袖だと包帯が見えてしまうのを気にして、怪我のせいでというのもあるかもしれない。
昨日ずぶ濡れだったから風邪ということも無論ありうるだろう。
ありうるとは思うのだが、その実、佑人が欠席した理由は別にある気がするのだった。
すなわち、昨日、力がしでかしてしまった一件のせいで。
とにかくしでかした当の力本人ですら、一瞬、自分の頭が真っ白になり、我に返ってからは、そんな暴挙に出てしまったことを悔やんだが、時既に遅しだ。
当の本人がそうなのだから、しでかされた佑人にしてみれば、何が何だかわからなかっただろう。
くっそ! あんなとこであんなことするつもりはなかったんだ。
けど、ヤツがあんな目で見るから、つい身体が勝手に動いちまって!
ああ、くっそお!
考えれば考えるほど、思わず頭を掻き毟りたいところだったが、新垣の剣のある視線に出くわして、力はらしくもない溜息をついた。
だが、力が自分の甘さを痛感したのは翌日、また佑人が欠席と知った時だった。
雨模様の一日を悶々とうわの空で過ごし、自分の部屋に帰ってタローを連れて、カフェリリィに出向いたものの、心の中のモヤモヤは一向に晴れることはなかった。
「何だ、風邪でも引いたのか? お前が静かだと気味が悪い」
「うっせぇよ!」
練のからかいにもそれ以上返す言葉が出てこない。
部屋に戻ってコンビニの弁当を食べ、生茶を飲みながら、テレビをつけるとくだらないバラエティ番組をやっていた。
「あのやろう、ひでぇ風邪、引いてたりして」
目はテレビを見ているが、頭の中では別のことを考えていた。
「やっぱ、明日ヤツが来たら、一応弁明して……って、何て言って弁明すんだよ、チクショ!」
翌朝、ベッドに起き上った力は頭が少し熱っぽい気がした。おそらく昨夜あのまま、テレビもつけっぱなしで寝てしまったからだろう。
子どもの頃から絵にかいたような健康緒優良児で、病院に行く理由と言えば、水疱瘡や麻疹以外では主に喧嘩が理由だったが、あちこち怪我をしてのことだった。風邪気味のことがあっても市販の薬ですぐ治るので、滅多に風邪も引いたことがない。
球技大会のこともあるし、またドラッグストアで薬を買えばいいくらいに思っていた。
ところがそれより、さすがに佑人の欠席が三日目ともなると、心配というより漠然とした不安が力の頭をよぎる。
もしかしたら風邪と怪我が相まって高熱で寝込んでいるとか。じゃなければ、やっぱ、そうだよな。
嫌ってるやつにいきなり意味不明のことされたら、俺だったらぶん殴ってるぜ。
自嘲気味に自分で突っ込みを入れながら、さらに考えは悪循環にはまってしまう。
あのヤロウ、まさかまた転校とか、考えたりしてねょな?
あり得ないことはない。
坂本じゃあるまいし、もともとこんなガッコ選んだことからして似合わねえ。
その坂本は、朝、佑人がいるか確かめに来て、今日は絶対見舞いに行く、と息巻いていた。
力はとにかく考えあぐね、三限目の終了ベルを聞くと、「俺も風邪で早退、加藤に言っといてくれ」と東山に告げると、たったか教室を出た。
どうにも落ち着かなかった。風邪気味なのは確かだった。
ドラッグストアに寄ろうと思ってから、はたと、佑人の怪我の状況を宗田医院に行って確かめてみるかと力は電車を途中で降りた。
「あら、力ちゃん、今日はどうしたの?」
玄関でスリッパに履き替えて受付に立つと、思わず気の抜けるような笑顔が小窓の向こうから覗いている。
「熱っぽいんだよ」
物心ついた頃から亡くなった祖母に連れられてこの医院の門を潜ってから、もう十数年が経つ。
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